③
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ゴッドウィン家が治めるのは、ラシャド王国において最北の地、ノズガリアと呼ばれる地だ。
北部には「夜の森」と呼ばれる広大な針葉樹林が広がっている。「夜の森」の由来は、昼間でも光があまり届かないため、森全体が夜のように暗いことから来ているという。
実際、この地方に生える樹木は首都の城壁にある物見の塔よりも遥かに高い。
樹冠は複雑にからみあい、この地全体を覆う巨大な傘のようになっている。それでも木の葉の僅かな隙間から漏れ落ちる光は、深い森の中でも幾重にも重なりあい、満月の晩に揺れるベールのような神秘的な様相を醸しだす。
ある者は、こう語るかもしれない。
「まるで、深い海の底から遠い水面を見上げているようだ」と──。
そんな広大な森の先にはエルフたちが治める悠久の都ルシアフェルドが存在する。だが、長命である故に排他的なエルフたちとの国交はあまりなく商人が定期的に行き来するくらいだ。
ラシャド王国とエルフの国ルシアフェルドの間には、古くから「コボルトたちの森」が広がっている。
明確な国こそ持たないが、いくつもの部族が棲みつき、独自の領域を形成しているのだ。
その中でもっとも大きな集団はグエムス族といい、彼らは人間やエルフに対してとても好戦的なことで知られている。
ゴッドウィン家が王都から離れた北端の地に要塞を構えるのは、このグエムス族への備えであり、ノズガリアは常に彼らの攻撃に晒されている。
近年、グエムス族の族長が代替わりして以来は、さらに攻撃の頻度が増しているそうだ。
そのため、ノズガリアの要である領主邸とその一帯は高い城壁に囲まれ、なんとも物々しい空気である。
……と、いう情報を事前に聞いていたミディアは、ノズガリア城塞都市に一歩踏み込んだ途端に唖然とした。
「コ、コ、コ、コボルトめっちゃいるぅううううううう!?!???!??」
そびえたつ城壁から醸し出される重々しい雰囲気から一転。
城壁内部に広がるのは、なんとも活気に溢れた城下町だった。
城下町といっても、実態は“機能性に全振りした城の外周”だ。
高低差の多い石造りの街に、民家や商店がびっしりと詰め込まれている。
通りのあちこちに商人たちの屋台が並び、道行く者に声をかけているが、城塞都市の規律は厳しい。
軍馬の通行を妨げる設営は禁じられており、特に城門から続く大通りではその規制が顕著だ。
……とはいえ、商人たちはそんなルールを“可能な限りの距離”で攻めてくる。
軍馬が来れば慌てて屋台を引っ込め、通り過ぎるとまた商品を広げる。そんな攻防が日常なのだ。
そんなごった返した通りには、あちこちにコボルト達の姿がある。
本日のミディアはディアドラと一緒の馬に乗っていた。
ちなみにアレクシアは一足先にノズガリアへ出向いており、ミディア達はそれを追いかける形で出発した。
アレクシア率いる騎士団の多くは、先発隊とともに出掛けたため、ミディア達はディアドラと数名の護衛をふくむ小隊となった。
途中までは一人で騎乗していたのだが、あまりにも移動距離が長かったせいで、移動途中でうっかり寝落ちしてしまい、そのまま馬からも落ちたのだ。
ミディアとしては獣人であるディアドラのふさふさ尻尾を眺めるために鞍の後ろに乗りたかったが。……だが、気づけばディアドラの腕の中でしっかりホールドされていた。
ミディアがもぞもぞ動こうとすると、ディアドラはクスリと笑って「落ちたら困るでしょ」と耳元で囁かれたものだからたまらない。
故にミディアは借りて来た猫のように大人しくディアドラの胸の中、……いや、腕の中におさまっている。
