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誤字脱字のご指摘ありがとうございます。

面白いと思って頂けましたら評価ボタンを押して下さいますと大変励みになります。

どうぞよろしくお願いいたします。

 港町サムタ・デラには、錬金術師たちのための施設が複数存在する。

 新たな術式の登録、既存の術式の使用許可、特殊な薬草や鉱石の取引、さらには錬金術師の育成施設まで。

 これらを総称して、人々は『秘術機関』と呼んでいた。


 王都にも錬金術師はいるが、比率で言えば魔術師の方が圧倒的に多い。

 だがこの街では、その割合が逆転している。

 当然ながら、秘術機関は魔塔とは様々な点で異なっていた。


 まず最初に感じたのは匂いだった。


 錬金術師はさまざまな素材を使用する。

 鉱石や薬草はもちろん、モンスターや動物の骨や皮などその種類は膨大だ。

 そしてそれらの中には強烈な異臭を放つものも多くある。

 異臭とまで言わずとも、嗅ぎなれない匂いのものも多々あった。

 つまり秘術機関には、雑多にまじりあった奇妙な匂いが漂っているのだ。


 さらにあちこちから鉱石を粉砕する音が響いてくる。

 それはカァンカァンと高く旋律のように響くものであったり、無遠慮にガラガラと崩れるものであったりもした。


 これはミディアにとってなかなか強烈な印象だった。

 それにあちこちで売られている滅多に見ないような鉱物などは、ひどく興味をそそられる。

 七色に輝く石、中に珍しい動物の骨が閉じ込められているもの。

 他にも首都では滅多に見られない鉱石が数多く並んでいる。

 たとえば──花蜜岩。

 その名の通り、無数の花が咲いたような形を形成し、割れ目からはほんのりと蜜を零すことで知られる、美しい鉱石だ。

 時間に余裕があったならば、市場を見て回るだけでも数日を費やしてみたいところだった。

 後ろ髪を引かれながらもミディアは図書館へと赴いた。


 「み、ミディア・ロストバランです。コルテア卿より禁書庫の入室許可書を頂いております」


 受付で要件を告げると、すぐに禁書庫専門の司書が出てきてくれた。

 身の丈ほどもあるふさふさの尻尾を背中にたたえ、ときおり耳がぴくりと動く。

 小さな体に白衣のような司書服がよく似合うリスの半獣人だった。

 リスの獣人に会うのは初めてで、何より驚いたのは、彼女がミディアよりもなお小柄という事だ。


 ミディアは同年代の中でも背が低いほうだったが、それでも彼女のほうが一回りは小さい。

 少し驚いて見つめると、彼女は首をかしげ、眼鏡をくいっと押し上げながら微笑んだ。


 「マルベルと申します。よろしくお願いしますね」


 柔らかな声とともに大きな尻尾がぱふんと揺れる。

 こう言ってはなんだが、あまりに身長が低いため、年齢の見当がまったくつかない。

 オレンジ色のふわふわした髪は肩のあたりで跳ねるように切りそろえられていて、丸い顔にはそばかすがいくつも散っていた。

 大きな眼鏡の奥の瞳は金色がかっており、くるくるとよく動いている。好奇心をそのまま形にしたような目だ。

 マルベルはミディアが魔術師の名家であるロストバラン家の長女だと知れば興味津々の様子で眼鏡をきらりと光らせる。


 「禁書庫で資料をお探しとのことですね。よろしければ私もお手伝いさせて頂きます」

 「あ、ありがとうございます。ええと、でも、あの……」

 「ご心配なく。禁書庫での用件など、そもそも人に話すようなものではありませんもの。

 でもご安心ください。私、自分で言うのもなんですが──禁書庫の書物を読み漁った結果、もはや私自身が“禁書”のようなものなんです。

 うっかり口を滑らせれば処分されかねないと自覚しておりますので、口はと~っても固いんですよ」

 「な、なるほど。その、そんなに危険でも禁書庫の司書を……?」


 ミディアが尋ねるとマルベルは眼鏡をくいっと持ち上げた。


 「ええ、だって私、貪欲なんですもの。出来る限り沢山のことを知りたいのです。加えて活字中毒と申しますか、文字があったら読まずにはいられないんです。子供の頃から食事中でも本を広げていて何度怒られたことか」

