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境界防戦 ファルクレイドル

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 「まじゅつしだー!」

 「まじゅつしがきたぞー!」

 「にげろー! カエルにされちゃうぞー!」


 孤児院の子供たちはミディアを見るなり蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。

 ミディアもすぐに低く身構えると「まて~、カエルにかえちゃうぞ~」と声をあげながら追いかける。

 きゃあきゃあと悲鳴をあげながら逃げ回る子供たちとそれを追いかけるローブ姿の少女。

 それは孤児院では、最近よく見かける光景だった。

 しばしの追いかけっこが終わった後は、今度は子供たちが駆け寄ってきて、次々とミディアにしがみつく。

 最初のころはしがみつかれただけでも思わず転んでいたミディアだが、最近は少しだけ逞しくなってきた、……と、本人は思っている。

 実際、外に出かけることが増えたミディアは、以前のもやしっこと比べれば大分健康的になってきた。


 マティス卿の事件から数か月──。

 人々の間での噂話は大分静かになってきたものの、貴族たちの間では根深い問題としていまだ影を落としている。

 なにせマティス卿はハト派貴族たちの一大勢力を率いる存在であったのだ。

 それが崩れた。

 しかもその理由が邪教に関わることだったなど、なかなかに洒落にならない事態である。

 親交のあった貴族たちは邪教との関わりを疑われたし、卿に推挙された騎士や役人にも取り調べが及ぶこともあったようだ。

 余計な藪をつついたとして、彼女を疎ましく思う者もいたに違いない。

 さすがにロストバラン家の娘であるミディアに対して、面と向かって文句をいう者はいなかったが、勢力図の塗り替えにより疎遠になってしまった者もいる。

 もっともミディアは人付き合いが得意な方ではなかったから、多少変化があったとしても、ほとんど気が付かなかったのだが。


 ミディアは以前よりも忙しくなった。

 半年前のミディアは自室か、研究室に籠ってただただ魔法陣と向き合っていた。

 だが最近のミディアは現地調査に赴くようになった。

 理由はもちろん、三ツ紋を獲得すべく新しい魔術の探求……もあったのだが、ミディア自身の心境が変化したこともある。

 自分は魔術師としての才能がない。

 そう思うことをやめたのだ。

 自分は魔術師として見過ごせないほどの短所がある。けれど──自分にしかできない何かも、確かにあるはずだ。

 そんな風に思い直すことにした。


 最近では広大な畑に水を散布する魔法陣を編み出した。

 初期案では、ミディアのようにありあまる魔力がなければ発動できない代物だったが、そこにあの天才魔術師のジュードが協力を申し出てきたのだ。


 「複数人で魔力を注ぎ込む方式に変えればいいだろう。この間もそうだったが、なぜ君は個人型の術式に拘るんだ?」


 一度、研究室に現れて以来、ジュードは時折顔を見せるようになっていた。

 濃紺の髪に、刃のように鋭い切れ長の瞳。感情を押し殺したような静かな声と、端正な顔立ち。

 冷淡で毒舌──と世間では評されながらも、ご令嬢たちの話題に事欠かないのは、隠しきれない気品と知性ゆえか。


 ミディアも、最初のころこそ顔を合わせるたびにすくみあがるほど緊張していたが、慣れてくれば意外にも接しやすい相手だった。

 毒舌と呼ばれる所以は、ミディアと同じく、人との会話に馴れていないせいかもしれない。

 ──もっともジュードの場合、「人付き合いが苦手」ではなく、「煩わしいだけ」らしいが。


 「そ、それは、その……魔法陣を、生み出しても、試すのが難しいと言いますか……」


 ミディアには魔術師の友人が少ないのだ。

 ミディアの特性が珍し過ぎて、魔法の話をしようにもほとんど会話が噛み合わない。

 それに加え、ミディアの術式は大量の魔力を必要とする。並みの魔術師がうっかりチャレンジしようものなら、魔力を根こそぎ吸い取られて、命の危険すらあるだろう。そんなミディアの新しい魔法陣となれば、協力者を募るのも難しい。

 ミディアがあたふたとしていれば、ジュードは呆れたような少しばかり傷ついたような顔をする。


 「君の目の前にいる男は、最年少で三ツ紋を獲得した魔術師としてそれなりの実力があると自負しているのだが」

 「そそそそそ、そうですね! 最年少で三ツ紋魔術師!!!! すごい!!!!」

 「待て、俺が単に自慢したかっただけみたいな扱いにするな」

 「いえいえいえいえ、めっちゃ自慢できますよ! 自慢していいと思いますよ!!!!」

 「そうじゃない。そうじゃなくてだな。俺はつまり、……君の新しい魔法陣に協力したいと、そう言っているのだが」

 「なんとびっくり」


 それはあまりに予想外で、ミディアは本気で驚いてしまった。かつての自分なら、そんな提案は夢のようだと思っていたからだ。


 「と、言うかだな、以前はともかくも、今は君の魔法陣に興味を持っている魔術師はたくさんいるぞ?」

 「さらにびっくり」

 「君のゴブリン退治の術式は、正当に評価され始めている。マティス卿が魔人化した件も魔術師の多くが知っている。そして、その戦闘において、君が魔人の使う術式を素早く解析したことが勝利の決め手となったこともだ」

