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暗潮奔流 エストリア

誤字脱字のご指摘ありがとうございます。

面白いと思って頂けましたら評価ボタンを押して下さいますと大変励みになります。

どうぞよろしくお願いいたします。

 鷹巣砦の攻防戦から2ヵ月。

 ラシャド王国の首都ラダンは、春の盛りを迎えていた。

 都の中心部には王城や魔塔をはじめ、教会、秘術機関、ギルドが並び、総人口は三万人を超える。

 しかし城壁に囲まれた都では土地が限られ、市民街へ向かうほどに建物は密集し、空は狭くなる。

 庶民の多くは三階建て以上の共同住宅に暮らし、家々の合間を縫うように小道と水路が張り巡らされていた。

 貧民街では、窓から手を伸ばせば隣家の壁に触れられるほどで、日差しさえ満足に届かない。

 それでもこの都は、魔塔や秘術機関の技術によって街灯が灯り、夜でも人々の暮らしを照らしていた。

 行政官の手によって整備された水路は淀むことなく流れ、生活の要として、あるいは荷運びの小舟が行き交う道として機能している。

 そんな街のあちこちで、人々は春を謳歌していた。

 花は庶民の窓辺にも咲き、路地にも水路にも彩りを添える。貴族たちは我が庭園を天の楽園になぞらえて飾り立て、花を競わせていた。

 窓辺に咲く素朴な花々から、貴族邸の庭園に咲き乱れる異国の花まで、都の春は身分の差を超えて彩りを添えていた。


 そんな中、ミディアは13歳になっていた。


 遠征から帰還したミディアは、春に沸く人々を横目にほとんどの時間を魔塔にこもって過ごしていた。

 魔塔の研究室と図書館をひたすら行き来する毎日。

 就寝すら研究室にある仮眠室でとり、食事もおろそかになっていたために、流石に父から怒られた。それ以降は就寝時には家に戻り、食事は持ち歩き出来るものを作ってもらうことにした。

 前以上の熱意でもって様々な魔導書を読み漁り、アレクシアの伝手を頼って王城にある図書室にも出入りできるようにしてもらった。

 アレクシアも、そしてリリアナやジュードも、ミディアに尋ねたいことは山ほどあったに違いない。

 父、ロベルトも小言の一つや二つ言いたかったに違いない。

 とくにアレクシアとジュードは鷹巣砦で、ミディアが浄化の奇跡を間近で見ていたことを知っている。ジュードは、あの時のミディアがひどく動揺していたことに間違いなく気づいていただろう。

