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誤字脱字のご指摘ありがとうございます。

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どうぞよろしくお願いいたします。

 「ミディア嬢、ミディア嬢、大丈夫ですか?」


 ふと気づけば、マルベルが顔を覗き込んでいた。

 リスの獣人であることがよくわかる丸みをおびた獣耳がぴるぴると動いている。


 「ええと、その、あの、私、も、もしかしたら、探していた答えを、見つけたのかもしれなくて」

 「まぁ! 流石はコルテア卿から特別許可を貰ったお方ですわ!」

 「でも、その……もし私の思い込みだったらと思うと、口に出すのが怖くて。まさかそんな事、って。私が突拍子もない勘違いをしてるんじゃないかって」

 「では私に話してくださいませ。人に説明することによって、不足や逸脱が明確になりますわ!」

 「で、でも」 


 マルベルは目を輝かせながら身を乗り出した。大きな尻尾がやけにピンっとたっている。


 「いいですか? 私はあなたにとって最高の相談相手ですよ! 今からそれを証明してみせましょう」


 マルベルは大きく息を吸うと指を一本たててみせる。


 「その1、私は魔術にはそこまで詳しくありません。あなたとは違う視点で捉えることが出来ます。

 その2、私は禁書庫の司書です。口の固さにかけてはサムタ・デラで一番!

 ……因みに私の知識はあまりにも問題があるので街から出る場合には特別な許可が必要ですし、必ず護衛がつきます。

 まぁつまり今更ヤバい知識の一つや二つ増えたところで何も変わらないのです。

 ミディア嬢が相談した内容によって私が新たなリスクを抱えるという心配は不要です。すでに私という存在が歩く発禁本のようなものなんです。

 という訳で、現状においてミディア嬢の相談相手になれる唯一の人材、それは間違いなく私です!」

 

 そこでいったん言葉を切るとマルベルはコホンっと咳払いをする。


 「何よりも、今この場であなたの推理を聞けないなんて、私の好奇心が悲鳴をあげます。ミディア嬢なら分かりますよね。目の前にまだ見ぬ知識があるのにそれを知ることが出来ない口惜しさ。それは、もう! 夜も眠れなくなるほど口惜しいでしょう!?」


 あまりの剣幕で迫ってくるマルベルにミディアは大きく瞬きをした後、ぷふっと思わず噴き出した。

 ロタティアンやゾデルフィアに関しての知識を他者と共有するのは恐ろしいことだと思っていた。それは大きな対立を生む知識であり、自分の命すら危うくなる。

 だが、研究者というのはそんな陰謀などとはまったく別次元で、ただ純粋に新しいことを知りたいのだ。

 そんな単純なことを思い出して、心が少し軽くなる。


 「で、では、その、遠慮なく相談させて下さい。ええと、私は、ゾデルフィアとは一体どういう精霊なのかを調べていました。

 これは、教会が魔瘴を封印するための術式が、ゾデルフィアを召喚する術式、正確には召喚したゾデルフィアを帰還させる術式だったためです」

 「ふおおおおおおお、最初っからエキサイティングな展開ですわね……?」


 マルベルの大きな尻尾が一気に広がり、まるで感情がそのまま毛並みに現れたようだった。


 「なぜ魔瘴封印の術式を調べているかと言うと、もちろんこれはエストリアで発生した巨大魔瘴を封印するためです。

 私の見立てによれば、あのサイズの魔瘴は教会の使う術式では封印することが出来ません。

 教会の術式では周囲のエーテルを魔力に変換することでより多くの魔力を補っていましたが、今回のような規模の魔瘴を封印するには焼け石に水です。

 なのでこれを別の魔術式にあてはめる。すなわち多人数で魔力を注ぎ込む形に変更することを提案したいと考えました。

 しかしそのためには、教会がゾデルフィアの名を秘匿し続けるその理由を知らなければいけないとコルテア卿に指摘されました」

 「ふむふむ。教会側も魔瘴のサイズによって別の術式を用意していたという可能性は?」

 「私が立ちあった鷹巣砦での魔瘴封印は、あれは結果論として成功したとも言えますが、術式としては失敗していました。魔力が足らずに、術者であるエレナローズ嬢が死亡してしまったからです」


