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誤字脱字のご指摘ありがとうございます。

面白いと思って頂けましたら評価ボタンを押して下さいますと大変励みになります。

どうぞよろしくお願いいたします。

 マティス・ドリスティオール卿の名を冠した一連の事件は、ラシャド王国を大きく揺るがせた。


 事件発覚当初、王国は情報の統制に尽力した。

 だが、貴族の一人が関与した誘拐騒動は民衆の耳目を集め、瞬く間に燃え上がることとなる。

 枯野に放たれた火のごとく王国中を駆け巡った醜聞に、もはや沈静化は不可能だった。


 やむなく、王国は誘拐の事実を認め、これを「一貴族による逸脱行為」として発表。

 王国の威信は辛くも保たれるに至った。


 しかし、その陰には、明かされることのなかった二つの真実が存在する。


 第一に、マティス卿が“魔人”と化していたという事実。

 第二に、誘拐された少女たちが、邪神への生贄として地下祭壇へと捧げられていたという証拠の数々である。


 少女たちの証言によれば、一定の期間を経た者から順に「奥の部屋」へ連れられていき、以後その姿を見た者はいなかった。

 中には、苦痛に満ちた悲鳴を聞いたと証言する少女もいた。

 地下に築かれていた石造の祭壇には、夥しい数の小さな頭蓋骨が並べられていたという。

 それが意味するものについて、異論を唱える者は一人としていない。


 この事件によって、世界の深部に巣食う“何か”が垣間見えてしまったのか。

 あるいは、異教に染まった貴族の暴走にすぎなかったのか──。

 いまだ事件の根幹には謎が残されたままである。


「……なぜマティス卿が魔人化したのかは未だ不明、か……」


 魔塔から内々に出された調査書をみながら、ミディアははぁっとため息を吐いた。

 マティスの屋敷や魔人に関しての調査は、騎士団、教会、魔塔が協力して行った。

 だが結局、芳しい成果はなかったらしい。

 ──少なくとも、表向きは。


 何か良からぬ事実が発覚していたとしても、それはミディアの耳には届いていない。

 ミディアが得た収穫といえば、癒しの奇跡と言われるものが、魔法と同列のものであると確かめられたことだった。


 奇跡とは、魔法とは──その本質は同じく、精霊の力を借りる術に過ぎない。


 恐らくこの事実は、ある程度の実力のある魔術師であれば、辿り着いた者も多いだろう。

 ただ教会との軋轢をさけるためにあえて触れてこなかったのではなかろうか。

 思い起こしてみれば、魔術師の中には「光の治癒」と呼ばれる魔法を使う者がいる。おそらくあれは名前を変えているだけで、癒しの奇跡とほとんど同じものだろう。


 「でも、だとすると気になるのは、魔瘴を閉じるための奇跡だよね」


 教会の権力が絶対的である由縁は、”魔瘴を封じる力を有している”ことにある。

 その秘術もまた魔法使いの使う術と同列のものであったならば──。

 教会はその絶対的な優位性を失うことになるだろう。


 だが教会にいかに権威があろうとも、魔塔の魔術師は貪欲だ。

 教会から睨まれるのは恐ろしいが、「光の治癒」と同じように、名前だけさらっと変えて素知らぬふりで使うものが出て来たって不思議じゃない。

 しかし、魔瘴を封じる術に関しては、噂すらも耳に届いたことがない。


 「よほど複雑な魔法陣なのか、本当に聖女様でしか使えないものなのか」


 分からない。

 いくらミディアが悩んでみても、実際のスペルが分からなければ机上の空論にも満たない。


 「むみゅーーーーーー」


 眉間に皺を寄せて悩むミディアに、そっと誰かの影が忍びよる。


 「子猫ちゃぁ~~~~~~~ん」

 「ふぎゃぁあああ!」


 ぎゅむっと背後から抱きしめられて、ミディアは潰れた声を出した。

 実際ミディアは潰れていた。

 獣人ディアドラの胸と腕の狭間で。


 「でぃ、ディアドラ、さん!??!??」

 「ああああ、良かったわ! 子猫ちゃん。あなたってば無茶し過ぎなんだもの! 魔人相手にあんな行動に出るなんて、心配し過ぎて尾っぽの毛が全部抜けちゃうかと思ったわ!」