 だが皆、ミディアを自由にしてくれた。

 ミディアが自ら打ち明けるまで、見守ることにしてくれたらしい。

 だからこそミディアはがむしゃらだった。

 今までのミディアには魔術師として紋の格をあげることは、ただ婚約を回避するためだけのものだった。

 でも今は違う。

 ミディア自身が周囲から認められる魔術師にならなければいけなかった。

 解決すべき問題が、立ちはだかる敵が大きすぎて、ミディアだけでは戦えない。その舞台にすら立つことが許されない。

 一人では駄目だ。

 だから、大勢を納得させるために、ミディアは魔術師としての格をあげる必要がある。

 しかし、……


 「うええええええん、分かってるけど向いてないぃいいいいいいいい~~~~」


 ボスンっとレポートの中にうずまりながら、ミディアは情けない声をあげていた。

 やるべき事は分かっている。

 それに対しての道のりもなんとなく見えてはいるけれど、あまりにも向いていなかった。


 「無理、絶対無理。人前で話すなんて、胃が爆発するに決まってる」


 そう。そうなのだ。

 ミディアが自説を聞いてもらうには、ミディア自身のカリスマ性が必要だ。

 分かってる。大いに分かっている。

 自分をゲームの駒にたとえれば、進めるべきルートは分かるのだ。

 だが悲しいかな。ミディアは自分がするべき役割をこなせる自信がちっとも沸いてこないのだ。


 「はううううう、考えるだけで胃が、……うう、とりあえず、新しい魔法陣のレポートを出して来よう」


 魔術師の紋をあげるために、ミディアは以前よりも積極的にレポートを出していた。

 鷹巣砦で使用した結界魔法も、多人数式に切り替えたものをレポートとして出したところ、かなり良い評価が得られたのだ。

 なるほど。

 多人数式でも受け入れて貰うことが出来るようだ。

 それはミディアにとってとてもありがたいことだった。ならば、様々な魔法陣を開発することが出来そうだ。

 火災時に使用する散水魔法を改良し、より迅速に燃焼源へ届くよう調整した魔法陣を提出したところ──これも高評価を得られた。

 ちなみに鷹巣砦での活躍によって、ヴェルドレッド・ゴッドウィンより魔塔あてに感謝状が届いたそうだ。それも評価点につながるだろう。

 以前はとうてい無理だと思えていた三ツ紋の魔術師となる目標も、随分と現実的になってきた。


 「ううううううう、……嬉しい、け、ど、……」


 目標に少しずつ近づけば、ミディア自身が覚悟を決める日も近づいているということだ。

 最近はそれを考えるだけで、胃がきゅうんと縮こまる。


 「向いてない、ぜったい向いてない、……」

 「お嬢様」

 「むり、やっぱ無理なのでは?」

 「ミディアお嬢様?」

 「ひえええええええ!!!!!!」


 いつに間にか研究室内に立っていたのは、ロストバラン家の執事だった。


 「うええええ!? な、な、なぜ!? なんでここに!?」


 驚きすぎて椅子から転げ落ちそうになる。

 ロストバラン家の執事の役割は重要だ。故に滅多なことがない限り、執事が家を離れることはない。

 だからこそミディアはひっくりかえりそうになるくらいに驚いた。


 「お嬢様にお茶会の招待状が届いております」

 「おおおお、お、おちゃ、かい?」


 貴族にとってお茶会は重要な社交の場だ。それは分かる。

 だがミディアは圧倒的に社交には不向きな性格だったし、家族もそれを分かっていて、無理にミディアをお茶会に出させようとはしなかった。

 だと言うのに、誘いが届けられたのだ。

 それもなぜか執事長が持ってきた。

 ミディアはゴクリとつばを飲む。


 「そ、そ、その、ど、ど、どこの、どちら様から、でしょうか?」

 「ラシャド王国の“沈まぬ太陽”、第三王女モレアンキント様――“黄金の月”とも讃えられるお方からのご招待です」

 「びみゃぁあああああああああああああああああああああぁああああああ、どうしてぇええええええええええええええええええッ!!!!!!!」


 絶叫するミディアに執事は涼しい顔だった。

 パチンと指を鳴らせばその背後からメイドたちがしずしずと入ってくる。


 「それではミディア様。ドレスを作りに向かいますよ」

 「いやぁああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!!!!」


 大声をあげて椅子にしがみついても無駄だった。

 ミディアはメイドたちに容易く抱えあげられると、そのまま猫の子のように連れ去られた。




 ***




 なぜ、どうしてこうなった。

 分からない。ぜんぜん分からない。

 招待状が届いてから2週間後。ミディアはロストバラン家の紋章がついた馬車の中で、カチコチに固まりきっていた。


 ゆっくりお風呂に入れてもらい、肌にはたっぷり香油を揉みこまれてとても良い香りになっている。

 炎のような赤毛も、丹念に櫛が通されて緻密な編み込みになっていた。

 ドレスだって最上級のものだった。2週間という期間はかなりの急ピッチであるものの、ロストバランの名の元に無理をいって作らせたものらしい。あちこちに凝った意匠の刺繍がほどこされ、溜息が出るほど美しい。