 エレナローズ。

 その名前を口にすると、後悔と悲しみでズキリと胸が痛む。


 「……エレナローズ嬢の生家はラシャド王国においてゴッドウィン家に連なる名家です。

 教会側、おもにハト派勢力において借りを作りたくない相手だと考えます。聖女が死亡した事は教会側としては手痛い喪失だったのではないでしょうか。

 つまり、より安全で確実な術式が存在していたならば、教会は迷わずそれを選んでいたはずです」

 「確かに。エレナローズ嬢が命を引き換えにしなくては魔瘴の封印に失敗したというのは、教会の威信にかかわる失態ですわね」

 「そのあたりは、エレナローズ嬢が浄化を行う聖女として名乗りをあげたという背景を加味する必要もあります。

 しかし、私が多人数式の魔術式を提案した時に、コルテア卿がアイデアそのものを否定しなかった事は代替えとなる術式が存在しないという根拠になるかと思います」

 「そうですわね。納得いたしました。次へ進みましょう」


 ミディアも頷くと考えを整理しながらゆっくりと喋りだした。

 ミディアはひとつ深呼吸すると、再びゾデルフィアの名を口にした。


 「そこでゾデルフィアに関しての禁書庫に調べにきましたが、なかなか見つかりませんでした。ですが代わりに調停をつかさどる精霊ロタデルフィアという存在に行きついたのです」


 ミディアは言葉を切る。

 そしてマルベルにも見えるようにロタデルフィアが描かれたページを開いた。


 「この精霊は双子とありますが、実際には一つの下半身に二人分の上半身がついた形で描かれています。

 様々な事象の対立する概念、すなわち正義と悪、束縛と自由など──そうした二元性を司る存在だとされています。


 その最も分かりやすい例が、──光と闇である、と」


 ミディアの言葉に、マリベルはしばし固まった。

 表情のみならず、耳も尻尾も凍り付いたように静止している。

 その反応にミディアが不安を覚えたが、次第にその大きな尻尾が震えはじめる。

 

 「お、お、お、お、そ、それは、……!!!!!」


 マルベルの尻尾は根本から先端までの毛が逆立ち膨らんでいく。

 眼鏡の奥できらっきらに輝く瞳は早く続きをと促していた。

 ミディアはその瞳に勇気を貰い、先を続けた。


 「こ、ここで、教会が語る光神ロタティアンの神話について思い出してみます。

 ……世界はかつて強大な力を持ったドラゴンたちに支配されていた。そんなドラゴンたちを倒し支配から解放したのが光神ロタティアンだと言うものです。

 ロタティアンはドラゴンの王を倒したと言いますが、実際には”殺しきる事は出来ずに封印した”のだと思います。

 その根拠は、私がエストリアで遭遇したドラゴンが『我らが愛しき原初の母』を救い出すために魔瘴を召喚したからです。

 つまり、魔瘴と言われるゲートの向こう側には、ドラゴンたちが母と呼ぶ存在が封印されていると考えられます」

 「な、なんと、魔瘴はただ魔物を召喚するゲートではなかったんですね!」


 マルベルの言葉にミディアは大きくうなずく。


 「私は、ドラゴン族の母とも言える存在こそがゾデルフィアかと疑っていました。

 ですがエストリアで遭遇した竜族は自身がゾデルフィアの信徒であることを否定しました。

 ──ではゾデルフィアとは何なのか。

 それは、魔瘴の向こうに封印されているものではなく、魔瘴の入口を閉ざすための”楔”ではないかと考えたんです」


 ミディアは息を詰めていたことに気づき、大きくひとつ、深呼吸をした。


 「ここにある書物では、光と闇をつかさどる双子の精霊がいたとあります。

 この精霊こそが光神ロタティアンの起源であるとするならば、……ドラゴン達と争いを繰り広げたのは双子だった頃の精霊ロタデルフィアであり、ドラゴン族の長を封印するために”自らの半身を切り離す”という選択をせざるを得なかったのではないかと考えました。