「あ、あの、コ、コボルトって、その、敵対して、いる、のでは?」
ミディアが驚いて声をあげると、ディアドラは笑いながら答えてくれた。
「ああ、彼はエンキ族よ。あっちにいるのはミミンタ族ね。コボルトと言っても明確に敵対しているのはグエムス族くらいなのよ」
「そ、そうなん、ですか?」
「ええ、そうよ。エンキ族はエルフの王国との間を行き来して行商を生業としているの。ミミンタ族は大森林内で採れる様々な薬草を売ってくれるわ」
「そ、それって、その、エンキ族やミミンタ族は、グエムス族に睨まれたりしないんですか?」
「コボルト同士は基本的には争いはしないという掟がある」
質問に答えたのはジュードだった。
そう、天才魔術師のジュードだ。
こたびの遠征に、何故かジュードは同行を申し出てきたのだ。
戦闘に参加する際に、魔術師としての手腕を振るうならば、もちろん魔塔の許可がいる。つまり、ジュードを雇えばそれなりの資金がかかるのだが、ジュードはそれを最低限の価格まで引き下げた。
金よりも有意義な戦闘体験の方が大切だ。それがジュードの言い分らしい。
ミディアとしては、なんだか腑に落ちなかったが、優秀な魔術師は一人でも多い方が良いだろうし、それがジュードならば実力は折り紙つきだった。
……でもやはりちょっと腑に落ちない。
「コボルト達の間でも縄張り争いは発生する。だが、小規模なものばかりだ。彼らはお互いの生き方には干渉しない。もしどこかの一族が他の一族を武力で制圧しようとした場合、すべてのコボルトが団結して制裁を与える事になる」
「そう、だったんですね」
意外だった。
噂で聞いた限りでは、人とコボルトは敵対しているか、まったく交流がないか、そんな想像をしていたのだ。
だが実際に来てみれば、コボルトの商人たちはあちこちに露店を作り、行きかう人に朗らかに声をかけている。
意外といえば、コボルトの外見も意外だった。
王都で出回っている図鑑では、コボルトは恐ろしげな半獣人──
要するに、ケモ成分多めの恐怖の対象として描かれていた。
だが、実際に見た彼らはというと……ずんぐりむっくりで、ふさふさ。
獣耳に、もふもふの尻尾。顔つきは犬に近いが、体型は犬よりも丸く、どちらかと言えば“立って歩くウサギ”に近いかもしれない。
身長は低く、ミディアと同じくらいだろう。つまり150センチを超えるものはほとんどいない。
それがあちこちで、のそのそ歩き回っている。
正直、かなり可愛かった。
むしろ、敵対部族なんているのだろうかと、そちらが不思議に思えてくる。
「な、なんというか、そ、その、噂とは大分イメージが、……」
「ふふふふ、そうかも知れないわね。面白いでしょう?」
ディアドラの言葉に、ミディアはこくこくと頷いてみせる。
「は、はい。何事も自分の目で見ないと分からないものですね」
ミディアは少々反省した。ここに来るまではコボルト族のことを狂暴な蛮族だと思っていたのだ。
だが城下町にいるコボルトたちは友好的で、片言ながら言葉も喋るし、とにかくとても可愛いのだ。
「でもね、コボルト族は見た目よりもずっと俊敏だし、あの身体のほとんどが頑強な筋肉で出来ているのよ。だから、敵対部族と出会った時には油断しないで」
ふさふさの耳、ころころとした身体、丸い瞳。
そのどれもが、想像していた「蛮族」という言葉とはあまりにもかけ離れている。
……だが、やはり油断は禁物らしい。
「わ、わかりました」
「ちなみに、グエムス族は交戦的な部族だからほとんどが断尾しているわ。尻尾の短いコボルトがいたら要注意よ」
「だ、断尾……そ、そんな、もったいない」
あんなふさふさの尻尾を切ってしまうなんて。考えるだけで何だか悲しくなっている。