 「それは、……よく分かります!」

 「ただ私、錬金術師の才もからっきしだったんですよ。ですのでここで司書をしております。

 いえいえ残念とは思っておりません。知識を活かせないことはもったいないとも思いますけれど、実践することだけが全てではありませんから。

 こうして、貴方のような才能ある方々のために資料を整理し案内する。それも、知識を伝えるうえでの大切なお仕事だと思っておりますし、……何よりもちょっとした隙間時間に本を読めますので」


 何だか最後のところが一番重要そうな気がしてミディアは「ふふふ」と小さく笑う。


 「で、では、お手伝いして頂けると助かります。私、2日以内にゾデルフィアの真実を探さないといけないんです」


 ミディアの言葉にさすがのマルベルもしばし沈黙する。

 だが再び眼鏡をくいっと押し上げると、不敵な顔で微笑んだ。


 「それはそれは、……久しぶりに挑戦しがいのある難問ですわね!」




 ***




 禁書庫は、通常の図書室よりさらに奥深く、複雑な封印術式が幾重にも重ねられた扉を抜け、昇降機で降りた地の底に存在していた。


 最初にミディアの目を奪ったのは、その異様なまでの壮麗さだった。

 巨大な半球状の空間全体を、天井まで届く漆黒の書架が取り囲んでいる。

 書架の隙間には、自らの意思でページをめくる魔導書や、金属の鎖で繋がれた呪書、表紙から魔眼が覗く一冊すらあった。

 まるで、知識そのものが生きている、本の囁きが聞こえてくるような場所だった。

 灯りの代わりに、天蓋からは幽かな青い光が降り注ぎ、部屋の空気そのものが魔力を帯びて震えている。


 禁書と呼ばれる書物だけで、これほどの量がある。

 それは、ラシャド王国がどれほど多くの禁忌と向き合ってきたかの証でもあった。


 思わず息を呑んだミディアは、次の瞬間、心に決める。

 ──いつか魔塔の禁書庫にも、必ず足を踏み入れてみせると。


 禁書庫の中央には、淡い光を放つ魔法円に護られた読書のための円形の空間が設けられていた。

 光は天井のクリスタルから絶え間なく注ぎ、頁に影を落とさぬよう計算されている。椅子や机も重厚な石造りで、魔力の揺らぎを抑えるためのルーンが彫り込まれていた。


 そこだけが、書の海に潜る者に許された聖域であり、それ以外の場所では本を開くことさえ許されない。

 マルベル曰く、この中の本は禁書庫から出すと文字が消えるように一つずつ術式が施されているらしい。

 その術式にも非常に興味をひかれたが、とにかく今はゾデルフィアに関してを調べなければいけなかった。


 「しかし残念ながら、ゾデルフィアに関して書かれた書物というのは、私もほとんど覚えがないんですよ」


 マルベルは首をひねりながら言う。


 「魔塔で調べた限りだと、闇の精霊として扱われているようでした」

 「ええ、私も闇の精霊の話を聞いたことがあります。

 ただ、ええと、つまりですね、この禁書庫にあるものは錬金術師の書いた書物なのです。

 つまり、錬金術に用いる事がなければその精霊の記述も登場しない訳でして」

 「なるほど。闇の精霊を用いた錬金術、……確かに、ぱっと思いつかないですね。ええと、不老不死の研究とかは」

 「ああ、不老不死でしたら時間へのアプローチを試みるという意味合いから、門の精霊ネフェリリを組み込んだものが多かったですわね」

 「あの精霊もなんだか規格外で不思議ですよね。ちなみに、成功例はあるんですか?」

 「……うーん、それが、ご存じの通りネフェリリを組み込んだ術式は非常に難しいので、肉体の時間を逆行させる過程で”消失”してしまったり、無限増殖して、巨大な肉塊になってしまったり……」

 「な、なるほど」


 門の精霊ネフェリリ。

 ミディアが未来視を行う際に頼った精霊でもあり、転移魔法を使う際にもこの精霊の力を借りる。

 その力は他の精霊とくらべ明らかに異質だった。魔塔でもネフェリリに関して研究している者はいるものの、現在に至るまでほとんど解明されていないと聞いている。

 研究者の中ではネフェリリを精霊の姿を模した異なる存在、──”偽精霊”と呼ぶ者もいるほどだ。

 名前を聞き、術式にも登場するにも関わらずゾデルフィアと同じくらい正体不明の存在だ。


 「え、ええと、でしたら、光の精霊をたよった錬金術はどうでしょうか?」


 ゾデルフィアと光の精霊に何らかの関係があるならば、光の精霊をたよった術の中にゾデルフィアに関する記述があるのではなかろうか。そう思って尋ねるとマルベルは困り顔になる。


