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どうぞよろしくお願いいたします。

 その日ミディアは、ロストバラン家の会議室を借り切ってアレクシアとリリアナ、それにジュードを呼び出した。

 ロストバラン家の会議室であれば防音魔法は完璧だ。

 機密を守るために他にもさまざまな魔法が施されている。

 部屋の中央に置かれた六角形の大机は、鏡面のように磨き上げられ天井のシャンデリアを反射している。

 機密性を重視したこの部屋は窓が少なく、その窓も分厚いビロードのカーテンで閉ざされており、なんとも重苦しい空気だった。

 壁際には地と沈黙の象徴として、長老梟の剥製が置かれ、その巨大な羽を威圧するように広げている。


 「きょ、今日は、その、集まってくださり、ありがとうございます」


 ミディアはずっと悩んでいた。

 あの恐ろしい未来視を得たあとに、ミディアはとにかく関わらないことを優先しようと思っていた。

 だが願いむなしく、ジュードも、フレイも、そしてアレクシスとも関わりを持つことになってしまった。

 そこでミディアの悩みはさらに大きく膨れ上がる。

 3人は、少なくとも“自分の正しさ”を信じて行動する人たちだ。

 常識がある、……かどうかは少し怪しいけれど、正義感と責任感を備えており、誰かを私情で貶めるようなことは、まずしない。

 個人的な感情だけで、罪を裁くようなことをするなんて到底ありえないだろう。


 ではなぜ、どうしてミディア達は彼らに裁かれることになったのか。

 それは個人的な感情で動くよりも、恐ろしい可能性を示唆している。

 彼らが自身の矜持を曲げてまでそうせざるを得なかった、”それ以外の選択肢がなかった”としたら──

 その理由は、ミディア達が国家を揺るがすような禁忌に触れてしまったということだ。


 私たちは何をしてしまったのか。

 あるいは、何かを知ってしまったのか。


 その答えを、──得てしまった。

 教会の最大の秘術、浄化の奇跡は闇の精霊ゾデルフィアに捧げられたものだった。


 ミディアはさらに苦悩した。

 この秘密は秘匿し続けるべきではなかろうか。

 そうすれば、アレクシアやリリアナを守ることが出来るのではなかろうか。

 ミディアは悶々と悩み続けた。


 「今日はこの場を借りて、わ、私が知り得た情報を共有したいと思ってます」


 そして今、ミディアはロストバラン家の会議室で、アレクシア、リリアナ、そしてジュードと向かい合っていた。

 アレクシアは椅子に悠々と腰かけながら、ちらりとジュードへ視線を投げた。


 「ミディア嬢、なぜその男を呼んだのかを説明してくれるか?」

 「は、はい、ええと、その、……」

 「私はその男が、我々の情報を流した可能性があると考えている」

 「そ、その、ですね、ええと」


 ミディアはしばし口ごもったが、覚悟を決めて話しはじめた。


 「その、ええと……わ、私も、ジュードさんを呼ぶかは悩みました」


 一度、言葉を切って、息を整える。


 「アレクシア嬢が言う通り、ジュードさんが情報提供をした可能性はあると思いました。

 でも、私……隠し事が下手なんです。きっと、ジュードさんにはもう察しがついてると思って……今更、ジュードさんに隠し事をするのは無駄だと思いますし、これから、私が成すべきことにはジュードさんの協力が必要だと思ったんです」