 「ぎゃ、ぐ、でぃ、でぃあどら、さ、苦しい、くるしい!」


 ミディアはじたばたと暴れるが、ディアドラの腕は力強い。

 それにしてもどうして。なぜいきなりディアドラがやって来たのだろう。

 ここは魔塔の研究室だ。部外者はなかなか入って来られない筈だが、……と思ったところで、ディアドラの後ろからアレクシアとリリアナ、そしてフレイまで現れる。


 アレクシアは一目見て今日は騎士団としての職務で現れたわけではないと知れるような軽装だった。華美ではないが上質な青色のドレスは彼女の陶器のような肌を引き立てる。髪を緩くお団子に結い上げているのも珍しく、普段のアレクシアよりもはるかに柔和な印象だ。

 リリアナも袖口に東方の刺繍が施されたシンプルなドレスを纏っている。上品で落ち着いた色の薄紫は、彼女の年齢ではあまり用いられない地味とも言える色だ。だが、リリアナの艶やかな黒髪のお陰で、まるで香り立つかのように麗しい一輪の花のようである。

 フレイは麻のシャツを着込んでおり、それは上等なものとは言い難かったが、ほつれも汚れもないことから丁寧に扱われてきたことがよく分かる。上背もあり、筋肉がしっかりと乗った身体には、その素っ気なさがかえって少年と青年のはざまの揺らぎを独特の色香に変えていた。


 ……うん、そうだ。

 そうだった。


 なかなか入って来られないのは一般人で、アレクシアのように地位のある者ならば簡単な面会申し出でもこうして入ってこられるのだ。

 だが、面会の申し出があった時には、ミディアにも先ぶれが届く筈。

 いや、うん、届いていた。

 壁際に置きっぱなしになっていた魔石を用いた通信機が赤く光を放っている。

 ミディアが集中しすぎたせいで、まったく気付かなかったのだ。


 「二ツ紋魔術師へ昇級したと聞いた。めでたいな」


 アレクシアがにっこりと笑顔をみせる。

 ミディアはなんとかディアドラの腕と胸の圧から抜け出すと、ぜえはぁと荒く息をした。

 振り返ってみればディアドラも完全に私用の服装で、胸元が大きく開いているどころか、なんと臍まで見えている。褐色の肌が目に眩しい。

 うっかり視線が釘付けになりかけて、ミディアは慌ててアレクシアに向き直った。


 「あ、アレクシア嬢も、その、昇進されたと、お伺いしました」

 「ああ、マティス卿がいなくなったお陰でな」

 「マティス卿が?」


 ミディアが問い返すと、アレクシアが頷いた。

 なんでもマティスの女性蔑視は騎士団の中では、──とくに女性騎士たちにとってはかなり有名な話だったらしい。


 騎士団の上層部に女が絡むなどあってはならない。

 長年強く主張を続けてきた貴族の筆頭がマティス・ドリスティオールであったそうだ。

 そういえば、アレクシアの初陣を失敗に終わらせようと罠を仕掛けてきたのも、ドリスティオール家を中心としたハト派貴族だったことを思い出す。


 今回のゴシップにより、マティスだけでなく同じ差別的思考を持った一派も黙らせることになったのだ。

 マティスの醜態が少女への虐待であったが故に、ここで尚も女を名目に昇進を妨げるのは流石に外聞が悪かろうという訳だ。


 だとすれば、今回の魔人騒動も、あの破滅の未来を覆すために必要な一手だったのだ。

 アレクシアの地位が高まれば、教会の越権行為を阻止することができるだろう。


 「そ、そうだったんですね、マティス卿が……」

 「ああ、それに加え、シーヤ殿をはじめとする聖女見習いたちの働きによって、騎士団内に死者が出ることも免れた。魔人相手の戦闘においては最上の結果だったと言えるだろう」