 「いやいやいやいや、あ、あれは、あのその、アレクシア嬢をはじめとする皆さんがとっても強かったので!」

 「だが、君がいなければ全滅もありえた。そうだろう?」

 

 問われてミディアは沈黙する。

 全滅は、……免れたかもしれないが、あの場に囚われていた少女たちはまず助からなかった事だろう。


 「とにかく、だ。君のその新しい魔法陣に協力する! まさか俺では実力不足だとは言うまいな」

 「めっそうもないことでございましゅ……」


 そんな訳で、ジュードの協力を得て複数の魔術師が魔力を注ぎ込むことが出来るように魔法陣に改良を加えた。

 結果、一ツ紋の魔術師が四人そろえば十分に発動可能なものとなった。

 実のところ、開発したミディア自身は、その魔法陣がそこまで役に立つとは思っていなかった。

 だが、ジュードはやけに熱心に協議会へと売り込んだ。

 聞けばジュードの故郷はラシャド王国内において雨が少ない地域であるらしく、年によっては一ヶ月間以上雨が降らないため、畑が全滅することもあるらしい。

 水魔法を使っての解決はいくども試みてきたものの、強すぎれば畑そのものを流してしまう。一定の強度と量でもって広い地域に水を散布する魔法陣はとても難易度が高かった。


 「そもそも、魔術師の多くは人や魔物に対しての攻撃魔法を扱うものがほとんどだ。農作物に関しての術など、ほとんど関心が向いていない。というか、……君くらいの魔力量がなくては、術の開発自体が困難だ」

 「そ、そうだったんですね」

 「だが、今回新しい魔法陣が完成した。次はこの魔法陣がいかに革新的か、……それに、魔術師としての稼ぎに繋がるかを広めないといけないな」

 「そう、ですね。いくら田畑のためになっても、稼げない魔法は流行らないですからね」

 「魔塔で呼びかけて魔術師たちの協力を募るぞ。各地でデモンストレーションを行って、干ばつに弱い地域の領主たちに売り込んでいくんだ。お抱えの魔術師がこぞって術式を欲しがるぞ」

 「な、なるほど!?」

 

 やけに生き生きとしているジュードに、戸惑いつつも背中を押される形で、ミディアも各地で散水魔法を披露することとなった。

 そしてその成果は、ミディアが予想したよりもよほど華々しいものだった。

 新しい魔法陣を生み出した場合、それを使用するためには使用料が発生する。当然のように無断で使う輩も多かったが、その場合、万が一見つかった時には多額の罰金を科せられることになる。

 とくに新しい魔法となると、使用料を払っていない魔術師はすぐに露見することが多かった。

 結果として、ミディアは多額の使用料を手にすることになったのだ。


 ちなみに、ミディアは魔法陣の申請を出す際に、ジュードに連名で出そうと提案した。

 しかしジュードはそれを断った。

 魔法陣の骨子はミディアが考えたものであり、ジュードはあくまでそれを手伝っただけだからという事らしい。

 名を連ねるより、故郷が豊かになるほうがよほど嬉しいと、照れくさそうに呟いていた。


 ──さて、ここで話は冒頭に戻る。

 莫大なお小遣いを手に入れたミディアは使い道に困った結果、教会の孤児院に定期的に寄付をするようになったのだ。

 そして、ミディア自身も足を運び、子供たちの様子を見て、足りないものや修繕が必要な箇所をチェックする。

 結果、子供たちともどんどんと仲良くなっていき、現在に至った訳である。


 実のところ、ミディアが教会に足しげく通っているのはもう一つ訳があった。

 それはずばり、神に仕えるものだけが行使できると言われている、「奇跡」に関してだ。

 マティス卿の一件で、ミディアは癒しの奇跡を間近で見て、その魔法陣を解析することが出来たのだ。

 その構造は一部に見慣れぬ記号こそあれ、基礎理論や配置は、魔塔で管理されている術式とほぼ同一だった。

 つまり、あの「奇跡」は、解析可能な“魔法”だったのだ。

 と、なれば。

 傷を癒す奇跡以外の、毒の治療や悪霊の退散なんかも解析できるのではなかろうか。

 これはなかなか難しいチャレンジかと思われたが、あっさりと協力者が見つかった。

 マティス卿の一件で知り合った、聖女シーヤである。


 「神の奇跡はできるかぎり平等に、多くの者に注がれるべきだと思うのです」


 シーヤは言う。

 奇跡の行使によって教会が資金を賄い、信仰をより強固にしていることも理解していると。

 それらの事実を踏まえた上でも、シーヤは「奇跡」を教会が独占することに疑問を持っているようだった。


 流石に大っぴらに公言することはないものの、ミディアの前でひっそりと奇跡を披露する程度には協力してくれたのである。

 シーヤは聖女として認められてまだ間もない。

 故に使える「奇跡」もまだ少なかったし、ミディアがもっとも興味を惹かれている「魔瘴」を封じる奇跡はまだ身に着けていなかったが、それでも十分すぎるものだった。

 ミディアは複数の奇跡を解析した。

 そしてそれらが、魔法陣によって構成される魔法と同じ原理であることを、再確認することが出来たのだ。

 結果ミディアは、大きな疑問を抱えることになったのだが。

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