 「それでしたら、むしろ大量にありすぎるんです。それに、禁書になっているものはほとんどありません」

 「え、そんなにあるんですか?」

 「ええ。錬金術には武器や防具へのエンチャント、つまり魔法付与も含まれるんですよ。聖騎士団の使っている光の加護が付与された盾なんかは、実際のところ教会と協力関係にある錬金術師が行っているものですから。

 教会で働いている間は錬金術師とは名乗っていないので、あまり知られてないみたいですけれども」

 「な、なるほど!?」


 つまり、少し前に竜族の魔法によってどでかい穴が開いてしまったフレイの盾は、錬金術師たちによって加護が付与されていたものだと言う事だろう。


 「神殿騎士の使う装備、そして護符なども……?」

 「……と、公の場で口にすると大変なことになるけれど、まぁその通りですわね」


 興味深い話をきけたものの、また行き詰ってしまった。


 「え、ええと、その、光の精霊を扱ったもので禁書になっているものはほとんどないと仰ってましたが、ほとんどなくてもちょっとはあるんですよね」

 「その通りですわ」

 「では、その、光の精霊を扱った禁書を調べてみたいです」

 「分かりましたわ。少々お待ち下さいね。用意して参りますので」


 ミディアよりも小さなマルベルがいったいどうやって本をとってくるのだろうかと心配したが、そこは流石の半獣人だ。

 するすると本棚を登っていくと本を器用に取り出しては、また別の本棚に移動する。

 そうしてマルベルによって取り出された「ちょっとだけしかない書物」はおおよそ30冊を超えており、ミディアの前に積み上げられていったのだった。




 ***




 「30冊はましな方、30冊はましな方、……」


 ぶつぶつと呪文のように唱えながら、ミディアは必死に禁書を読み解いていた。

 実際、何かを調べるにおいて参考書物が30冊というのはかなりましな方であるのは確かなのだ。2日という期限がなければ、「やったー! 今回は少ないぞー!」と万歳して喜んだことだろう。

 それに、書物の半分ほどは新しい術式を考案したレポートであり、──つまり分厚い本ではない。

 しかしミディアは錬金術は専門外であったので、内容を理解するのはそれはそれは大変だ。

 まず手始めにマルベルに頼んで年代順に分けてもらい、出来る限り古い書物から手をつけていく事にした。


 「リトルローデンの西部地層にて採掘された、ドラゴン起源鉱石に含有される未知の反応性粒子を解析すべく、高密度収束光装置ルクス・スパイラを照射。

 初回照射から48〜72時間以内に、被験者4名のうち3名に以下の急性症状を確認。持続性の嘔吐、眼・口腔からの自発性出血、皮膚表面の壊死性発疹、感覚麻痺。

 第四被験者は異常なし。ただし、直後の自筆メモに『鏡の中にもう一人の自分が立っていた』との記述を残して消息不明……いやいやこれは危ない、これは危ない、えええ、こんな危ない目にあってるのに実験続けてる!?」


 そしてようやく読み解いた書物は、禁書になるのも頷けるような狂気じみた実験の数々が記されていた。

 魔術師もなかなか奇人変人揃いだが、錬金術師も相当だなとつくづく思い知らされる。


 ……なんというか狂気の種類が違うのだ。


 魔術師の狂人は腕が吹っ飛ぼうが片目がなくなろうが術式を編みだそうとする者が存在するが、錬金術師はじわじわと内臓をやられたり、吐血や嘔吐を繰り返し、明らかに体調不良になっていくのにそれでも実験をやめないのだ。