 そして光の精霊ロタティアンが残り、闇の精霊ゾデルフィアは魔瘴を封印する楔となった」

 「ふあぁああああああああああああ…………ッ!」

 「ロタティアンを唯一神とし神聖王国ローデンバルドを作り上げた英雄エダンが焚書を行ったのは、ゾデルフィアの存在を隠すためだったと推測します。

 その意図が、ゾデルフィアの存在を知られることにより封印が解かれることを恐れていたのか、切り離された半身という存在を隠したかったのか、そこまでは分かりませんが……」

 「おおおおう、おおおおおおう、ふううううあああああああッ!!!!!!」


 マルベルの様子はあまりにも劇的だった。

 ふくらみまくった尻尾を振り回しながらせわしなく指先を動かし、瞳が落ち着きなくくるくる動く。


 「まままま、待って下さいね、待って下さい。今、咀嚼しているので待って下さいね。ふああああ、これは大変、これは一大事。あまりにも味が濃いものが一気に入ってきて大混乱しておりますわッ!

 ああああ、もっとゆっくり食べたい、もっとゆっくり噛みしめたい、んくぅううううううッ!!!!」


 びりびりびりっと電撃にでも撃たれたかのように震えた尻尾が何とか落ち着きを取り戻すと、マルベルは眼鏡を何度も押し上げた。


 「なるほど、なるほど、なるほど、……その竜族が話した内容がどこまで正しいかは判別がつきませんけれど、……

 ロタティアンが元々は双子であったこと。

 今はロタティアンしか存在しないがごとくに扱われていること。それは間違いない事だと思いますわ」


 マルベルその場を行ったり来たりしながら、ほとんど独り言のような早口で話し始める。


 「だとすれば、ミディア嬢の推測は、あまりにも刺激的で危険極まりないですけれど、突飛なものだとは言いきれない。

 少なくとも今この場に提示されている情報に頼るならば、それが真実である可能性は否定できませんわ」


 そこでマルベルはぴたりと止まるとミディアに向き直った。


 「と、言うのは、出来る限り公平な視点での意見で……

 私自身としてはとっても、とっても、素晴らしい説だと思いますわ!!!」

 「あ、……ありがとう、ございます。

 で、ではその、コルテア卿に説明するための根拠としては、足るものだと思いますか?」

 「そうですわね、……」


 マルベルはしばし考えこんだ。


 「私には、今聞いた話が真実を言い当てているかを判断することは出来ません。

 けれど、真実を追及するという行為は、必ずしも真実を言い当てることではないと思います。

 その事はコルテア卿もよく分かっておいででしょう。

 つまり、ミディア嬢の推測が間違っていたとしても、コルテア卿はあなたが真実に対して誠実な熱量をもって向き合ったという事実を認めて下さるはずです」

 「はい、……そう、ですね。認めて下さると、嬉しいです」

 「私から見れば、この禁書庫への入室を許可した時点で、あなたの事をとても認めているのだと思いますよ」


 そう言ってもらえると嬉しかった。

 ミディアは「えへへ」っと照れ笑いをする。


 「ありがとうございます。マルベルさんのお陰で私なりの答えを見つけ出すことが出来ました」

 「いえいえ、とんでもないですわ。私も大変にエキサイティングな体験をさせて貰いました。協力出来たことを大変うれしく思います」


 マルベルはそう言うと、胸に手をあててお辞儀をする。

 そして再び顔をあげると、愛らしく首を傾げてみせた。


 「……ええと、それで、ミディア嬢はこれからどうなさりますか?