 だが当の本人、ミディア・ロストバランはかっちこちに固まっており、表情は完全に死んでいた。

 衣装こそ豪華だが、気持ちは断頭台に向かう罪人だ。

 いや、実際、王家と関わりを持つことは、恐ろしい未来につながるような気がするのだ。

 だって未来視でみたあの処刑は、王家が絡んでいなければとうてい成されないようなものだった。


 いやだ、行きたくない。

 いっそ仮病でも使おうかと思ったが、そんなわがままが通じないことくらいミディアにだってよく分かる。

 ロストバラン家の顔に泥を塗るようなことはしたくない。

 でもやっぱり、行きたくないし怖くて怖くて仕方ない。

 ミディアはかっちこちのまま、王宮の入口でおろされた。

 そうして、やたらめったら顔のいい近衛兵に連れられて向かった先は王宮の最深部、離宮にある薔薇の園だった。


 「うわぁ、……」


 王宮とは、つくづく華やかな場所である。

 このところ王宮図書館にも出入りしていたから、その美しさには慣れているはずだった。

 だが、離宮の薔薇園はまるで別世界だった。


 楽園。


 それがこの世に存在するというならば、まさしくここがそうであろう。

 色とりどりの薔薇が惜しげもなく咲き誇り、空気には甘やかな香りが満ちている。

 時空と門の精霊ネフェリリすらも、この世の楽園を愛でているのかと思うほど。季節が春のまま、永遠に閉じ込められてしまったかのようだった。


 中央の噴水には、神話の一場面を切り取ったかのような彫刻が施されており、陽光を受けてきらきらと水飛沫を散らしていた。

 庭を囲むように並ぶガーデンライトには魔石が組み込まれており、それぞれが宝石のように幻想的な光を放っている。

 乙女らしいものにはこれっぽっちも興味のなかったミディアでさえ、思わず感嘆の息を洩らした。


 「よく来てくれた、ミディア嬢」


 ふいに声をかけられてミディアは「みゃっ」と思わず声をあげた。

 視線を向けた先、薔薇園の中央には光り輝かんばかりの美しい姫君が立っている。

 いや実際、彼女は光り輝いていた。そのあまりにも美しい金髪が太陽の光を反射してキラキラと輝いていたのだった。


 「お、おう、こ、国の黄金の月に……ご、ご挨拶申し上げますっ!」


 盛大に噛みまくったがカーテシーは何とかうまくできた。

 マナーの授業は大嫌いで何度もさぼろうとしたけれど、そのたびに母から鬼のような顔で叱られた。今この瞬間には、あの時に叱ってくれて良かったと、心からそう思えてくる。


 「なんとも愛らしいことじゃな。面をあげるがいい」

 「は、はいいいいぃいいい」

 「近うまいれ」


 ミディアはふたたびカチコチになった。

 「こちらへ」と促されても、ミディアは容易に足を踏み出せなかった。

 モレアンキント王女の美しさは、ただ視線を向けるだけで胸の奥が震えるほどだった。まるで陽光をその身に宿したように眩く、近づけば己の輪郭が溶けてしまいそうな気さえする。