 目糞鼻糞を笑うといった類かもしれないが、なんにせよ錬金術師というのもかなりイカれた存在だ。


 しかしなかなかお目当ての記述は見当たらない。

 そもそも、ミディア自身が何を探しているのかをはっきりつかめていないのだ。

 闇の精霊の記述がないから光の精霊を調べているが、そこで何を発見したいのか、どんな可能性があるのかが分かっていない。

 闇雲に調べるのは賢い手段とは言えないが、それでもなんのヒントもない場合は総当たりが近道になる場合もある。ただ問題は期限だった。

 半日以上かけて10冊を読んだところで何の手掛かりもつかめなければじわじわと焦りが沸いてくる。


 「ミディア嬢、少しお休みになった方がいいのでは」

 「そ、そうなんですけど、時間が、なくて……」


 マルベルも隣に座って本を読み解く手伝いをしてくれているが、それでもなかなか進まない。


 「ではこれを。……禁書庫に食べ物の持ち込みは禁止なのでこっそり齧って下さいね」


 そっと渡されたのは木の実だった。

 ミディアはありがたくそれを受け取り、ぽりぽりと齧る。


 「美味しいですね、これ。とくにこの、クルミみたいなやつ。王都で食べたものとちょっと違います」

 「うちの一族は木の実取りの名人が多いんですよ。何と、サムタ・デラにおける木の実の販売は我が家がトップです! 

 ……一応、王都にも店舗をおいているので、是非覗いてみて下さい。木の実は小腹がすいた時にぴったりなので、研究者の皆さまに好まれているんですよ!」

 「それはいいですね!」


 木の実を齧りながら平和に魔術研究を続けるためにも、何とか魔瘴を封印しなくては。

 改めて書物に向き合うと、文字を丹念に追っていく。

 そしてミディアは奇妙な記述を発見した。


 「調停の双児ロタデルフィア……?」


 それは、鉱物など錬金術の材料を正確に測るための術式に関する記述だった。

 調停、均衡、審判、そういったものをつかさどる精霊の力を借りて天秤の術式に活用する。

 それまでの禁書と明らかに異なるのは、その術式には”まったく危険性がない”であろうという部分だ。


 書物が記されたのはエダンの焚書より以前になるが、禁書となったのは焚書が行われたとされる年代とほぼ一致する。

 つまりこの書物に描かれた術式は焚書以前は禁書として扱われていなかったようだ。

 書物の最終ページには禁書となった理由もしめされている。

 ミディアはその最終ページを確認して固まった。


 「ロタデルフィアの分裂により術式が発動不可となったため……」


 一体どういうことだろう。

 この記述によれば、精霊が力を失ったという事になるだろう。だが精霊とは死すべきような存在ではないとされている。

 実際、記述にあるのは「分裂」であり「消滅」ではない。


 心臓が跳ねた。これは──まずい。

 魔術師としての本能が、警鐘を鳴らしている。


 危険だ。知ってはいけない。

 だがこれこそがミディアの探していたものだろう。


 「あ、あの、マルベルさん、この本なんですが、……な、内容にロタティアンに関する記述はなかったんです。でもその、これはロタティアンに関する本として分類されているんですよね」

 「ええ、その通りですわ。天秤に関する術式が書かれていた本でしたわね。……確かに、ミディア嬢が仰る通り、なぜその分類だったのかしら。でもここに、最終ページの分類のところでロタティアンの記載がありますのよ? 分類をしたのは、……あら驚いた。このサイン、コルテア卿ですわ」

 「コルテア卿が?」


 もしやコルテア卿はいずれ誰かがこの記載に行きつくことに期待して、ひっそりとヒントを残したのだろうか。


 「あ、あの……この“調停の精霊”というの、私、初めて聞いたんですが……」

 「確かに最近の書物ではまったくといいほど見かけませんわね。ですが、エダンの焚書より前の年代では何度か登場していた筈ですわ」

 「じゃ、じゃあ、それを見せて下さい!」


 早速マルベルに取り出してもらった本は天秤に関しての術式と似通ったものが多かった。

 禁書となった理由は全て「術式が発動不可となったため」とある。

 ページをめくる指が震えた。

 やがてミディアは、ロタデルフィアそのものに関して記した記述に行きついた。


 「……調停をつかさどる精霊ロタデルフィアは双子の精霊である。

 彼らは対となる性質を有しており、もっとも分かりやすい属性としては光と闇とに別れている。

 ただこれらは一概に語れるものではなく、ある時は喜びと悲しみとしても現れ、あるいは隷属と解放、慈愛と憤怒など天秤にかけたものによって変化する二極化した特性を有している」


 ──光と闇の二つの属性をもった双子の精霊。


 双子、と記載はあるものの、書物に描かれていた精霊の姿は一つの下半身から二つの上半身に別れた姿だった。

 ロタティアンの姿を描くことは禁忌とされ、故にロタティアンの像は一つたりとも存在しない。

 そのことを思い出し、ミディアはしばし息をすることも忘れていた。


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