 「お陰様で、シーヤはまだ聖女見習いの立場だったのですが、正式に聖女に認定されたんですよ」


 にこにこと屈託なく笑ってフレイが言う。

 その顔は自分のことのように嬉しそうで、それを見たミディアも釣られて思わず微笑んだ。


 「ミアちゃんを含む、あの場で捕らえられていた少女たちは、わたくし、ゼファン家が出資している学校、あるいは港町エストリアにある職業訓練所へ入れるように手配を進めております」


 リリアナが口を開く。

 

 「皆さん、心に深く傷を負われた方も多いので、孤児院で過ごし、いずれどこかの家に貰われていくのも恐ろしいと言っておりましたので。

 でしたら自身で学んで生活するための術を身に着けるお手伝いをと思いましたの。寄宿舎もある場所なので、彼女たちにはゆっくりと傷を癒しながら過ごしていただくつもりですわ」

 「そう、ですね。それがいいと、思います。あ、あの、その、私からも、ち、父上にご相談して、出資を、させて頂きたいと、思います……。ああ、あと、数名ならば、メイドとして雇い入れも可能かと、……」

 「まぁ、それは願ってもない話ですわ。ロストバラン家の後ろ盾があれば怖いものなしですもの」


 リリアナが笑うと、アレクシアも「ならば」と手をあげる。


 「我がゴッドウィン家も名を連ねよう。騎士団の寄宿舎で働けるよう手配しておく。あの場にいた少女、ラオと言ったか。なかなか見ごたえのある娘だった。将来は騎士団に入ってくれるかもしれないしな」

 「まぁ、アレクシア嬢のお眼鏡に叶うなんて、ラオも喜ぶと思いますわ」

 「そんなことより!」


 と、割って入るのはディアドラだ。

 普段のアレクシアに仕えている時には上司の会話に割って入るなどありえない事だが、今は完全にオフモードが許されているらしい。もしかしてアレクシアとディアドラは、ミディアが知っている以上に付き合いが深かったりするのだろうか。


 「昇進祝いの料亭を予約したんでしょう? はやく食べにいきましょう? 子猫ちゃんをお膝にのせてお腹いっぱい食べたいわ!」

 「ひゃ!? な、なぜ、わたしを……!」

 「──駄目だ」


 すっと手を横に翳して却下するのはアレクシアだ。


 「ミディア嬢は私の膝に座って貰う」

 「ひえええええええ!???!?????」

 「酷いですわ。でしたら、わたくしの膝にも座って下さい」


 リリアナにまで艶めいた笑みを向けられ、ミディアはどうしていいか分からない。


 「か、揶揄わないでくださいッ!!!!」


 大声で言うミディアに、一同は「冗談じゃないのに」と思いながらも笑っている。

 昇進祝いのパーティは、大変に賑やかなものになりそうだ。






今回で第二章は終了です。

ここまで読んで下さりありがとうございました。

引き続き第三章をお楽しみください。



【次回予告】

ラシャド王国最北、深き森の戸に築かれた砦――鷹巣砦ファルクレイドル

魔瘴の穴が開き、無限の魔物が地を蝕む今、砦は未曾有の危機に晒されていた。


王国騎士アレクシア・ゴッドウィンの要請を受け、ミディアとジュードは北方へ急行する。

だが、迫りくる魔物の群れの奥には、やがて世界を揺るがす“真実”が潜んでいた。


――浄化と呼ばれた奇跡の裏に、何が隠されているのか?

命を懸けた防衛戦が、今始まる。


次回――『境界防戦ファルクレイドル』

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― 新着の感想 ―
この令嬢方の己の持つ力、家の権力立場をよく理解し、正しく行使している姿がとても心地よいです。
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