 アレクシアも、リリアナも、それぞれに言葉を失うほどの麗しさを備えていた。

 アレクシアの美は、凛とした高貴さを湛える春風の如き風雅。

 リリアナは、深い湖に映る月のような静謐と幻想を思わせた。


 モレアンキントの美は、それらとはまったく異なる輝きを放っていた。

 それは威光であり、祝福であり──人の世のものではない何かだった。


 王家には、神ロタティアンの加護があると伝えられている。

 そして今、目の前に立つ第三王女は、その神話の血を確かに体現していた。


 腰まで流れる黄金の髪は、春の陽を受けてやわらかに揺れ、豊穣の麦穂を思わせる。

 アレクシアの髪が織物のような品格を感じさせるなら、モレアンキントのそれは──蜂蜜を溶かした金の奔流。光と温もりが混ざり合ったような、神秘の色彩だった。


 肌はこの王国では珍しい深い褐色で、太陽を抱いた大地のごとくあたたかい。

 その血を引いたとされる南方の美姫は、舞踏会の伝説となったと聞く。

 モレアンキントもまた、母の面影を宿しながら、まったく別の魅力をその身に纏っていた。


 長い睫毛は金砂のように光を散らし、その瞳は、どこか哀しみを秘めた紫の宝石──アメジストのごとく。


 ただ、美しい。

 あまりに美しくて、手を伸ばすのも憚られる。

 まるで“この世”と“神話”の狭間に立つ存在のようだった。

 ミディアが固まったままでいると、付き添っていた近衛兵がコホンと咳払いをする。


 「ふ、ふえ……しゅ、すみません……」


 いけない。王女様のご命令なのだ。ちゃんと側に行かなければ不敬になってしまうだろう。

 ミディアはなんとかカチコチの足を動かして、王女の傍らに歩いていく。


 「遠慮せずに、座るがいい」

 「ひゃい、あ、ありがとうございます」


 促されて茶会の席に腰をおろす。

 近づいただけでモレアンキントからはすごくいい匂いがして、頭がくらくらしてしまう。

 心臓はバクバク音をたて、口から飛び出してしまいそうだ。


 「ミディア嬢、ようやくそなたに会うことが出来た」

 「わ、わたしに?」

 「ええ、その通りじゃ。わらわはずっとそなたに会いたかったのじゃ」

 「ひええええ」

 「ふむ、緊張しておるようじゃの。まずは茶を楽しむか。デザートも沢山用意したのじゃ。わらわの国の甘味も用意した故、楽しむがいい」

 「はひ、おそれいります」


 お茶会と言ったものの、参加者はミディアとモレアンキントだけだった。

 王宮メイドたちによってティーカップに茶が注がれ、色とりどりのデザートが運ばれてくる。


 「これはバクラヴァと言って、パイを何層も重ね数種類のナッツのペーストを挟んで焼き上げ、シロップ漬けにしたものじゃ」


 差し出された菓子は一度だけ見たことがあるものだった。はじめて未来視をした時のこと。

 謝霊祭の折、孤児院で焼き菓子を配ることになり、その時に第三王女ご用達の店から届けられたと言われていたものと同じだった。あの時は毒が混入されていたために食べることが出来なかったが、まさかこんな形で食べる機会が訪れるなどどうして想像できただろう。

 恐る恐る食べてみるとサクサクとした歯ごたえとナッツの風味が口の中で広がった。シロップ漬けになっているために予想以上に甘みが強い。

 濃いめにいれられた紅茶との相性は抜群だ。

 紅茶もまた、ミディアが知るものとは味が異なり、さまざまなスパイスが混ざっている。

 まるで異国に訪れたかのようで面白い。


 「お、美味しい……。食べるのは、これが初めてです」

 「それは僥倖。わらわが腕によりをかけた甲斐があったのう」

 「ふびゅ!!!!」


 思わず、お茶を吹きそうになった。


 「ふええええあああああ、ああのその、こ、これは、その」

 「わらわが作ったのじゃ。これは母君秘伝のレシピでな。料理人の手は借りたが、やはりこの味は知っているものでしか出せんからな」

 「ひええええええ」

 「口にあったのならば、持って帰るがいい」

 「あああああ、あありがたきしあわせ」


 途端に恐れ多くなって、小さく小さくちょっとずつ菓子をかじっているとモレアンキントにクスリと笑われる。

 その笑う息すら春風のように心地よくて甘いのだ。


 「おや、唇についておるぞ?」

 「ひええええええッ!!!!!!!!」


 モレアンキントの指先でちょいっと唇をつつかれて、ミディアはもうほとんど気絶寸前だ。

 生きて帰れない気がしてくる。

 ミディアが小さな声で鳴いていると、そばにいた護衛騎士が咳払いをする。


 「なんじゃ。少しくらい戯れもよいではないか。これはわらわの愛しい小鳥なのじゃ」


 ディアドラに子猫ちゃん扱いされているが、今度は小鳥扱いだった。どのみち小さくて頼りなく、捕食される側だろう。


 「だがそうじゃな。小鳥に怯えられるのもわらわの望むところではない。ふふふ、そう緊張するでない。そなたはわらわの恩人なのじゃ」

 「わわわわ、わたくし、が?」

 「そうじゃ。そなた、謝霊祭の折には、毒入り焼き菓子が配られるのを未然に防いでくれたであろう」

 「そ、それは、その、わ、わたしが主導した訳ではなく、アレクシア嬢とリリアナ嬢に協力を求められ、……」

 「それだけではないのじゃ。そなたは、わらわだけでなく、我が祖国の恩人でもある。わらわの祖国、とはいえ母上から話を聞くだけでわらわは行ったことはないのだがな。シルクザイア王国は砂の国とも呼ばれている。大地は乾き、とくに乾季ともなれば農作物はほとんどが枯れ果て、多くの民が死んでいく。だが、そなたの考案した散水魔法により今年は随分と被害を抑えることが出来たのじゃ」

 「そ、それは、そ、その、……う、嬉しい、です」


 ミディアはようやく笑みを見せた。

 鷹巣砦では結界魔法が役立った。だが、あれは戦いの中での魔法なのだ。出来れば戦いそのものがないに越したことはない。散水魔法で民が飢えずにすむならば、それによって火種が減ることもあるだろう。


