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どうぞよろしくお願いいたします。

 ──形勢は完全に不利だった。


 魔人の尾がしなり、宙を薙ぐ。

 その一薙ぎで騎士の半数が小石のごとくはじけ飛んだ。

 甲冑ごと石壁に叩きつけられ、乾いた金属音と肉の鈍い衝突音とが重なりあう。


 長大な尾の一撃は、巨岩を叩きつけるような質量を伴っていた。

 鉄の塊が鞭のごとく風を裂き、唸りを上げて騎士たちを吹き飛ばす。

 盾を構えても、鋼鉄の暴風を前にしては無意味だった。

 騎士たちは次々に体ごと吹き飛ばされていく。


 アレクシアだけが、それを見切ってかわし、間合いに飛び込む。

 だが突き出した剣は、ドラゴンの鱗のように硬い皮膚に弾かれ、かすり傷ひとつ与えられない。


 まともに戦えているのは、アレクシア、フレイ、ディアドラの三人のみ。

 リリアナは身を守るのが精一杯で、攻めに出る隙を見つけられずにいる。


 ……どうしよう。

 ミディアは杖を握りしめたまま震えていた。


 逃げてしまえ。


 心の奥で声がする。

 今ならまだ逃げられる。

 ここで逃げ出して父に報告した方がいっそましではなかろうか。


 だって、今ここにミディアが残っていたとしても、何の役にもたてそうもない。

 魔法で攻撃しようにも、致命的なダメージを叩き込むだけの魔法にはあまりにも時間がかかるだろう。

 それにそんな魔法は、周囲への被害も馬鹿にならない。


 「魔法使いさま!」


 それは悲鳴ではない、……決意に満ちた声だった。

 ミディアは、まるで背筋を叩かれたかのように振り返る。

 ──そこには鉄格子を掴んだ聖女見習いのシーヤが立っていた。


 「魔法使いさま! 壁に鍵束がございます。どうかここを開けて下さい。私の癒しの奇跡で、騎士様たちを回復します!」


 ガツンと頭を殴られたような気分だった。

 牢に囚われ、恐ろしい思いをしてきた少女が、癒しを使うと言っている。

 ……彼女だけでは無力なのに。

 自分だけ逃げるなんて考えずに、まずは助けることを優先する。


 「わ、わかりました!」


 ミディアは壁に走っていくと、鍵束をとってシーヤのいる牢へ近づいた。じゃらじゃらとついた鍵を一つずつ鍵穴にあわせていく。三つ目を試したところで格子が開いた。

 シーヤは軽くお辞儀をすると、足をもつれさせながらも騎士たちのもとへ駆け出していった。

 ミディアは牢の中を見回した。皆、怯えた目をしているが、一人の少女だけがじっと見詰めかえしてくる。まだ、闘志を失っていない目だ。


 「そこの、きみ、な、名前は?」


 問いかけると、少女は「ラオ」と小さく答える。


 「ラオ、お願い。あなたにしか頼めないの。この鍵束を預けるね。これで、他の牢を開けてきて欲しいの。それで、通路の方へ避難して、……でも奥へは行かないで。あっちは……本当に危ない場所なの」


 ラオはミディアの目を見詰め直すと、大きく一つ頷いた。


 「あなた達も通路に移動して。動けない人がいたら助けてあげて」


 ミディアが少女たちに声をかけると、怯えながらも彼女たちは立ち上がり、そろそろと動き出した。


 「あの、私も、癒しの奇跡を使えます。騎士様たちの回復をいたします」


 少女の一人が手をあげる。そうすると、隣の牢からも「私も聖女見習いです」と名乗りを上げる者がいた。

 それを聞いたラオは、聖女のいる牢から順に鉄格子を開けに行く。


 囚われた少女たちはこれでいい。

 次はミディアが何を出来るかを考える番だ。

 アレクシアは相変わらず苦戦しているようだった。何故だろうか。いつもよりも動きが鈍いように見えてしまう。

 フレイやリリアナ、それにディアドラも間合いに入り込めずにいる。


 『ひひゃはははははははは! 踊れッ、歌えッ!!!!!』


 魔人の背後に紫の陽炎のごとく無数の魔法陣が浮きあがる。

 それは、魔塔の魔術師たちもほとんど使わない特異な、そして酷く危険な組み合わせだ。


 ……あれ? っとミディアは思った。


 魔人が魔法陣を展開すると、アレクシア達の動きが鈍くなる。距離をとって警戒する。

 魔術師にとって詠唱の最中ほど隙が大きい時はない。魔術が完成する前に攻め込まれたら終わりなのだ。

 だが、アレクシアたちは攻め込まない。まるで見えない壁があるかのように。


 魔人が魔法を発動させる。

 前方を、直線状に極太の炎が舐め上げる。

 同時にすさまじい熱風が地下牢のすみずみまで駆け抜ける。

 

 ああ、そうか。考えてみれば至極当たり前のことだった。

 ミディアは気付いた。アレクシアも、他の者たちも、魔法範囲よりかなり過剰に避けている。

 