 もうコルテア卿の屋敷にお戻りになられますか?」


 問われてミディアは思案する。


 「そうですね。……期限にはまだちょっとだけ余裕があるので、ここの図書館をほんの少しでも覗いていきたいなって思っているんですが」

 「でしたら、エーテル変換装置に関しての書物をお読みになりませんか?」

 「エーテル、変換装置?」

 「ええ、そうです。先ほど教会の術式にはエーテルを魔力に変換する過程があったとお話いただけましたでしょう? 同じような技術が錬金術師の間でも使用されているのです」

 「なるほど、それは興味深いです。もし変換装置を使わせてもらうことが出来れば、術式を簡略化し、魔力消費を抑えられる可能性も出てくる訳ですね」

 「もちろんそれも重要です」


 マルベルは深くうなずき、言葉を続ける。


 「……ですが私が提案したいのは、今回ミディア嬢が取り組んでいる魔瘴封印の一大事業に秘術機関を巻き込んでしまうことです」

 「ま、巻き込んでしまう?」


 話についていけずに首を傾げると、マルベルはにっこりと笑った。


 「先ほどお話しましたが、錬金術師は騎士団の装備や護符の作成において、教会とは協力関係にあります。教会としては秘術機関を敵に回したくはないでしょう。

 ……つまりですね。ミディア嬢の術式に錬金術師たちを巻き込んでしまえば、教会側はそれを切り捨てるのが難しくなります。

 異端審問にかけようなどという意見もある程度はけん制することができるでしょう」

 「な、なるほど。で、でもその、錬金術師の皆さまは、協力して下さるでしょうか。

 既存のものが使えなかった場合、新たな装置を作るにあたって多分すごく厳しい納期になると思うんですが……」


 ミディアの言葉にマルベルは「ふっふっふ」っと不敵な笑みを浮かべて見せる。


 「ミディア嬢は無理難題とも思える依頼を受けた時、でもそれが自分ならば解決できると直感した時、どう感じますか?」

 「え、ええと、……」

 「もしそれが私だったら、……脳汁どっばどばです」

 「のうじるどっばどば」

 「ええ、そうです。いっそ鼻血も出そうなくらい大興奮です」

 「そ、そんなに? いや、でも、確かに、絶対無理なことなら嫌だけど、出来そうな事なら、……」


 戸惑うミディアに、マルベルはさらに言葉を重ねた。


 「……いいですか、ミディア嬢。

 人は自分の得意分野において頼られることを嬉しく感じるものです。

 もちろん、そこには感謝と尊敬の念、それと正当な報酬があることは大前提ですが……、

 自身の才能を発揮できるのは最高にハッピーな瞬間なんです!」

 「は、はい」

 「ですので、頼りましょう。

 そもそも錬金術師の中には魔術師に対して劣等感を持っている方も多いので、魔塔の筆頭魔術師の娘からの依頼なんて聞いたら、それだけで鼻血だばんだばんですよ」

 「は、はなぢだばんだばん、……って、なんで錬金術師の方々は魔術師に劣等感を?」

 「あー、それは、古くからの因縁めいたものでして。とくに最前線で戦う魔術師の中には、錬金術師を気楽な後方支援だと仰る方もいるんです」

 「後方支援があるからこそ戦いに集中できると思うんですが、……」


 とはいえ、似たような経験がミディアにもあるのでよく分かる。

 ミディアのように魔力変換が異常に遅く、最前線で活躍できない者をせせら笑う魔術師には何度も出会ったことがあった。ロストバラン家の名を背負ってすら耳に入ることがあったのだ。

 所属組織も異なる錬金術師に対してはもっと遠慮のない態度をとる者も多くいる事だろう。

 

 「で、では、その、コルテア卿に錬金術師の力が借りられないかも提案してみようと思います。それにあたって、エーテル変換装置に関する知識をある程度は身につけておけ、という事ですよね」

 「その通りです!」

 「はい、では、時間ギリギリまで読んでみようと思いますが、ど、どれくらいの数の、書物があるんでしょうか」

 「著名なもので200ほどですわね!」

 「に、にひゃく!?」

 「基本的な理論だけでなく応用編まで網羅するとなると、読むだけで十年はかかるかもしれません」

 「じゅ、十年……!?」

 「ですが! ご安心ください。

 本の虫だの文字食いネズミだのと言われたこのマルベルがついています!

 出来る限り分かりやすい書物をご用意した上で、私自身が丁寧に噛み砕いて、噛んで噛んで噛みまくって出来たピーナッツバターのように滑らかに、説明させて頂きます!」

 「よ、よろしくお願いいたします……!」


 目をらんらんと輝かせるマルベルに、ミディアは気圧されながらも頷いた。

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