 「待ってくれ」


 ジュードが片手をあげた。


 「まず、なぜ俺が何者かに君たちの情報を提供すると考えたんだ?」

 「ええと、それは、その、……私が未来視をしたんです」

 「未来視を!?」 


 ジュードは驚いて椅子から腰を浮かせた。


 「まさか、あの術は成功例などないはずだ!」

 「は、はい、でもその、成功例が完全にゼロならば術自体が存在しないと思うんです。それに、その、私は確かに成功したんです」

 「なるほど。……ミディア嬢ならばあるいはと思えるのが恐ろしいな」

 「あ、ありがとうございます。その、未来視の中で私たちは、──断頭台で首を落とされ処刑されました」


 その言葉にジュードは目を見開き、喉元にそっと指先を添えた。

 アレクシアは唇を噛み、リリアナはまるで祈るように膝の上で指を組み合わせる。


 「ジュードさん達はただただ黙して見ていました。それは、私たちが死刑となる事に、異論を挟まなかったという事になるでしょう」


 そこで一度言葉を切って大きく呼吸をする。


 「……私は疑問だったんです。

 なぜジュードさん達が私たちを見限ることになったのか。

 恐らくそれは『ある事への知識』にまつわるものでした。私たちがその知識を有している事が知れてしまった。

 可能性はいくつかありました。ジュードさん達が別組織のスパイだったか、あるいは情報提供をしたのか。

 そうでないならば、ジュードさん達が処断せざるを得ないようなことを、私たちが自らやってしまったのか」

 「ジュードさん『達』というのは?」

 「神殿騎士のフレイ殿とアレクシス・ゴッドウィン殿です」


 その二人の名にジュードは目を細める。

 反応は思ったよりも淡泊だった。


 「なるほどな。フレイ殿は立場上、教会に対する敵意に気が付いた場合には報告をするほかにないだろう。だからここには呼ばなかった。そしてそれはミディア嬢が見た未来にあっても同じく、情報を分け合うことはなかっただろう。

 アレクシス殿が妹君を売るなどとは考えにくい。罪をいさめるならばまず騎士団が動いた筈だ。

 その断罪劇の発端が自発的なものではなく、何者かの告げ口であるとするならば。その筆頭候補は俺になるという訳か」

 「一を聞いて十を理解する、さすが天才魔術師、しゅごい」


 まだ何も話していないのに、相手が教会であることをすっかり見抜いていた。

 その鋭さに、ミディアは畏敬すら覚えた。


 「今の話を聞くに、ミディア嬢も俺を少なからず疑ったことがあるということだろう。ならば何故ここに呼び出したんだ?」

 「やっぱないなーっと」

 「……やっぱないなー、とは?」

 「ええと、その、私が得てしまった知識はジュードさんにも受け入れ難いものだと思ったんです。となるとあの処断劇においてジュードさんは教会の秘密を知らなかったか、知った時にはもう取返しのつかない状況まで発展してしまっていたかではないかと。

 その上で思ったんです。それってジュードさんにとって大変に遺憾だったんじゃないかと」

 「そうだろうな。俺のうかがい知らぬところで事態が進展した上に、ミディア嬢を処刑するはめになったとしたら、内心では怒り狂っていただろうな」

 「相談しなければジュードさんは安全です。でも、それって……不本意な安全ですよね。

 私だったら、危険でもちゃんと話してほしい。何を選ぶかは、自分で決めたいから。

 だから、相談しないで選択肢を奪うのは――とても、おこがましいことだと思って」


 ジュードの瞳孔がわずかに開き、口元が柔らかくほころぶ。

 それはミディアの言葉を心から肯定しているという事だろう。


 「……あい分かった」


 頷いたのはアレクシアだ。


 「では、聞こう。──ミディア嬢、あなたは何を知ったのか?」

 「あ、ええと、すいません。その前に私も確認したい事があるんです。その、あの、リリアナ嬢はなぜこの件に深くかかわろうとしているのでしょうか?」


 視線を向けると、リリアナは「まぁ」と声を漏らし小首をかしげる。


 「リリアナ嬢が以前に仰っていた通り、貴女は立ち回りの上手い方です。何かぼろを出して処刑されるなんて考えにくい。そもそもなぜ貴女がそんなに深く関わろうとするのかが謎なんです。

 アレクシア嬢は分かります。彼女は内包された危険性を見逃すことをしないですし、ゴッドウィン領が危険にさらされたとあっては黙っているなどあり得ないでしょう」

 「あら、そうね。言われてみればそうだわ。わたくしの立場こそ何者かのスパイだった可能性があるわね。そして、自らの身を犠牲にして貴女たちを処断した、とかあるいはわたくしの存在もろとも消されたか」

