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誤字脱字のご指摘ありがとうございます。

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どうぞよろしくお願いいたします。

 「――炎! 直線攻撃15メートル!! 発射まで5秒!!!!」


 ミディアの声に従ってアレクシアが素早く横手に回り込む。

 今や騎士団も、ミディアの声にしたがい一糸乱れぬ動きをみせている。


 『クソが!!!! 小賢しい小娘め!!!!』


 魔人は明らかに苛立っていた。

 マティスは騎士ではない。剣技こそ教養として学んだだろうが、実戦経験は皆無に等しい。

 そんなマティスが騎士団より優位にたてているのは、魔人の常人離れした肉体と、膨大な魔力故だった。


 それこそが、彼の唯一の“強み”だった。

 魔人の持つポテンシャルを、マティスの力量では引き出せていないのだ。


 で、あるから。

 攻撃において最大の強みであった筈の魔法を避けられれば、途端に戦い辛くなる。

 苛立ち、叫び、振り回す拳。

 マティスは、生涯で初めて自分が劣勢に追い込まれる瞬間を味わっていた。


 『ふざけるな!!!! ふざけるなクソ共が!!!!』


 滅多やたらに腕を振り回し、尾で床を薙ぎ払う。

 だが、感情に任せた攻撃は読みやすく、熟練の騎士達には当たらない。

 僅かな隙にクロスボウを打ち込まれ、アレクシアの切っ先が皮膚を突く。騎士に攻撃を仕掛ければ、リリアナとフレイによって牽制され、その合間にもディアドラが素早く背後に回りこむとククリを筋肉の隙間にねじ込ませる。


 だが、それでも魔人は強かった。

 アレクシアの攻撃は何とか通っているものの、致命傷には程遠い。

 ……もっと大きな隙を作りださなければ。

 ミディアは魔人の魔法陣を読み解きながら、自らの術式構築を静かに開始した。


 「光の精霊 → 刃 → 魔力揺らぎ制御 → 増強(出力倍率 ×1.5) → 増強(出力倍率 ×1.5) → 増幅(範囲拡張:直線) →収束(一点集中) → 増強(速度強化)」


 出来るだけ強く、魔人すら脅かすような魔法式を。

 次々と魔法陣を展開していけば、魔人もそれを阻止しようとミディアに攻撃魔法を飛ばしてくる。

 だがそうすれば隙が増えて、アレクシアたちの攻撃を許すことになる。


 『クソがぁあああああああッ!!!!』


 魔人が吠える。

 明らかな苛立ちで魔法を展開する余裕がなくなってきたようだった。

 その代わりの攻撃が苛烈になり、尾にあたりそうになったリリアナをフレイが庇って負傷する。


 「フレイ!!!!」


 壁に吹き飛ばされたフレイの元に、すぐにシーヤが駆け付けると、癒しの奇跡を展開する。

 その様子をちらりと横目で見たミディアは、意識を研ぎ澄まし詠唱に耳を傾ける。


 耳慣れない詠唱。

 ……いや、知っている。精霊名を最後に唱える【帰名式】だ。


 魔術師の魔法は精霊を”使役”するとされており、はじめに精霊の名を出し命令するという形をとる。これを【顕名式】あるいは、【開名詠唱】とも呼ばれている。

 一方、【帰名式】は最後に精霊の名を唱える。それは使役でなく、魔力を”捧げる”という意図が込められているとされており、なるほど教会が扱うスペルとしてふさわしい。

 故に、式の順序は異なるものの、拡張式のスペル自体はほとんど魔術師のものと変わらない。


 増強(出力倍率 ×1.5)、収束(一点集中)、安定化、……次いで、聞き覚えのないスペル。


 おそらくあれが癒しに相当するものだろう。

 そして、詠唱の最後に『光の精霊ロタティアン』、いや彼らにとっては『唯一神ロタティアン』か。

 