 彼らは──、術式が読めないのだ。


 だがミディアは違う。

 この国で、ミディアほど数多の術式を頭に叩き込んできた者はいないだろう。


 普通に魔法が使えない。

 それ故に幼い頃からひたすらに術式を覚えてきた。

 ほとんど使われないような術式も組み合わせ次第で効果を発揮することがある。

 だからずっとがむしゃらに。何百という術式を頭に叩き込んできた。


 だから、読める。

 ミディアには読める。


 「雷の精霊 → 増強(出力倍率 ×1.5) → 増強(速度強化) → 増幅(範囲拡張:円形) → 恐慌(術式解放後の抑制破壊)……はは、精霊暴走は魔力値で踏み倒し、ずっるいなぁ、……増幅(効果時間延長)に、冗談でしょ? まだ、……増強?」


 無茶苦茶な魔法式に乾いた笑いがこみあげる。

 こんなものは真っ当な魔術師には扱えない。

 いや、──”人間”には不可能だ。


 拡張術式は重ねるたびに精霊の暴走値をあげていく。

 その閾値を踏み越えれば、……暴れ馬に手綱を引きずられる羽目になる。

 放った魔法は暴走し、術者自身に跳ね返って犠牲になることもしばしばだ。

 僅かに超えるならば抑え込めることはあるものの、魔人の使うソレは膨大な魔力の鎖で、精霊を縛り上げて使役する。

 まさに暴虐そのものだ。


 本来ならば破綻している。めちゃくちゃな術式の連鎖。

 精霊を暴走寸前で縛りつけ、ただ力で叩きつけるだけの魔法。


 ……だが、──読めた。


 「……雷魔法、魔人を中心に円形範囲5メートル!!!! 5秒前、……3、2、1……!!!!」


 ミディアが大声を張り上げる。

 アレクシアは即座に反応した。

 発動の寸前まで攻め込んで、カウントがゼロになる寸前で効果範囲ぎりぎりに後退する。

 鼻先をかすめる雷撃。

 金糸の髪が静電気でふわりと持ち上がる。

 パチ、パチっと拡散した雷撃の残滓が頬の上でかすかに爆ぜるも、アレクシアはまつ毛すら震わせない。

 魔法が収縮するその瞬間には、再びふところへ潜り込み、鱗の隙間を撫で斬った。

 鋭く薙ぎ払われた剣の先、魔人を守る堅牢な鱗が剥がれ落ちて飛んでいく。

 返す刀で皮膚を裂けば、紫の血潮が火花のようにきらめきながら弧を描く。


 「前方、放射状に炎の波ッ!!!! 8秒前!!!!」


 続け様に叫ぶと、フレイやディアドラも途端に動きが速くなる。

 フレイは素早く跳ね退き、ディアドラは魔人の足元をすり抜け、その背後へと影のように滑り込んだ。

 彼女の獲物は二刀のククリで、湾曲した刃は彼女自身の爪のごとく苛烈な連撃を叩きだす。

 無防備な背へと、乱打をあびせかければ、魔人が尾を重くしならせて背後を薙ぐ。

 だがディアドラの影はそこにない。

 ひるがえる尾をかいくぐって身を翻し、再び射程に潜り込む。

 一方のフレイは、膝や肘といった関節部を狙い、モーニングスターを渾身の力で振り下ろす。


 その程度の傷などは、魔人にとっては痛痒も感じぬものだろう。

 されど、その微細な傷は確実に積み重なっていく。

 本来ならば、圧倒的なパワーを持つ敵を相手取っての長期戦は悪手だろう。

 体力の削りあいは、より強大な方が持ちこたえる。

 だが、心は?

 食い込む一打、切り裂く一撃は、魔人の精神を着実に疲弊させ、蝕んだ。


 『貴様ァ、この役立たずの小娘がぁあああああああ!!!!』


 耐えきれず魔人が唾液をまき散らして咆哮する。

 血走った目があたりをさまよい、小さな魔術師――ミディアを捉えた。

 逆上した魔人は、雄叫びと共にミディアへと爪を振りかざしながら地を蹴った。

 だが、回復した騎士たちが横手からクロスボウを叩き込む。


 「大丈夫か? ミディア嬢」


 さっと傍らにアレクシアがやってきた。

 ミディアを見つめる眼差しは、騎士団の長としてでなく、親愛の情に満ちている。


 「だ、だ、大丈夫、です」

 「ミディア嬢、貴女にあやつの凶刃は届かせまい。我が剣が、騎士の盾が、必ずや貴女を守り抜く」

 「……はい、わ、私は、アレクシア嬢を、信じます」


 まっすぐに見つめ返せば、アレクシアは空色の目を僅かに細め、唇は微かに笑みを引く。


 「では、続けてくれ。あなたの助言があれば攻めきれる」

 「は、はい」


 絹糸のような金髪を翻し、アレクシアは再び前線へと駆けていく。

 ミディアは大きく息を吸い込むと、魔法陣を読み解くべく、意識を鋭く研ぎ澄ました。

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― 新着の感想 ―
できぬ事をなげくのではなく、できることをやっていく姿勢が大好きです! リディア嬢素晴らしい!
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