 「そそそそ、そんなことは言ってないですよ!」


 ふふふふ、とリリアナは笑う。

 それからすっと姿勢をただすと真正面から強い視線が重なった。


 「わたくしの故郷は魔瘴によって滅んだのです」


 「えっ」とミディアは絶句する。

 アレクシアはすでに知っていたのだろう。目を伏せて苦し気な溜息を吐いている。


 「まだわたくしが幼いころ。物心だってほとんどついてないほどに幼いころの話です。それでもわたくしは覚えています。いえ、染みついて消えないのです。

 悍ましい赤い空に、むせかえるような腐敗臭。

 絶望に満ちた悲鳴。 あちこちで火の手があがり、魔物たちが襲いくる。

 逃げようとして躓いた人を誰かが踏みつけ、親とはぐれた子が泣き叫ぶ──


 わたくしは地獄を見たのです」


 地獄、と語るリリアナはその黒曜石のような瞳の奥にほの暗い炎を宿していた。


 「ご、ご、ごめんなさい、私、その、あの、知らなくて、あの」

 「いいえ。わたくしが話さなかったのです。察して欲しかったなんて、そんな甘ったれたことは言いませんわ。ですので貴女が謝る必要はありません」

 「……はい」

 「これがわたくしの理由です。わたくしは魔瘴を許せませんのよ」


 決然と言い放ったリリアナはそこで浅く息を吐いて瞼を伏せる。

 再びそのまつ毛が開かれた時には、燃えるような激しい感情は凪いでいた。


 「……ミディア嬢の未来視では、空が赤く染まり腐敗臭を感じたと言っておりましたわね。それは魔瘴の出現を示すものです。

 つまり断罪劇が行われたすぐそばで魔瘴が発生していた。恐らくそれが、首都に近い場所だったのでしょう。いったいどれほどの被害を出すことになったか、測りしれません。

 それに関わる“者”がいるならば、絶対に見過ごすなどいたしません。たとえこの身と刺し違えようともうち果たす。……もっとも、ミディア嬢が見た未来でのわたくしは失敗してしまったようだけれども。

 だからね、ミディア嬢。わたくし、今度こそ絶対に成功させたいのよ」

 「はい、分かりました。成功させて、それに、刺し違えなくても良いように、したい、です」

 「ふふふふ、それもそうね」


 リリアナは鈴を転がすような音で軽やかに笑う。

 足並みがそろったところで、ミディアは大きく息を吸い込んだ。


 「それでは、その、……私が得てしまった知識に関して、皆さんにお話ししようと思います」


 ミディアの言葉に一同が姿勢をただすのが分かる。

 ミディアもまた胸をぴんと張った。


 「私は鷹巣砦の攻防戦の際、聖女エレナローズ様が浄化の奇跡を使う様子をすぐそばで見せて頂きました。

 これは、その時の魔法陣を記憶を頼りに書き起こしたものです」


 羊皮紙に小さく描いた魔法陣を取り出すと、皆がそれを覗き込んだ。

 とはいえジュード以外は見ただけではさっぱり分からないことだろう。


 「説明しますね。これは、”召喚”の魔法陣です」

 「召喚? 魔瘴を閉じるものではないのか?」


 アレクシアが首を傾げた。


 「召喚魔法というのは基本的には2つで1つの魔法なんです」


 ミディアは指を二本たてる。


 「一つは門を開き呼び出す魔法。

 そしてもう一つは門を閉じてお帰り頂く魔法です。

 ……門の魔法と聞くと門の精霊ネフェリリに頼るものに思われがちですが、この場合の門というのは目当ての精霊と物理的に接触するものとなるため、対象となる精霊の名を冠して魔法式を組むことになります。

 召喚魔法は一定の役目をこなした後に自動的に帰還するものがほとんどです。

 例えば炎の精霊スルに頼んで火蜥蜴サラマンダーを召喚する魔法などは、一定の攻撃をした後に帰還します」


 ミディアは、言葉を選ぶように少し間を置いた。


 「これは、最初にスルに対して差し出した魔力分の働きをしたら帰還するという契約が成されているからです」

 「なるほど。給料分は働いたという訳か」

 「そうです」


 ミディアは頷き、言葉を続ける。


 「ただ魔法陣を使った大規模な召喚魔術はそれと異なります。先ほど説明した魔法が”精霊の分身”を呼び出すようなものとするならば、大規模召喚術は”精霊そのもの”を呼び出すような術式になります。

 つまり、呼び出された精霊はより強い力を発揮することが出来る分、実体を持っているために思うように操ることが難しいとされています」

 「邪教徒がたまに使っているな。帰し損ねて自分たちどころか周囲にも被害を出すことがある」

 「そうですね。そしてこの浄化の奇跡とは大規模な召喚術においての門を閉じる、──お帰り頂くための術式になります」


 ミディアはそこで一呼吸おいた。

 アレクシアとリリアナは今言ったことを理解する時間が必要だろう。

 一方ジュードはすでにミディアと同じ結論に行きついたようだ。その顔色は分かりやすく青くなっている。

 それを見てミディアは安堵した。

 ああやっぱりこの人は、この秘術を許せる人ではなかったのだ。

 

 「浄化の奇跡の術式には、大きな問題点が2つあります。

 まず1つ目はこの術式において魔力を捧げ呼びかけている相手が……

 “闇の精霊『ゾデルフィア』”であるという点です」

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