それにしてもコボルト族とは、見た目がふわふわむちむちなのに無茶苦茶マッチョであるらしい。
と言う事は、触ってみるとかなり硬かったり、体重もずっしりと重かったりするのだろうか。
「オジョウサン、ヤキタテ、オイシイヨ!」
そんなことを話していると、屋台のコボルトが身を乗り出して声をかけてくる。
視線を向けて、ミディアは悲鳴をあげかけた。
それは、丸々と太ったカエルの──いや、カエルの“化け物”のような串焼きだった。
焦げ目のついた脚は太く、腹は破裂寸前のようにパンパン。目玉の跡らしきくぼみがじっとこちらを睨んでいる。
「ひうう!! い、いえ、えええええ、えんりょいたします!」
馬に乗っていて良かった。
徒歩だったら、あれが目と鼻の先に出されていただろう。
びっくりした。コボルト達にとっては好物だったりするのだろうか。
「あら、ドドマタカエルの丸焼きだったら、アレクシス様の大好物よ」
「ふぁ!?」
思わず疑問が口から零れていたミディアに、ディアドラがとんでもない答えを返してくる。
「あ、あ、あ、あ、あれくしす様の!?!???!??」
アレクシス・ゴッドウィンといえば、アレクシア嬢のお兄様だ。
その外観はアレクシアとよく似ており、剣よりも薔薇を持っていた方が似合いそうなほどに麗しい。
すらりと伸びた体躯、どんなお手入れをすればあんなさらさらヘアになるのか分からないようなブロンドヘア。
舞踏会では、アレクシスが出ると聞けば令嬢たちが必死になって自身を飾り立て、せめて一曲でも踊ろうと、それが駄目なら一目だけでもそのご尊顔を拝見したいと列を成す。
そんな麗しの貴公子こそがアレクシス・ゴッドウィンなのだ。
だがまさか、そのアレクシスがカエルの丸焼きを食べるなんて。
そんな事を知ったら、王都の令嬢たちは卒倒するんじゃなかろうか。
「アレクシス様は、その、……げ、げてもの、を好む、ご趣味が?」
「そういう訳ではないと思うのだけれども。珍しいものは取り合えず食べてみようとはするようね。モンスターを倒すと、だいたいはそれが食べられるかどうか確かめているみたいよ?」
「なんともワイルド!」
「だいたい、ご令嬢たちは彼の見た目に騙されているけれど、アレクシス様はかなり大雑把な方よ? 湯あみの最中に敵襲があれば、平気で裸で飛び出していくし……」
「びっくり破廉恥!」
「夜会に出るのが面倒過ぎて、仲の良いコボルトに代役を押し付けようとしたこともあったわね」
「無茶ぶり青天井!」
驚きすぎて、ミディアの突っ込みが止まらない。
だが、大声を上げているうちにいつの間にやら城の入口まで辿り着いていたようだった。
「ようこそ、ノズガリアの要塞へよくぞ参られた」
白馬に乗った王子様が、……もとい、白馬に乗った金髪の超絶美貌の騎士様がミディア達を出迎える。
あ、やばい。
間近で見るのははじめてだったが、アレクシス・ゴッドウィンその人だ。
とすると。
もしかして、もしかすると、今の大声は聞こえてしまっていたのではなかろうか。
冷や汗をたらしながら、ちらりとディアドラの顔を盗み見る。
そんなミディアの有様に、アレクシスはただでさえ美しいご尊顔を輝かせ、満面の笑みを浮かべてきた。
「はじめまして、ミディア嬢。我が妹から噂はかねがね聞き及んでいる。私こそが、ワイルドに破廉恥、無茶ぶり青天井のアレクシス・ゴッドウィンだ」
ミディアは固まった。
思考が追いつかない。
なぜ、完璧超人が、自ら「破廉恥」と名乗っているのか──。
そして、思考が着地した瞬間に、
「みぎゃぁああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」
最大音量で絶叫した。