 「笑顔も愛らしいことじゃな、わらわの小鳥」

 「あ、ありがとう、ございます」

 「礼をいうのはわらわの方じゃ。我が民を助けてくれたこと、心より感謝する」

 「は、はい、おおおおお、王女様からの、お言葉、あ、ありがたく、頂戴いたします」

 「さて、その礼としての茶会であったが、そなたにはこれでは足らぬであろう」

 「ひえええええ、滅相もないです!!!!」


 ミディアは慌てて否定する。なんで足りないなどと思われているのか分からない。

 だが王女はパンパンと手をたたいて人を呼ぶ。ややあって奥から現れたのは壮年の文官らしき男だった。


 「アジャータルと申します」


 男はミディアに会釈する。その所作には、異国人らしい静かな威厳があった。

 年はミディアの父よりも少し若いだろうか──おそらく三十代の初め。

 モレアンキントと同じく褐色の肌を持ち、澄んだ黒曜石のような眼差しは、知識の深みに根ざした落ち着きを湛えていた。

 口元には手入れの行き届いた口ひげと顎髭を蓄え、額には幾何学模様の刺青が一筋、厳かに刻まれている。

 その紋は、彼が所属する一族、あるいは神官としての役目を示すものかもしれなかった。

 長い黒髪は肩の辺りで複雑に編み上げられ、ところどころに金糸が編み込まれている。

 首元には複数の首飾りが重ねられており、それぞれに異なる色の石があしらわれていた。

 翡翠、琥珀、黒曜石、トルコ石──それらは単なる装飾というより、旅人であり学者である彼が、各地で受け継ぎ、集めてきた知恵と加護の印のようでもあった。


 「この男はエーテル学の専門家だ。かれこれ10年以上各地を回ってエーテルについて調べておる」

 「え、エーテルの!?」


 ミディアは思わず立ち上がる。


 「そうじゃ。アジャータルの知識はそなたの力になるじゃろう。こたびの茶会は、そなたとアジャータルを引き合わせるのも目的じゃった。まぁ一番はわらわがそなたに会うことじゃがな」

 「あ、あう、ありがとう、ございま、す」


 ありがたい。魔瘴を調べているミディアにとってエーテル学の専門家に伝手が出来るのはまさに願ってもない展開だった。

 ラシャド王国は魔塔があるくらいなので、魔術の研究は最先端だ。だがエーテル学に関してはあまり重要視されていない。専門家はほとんどいない状況で、資料もきわめて少なかった。

 ミディアが王国図書館に通っている理由の一つはエーテル学の本を探すことでもあったのだ。

 だが問題は、なぜモレアンキントがミディアにとってアジャータルが必要だと思ったかだ。

 ミディアがおろおろと視線を彷徨わせていると、モレアンキントは静かに立ち上がり──ふわりと、迷いのない腕で彼女を抱きしめた。

 近衛兵が慌てて動く気配がしたが、すぐそばにいる護衛騎士がそれをさっと手で制した。


 「よく聞くが良い、ミディアよ。わらわはそなたを信じている。そしてわらわの出来る限り、そなたの行く道を照らしてやろう」

 「も、モレアンキント、さま?」

 「だから、どうか、……助けてほしい、どうか……この国を、民を、……」


 ミディアは大きく目を見開いた。

 その声を、知っている。

 あの時、心に焼き付いた──未来の中で、途切れ聞こえた言葉の破片。

 

 「ま、……さか、……」


 モレアンキントはにっこりと笑うと、抱きしめていた腕を優しく解いた。

 耳元でささやかれたその言葉を、ミディア以外に聞いたものはいないだろう。


 「あなた、は……」


 言いかけてぐっと飲み込んだ。ミディアは一歩下がるとカーテシーの形をとる。


 「我らが黄金の月、モレアンキント様。本日お招き下さったことに心よりお礼申し上げます。ミディア・ロストバランは家名に恥じぬよう、精一杯精進いたします」

 「期待しておるぞ、ロストバランの小さき鳥よ」


 モレアンキントもまた王女らしく、鷹揚に優雅に微笑んだ。





 一週間後。

 魔塔にはモレアンキントとシルクザイア王国より、ミディアの魔法陣により多くの者が救われたという感謝状が届けられた。

 それによりミディアは三ツ紋の魔術師へ昇格した。

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