 ──おっといけない。

 今は戦闘に集中しよう。

 魔法陣に魔力を流し込んでいく。


 魔塔で学んだことのないマティスでは、魔法陣を読み解いて魔法を把握することなど無理だろう。

 どんな魔法が、どのタイミングで来るのか分からない。

 分からないが魔法陣の数からしてそれが危険だと言うことだけが理解出来る。

 そのプレッシャーで、ただでさえ単調になった攻撃が、余裕を欠いたものになっていく。


 もう少し、もう少し。

 ほらほら、もっと焦れてしまえ。


 これだけ長い詠唱だ。危険な魔法に違いない、──そう、思わせる。

 実際には、ミディアの魔力効率が異様に悪いだけだけれども、今の魔人は忘れ去っているだろう。

 あるいは覚えていたとしても、脅威であることには変わらない。


 “撃つぞ”と見せて、敵の思考を鈍らせる。

 それが、この戦場において、ミディアが魔術師として出来る役割だ。


 『ぐあぁあああああああッ!!!! 詠唱をやめろ、小娘がぁぁああああああッ!!!!』


 ついに痺れを切らした魔人が、ミディアめがけて突撃する。

 全ての防御をかなぐり捨てての攻撃に、アレクシアたちが隙を見逃すはずがない。

 魔人の脇腹に薙刀が刺さり、ディアドラのククリが足の腱を切り裂いた。

 騎士団のクロスボウが針山のように突き刺さり、それでも魔人は走ってくる。

 魔人が一歩進むたびに、地下室の骨組みが悲鳴を上げ、天井から小石と砂塵が雨のように降ってきた。

 その突撃はまさに怒涛。

 跳ね飛ばされれば、ミディアなど一瞬ではじけ飛ぶ。


 だが、──ミディアは逃げなかった。

 まず、大きく息を吸う。

 全身をめぐるミディアの魔力が陽炎のごとくあふれ出る。

 まだだ、もう少し。

 杖の先を額に押し当てさらに魔力を放出する。

 魔人の迫りくる振動で、足元は崩れ落ちそうなほど揺れはじめる。

 だが、それでも、細い足を踏みしめて、杖を魔人へ差し向けた。


 「食らえぇええええええええ!!!! 我が最強魔法!!!! 全ての闇を吹き飛ばせ!!!!」

 『させるか、小娘ぇええええええええ!!!!』


 がむしゃらに襲い掛かる魔人めがけて、復活したフレイがその背中へ渾身の力でモーニングスターを叩き込む。

 

 『ぐげぇあああああああああッ!!』


 モーニングスターには聖女の奇跡による強化効果が乗っていた。

 それは降りおろされた瞬間に爆ぜるような輝きを放ち、衝撃が数倍に高められて伝播する。

 背骨が砕ける鈍い音。

 魔人の巨体がバランスを失い、鋭い鉤爪が縋りつくように宙を薙ぐ。

 高々と飛び上がったアレクシアが、空中で身体を反転させ一瞬だけ天井に足をつく。

 天を蹴って一気に下降。鋭い一撃が放たれる。

 その刃が心の臓を貫いた。


 『が、ハぁあ、……ッ……!!!!』


 魔人を貫いたアレクシアの剣がそのまま巨体を石畳へ縫い付ける。


 『よ、よく、も、貴様ら、……絶対神ゾデルフィアに認められたこの私を、ただのウジ虫共めが、穢して良いはずが、……』


 紫の血を吐きながら、魔人が恨めし気な視線を向けてくる。

 あとちょっと。もう一歩でその攻撃はミディアの届くところだった。

 今も魔人はミディアのすぐ目の前で倒れている。

 折れ曲がった異形の鉤爪は、つま先をかすめるほど近くにある。

 ミディアは魔人の頭へ向けて、スっと杖の先を突き出した。


 「食らえ! ルクスフォススラッシュ!!!!」

 『ひぃいい!!!!』


 パチン。

 それは雷でも閃光でもなかった。ただの静電気。

 魔人の角に触れることすらなく、空中でチリのように光って消えた。


 ……魔法式を中断。消費した魔力は還元されず、空気中にわずかな摩擦を起こして飛散する。

 それが、微かな光の正体だ。


 「──はい。私の力はこんなものです。あの時間じゃ魔法なんて唱えられません。

 魔法が完成したように見せたのは嘘っぱちです」

 『な、なん、だと?』


 信じられないとばかりに魔人が目を剥いた。

 その顔を、アレクシアが静かに見下ろすとフっと口角を歪めて笑みを吐く。


 「残念だったな、マティス卿。力で負け、知略で破れ、貴様はすべてを失った」

 『認めん、認めんぞぉおおおおお!!!! 私は決して、敗北などッ……!!!!』


 マティスは血走った眼をぎょろぎょろとせわしなく動かした。

 その先に、マティスが捕らえていた少女たちを見つければ、異形の唇を震わせる。

 もはや反撃の力はない。

 それでも、マティスは最後の慰みを求めていた。

 魔人に怯え、畏敬と恐怖に飲み込まれた少女たちの眼差しが、せめてものはなむけとなるはずだった。


 ──だがそこにあったのは、……冷ややかな”侮蔑”。


 矮小な存在。

 慰みものであったはずの少女たちすら、もはや彼の呪縛の外にある。


 『この、虫けらどもが、……わたしが、高貴なる私が、愛でてやった恩を忘れたか……!』


 最後の力を振り絞ろうとした魔人の頭へ、フレイがモーニングスターを打ち下ろす。

 鈍く響く音とともに、魔人の頭が沈み込む。

 歪な脳殻が砕かれて、耳障りな声もかき消える。


 今度こそそれで終劇だった。

 しばしの間、床を跳ねていた長い尾も、やがてだらりと投げ出され、魔人は完全に沈黙する。


 ──確かにそれは、彼が主役の喜悲劇(トラジコメディ)だっただろう。

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