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どうぞよろしくお願いいたします。

 「あ、ありました。魔法陣です」


 棺の裏にあった隠し部屋には、魔石を用いた転移の魔法陣が描かれていた。

 各地で人を攫ったあとは、この魔法陣に転移してきたのだろう。


 「こちらに通路が続いておりますわね」


 リリアナの声にふり返ると、隠し扉とは反対側に長く通路が伸びている。


 「攫った娘たちは通路の先に連れていかれたとみて間違いないでしょうね」


 フレイは険しい顔で頷くと、ためらわずに通路に向かって歩き出す。

 まるで恐れという感情が欠けているかのように、フレイの足取りは緩まない。そんな背中を見つめながら、ミディアは自分の足が小刻みに震えていることに気がついた。


 「あ、の、まだ進むんですか? ここから先は間違いなく、そ、その、敵のアジト、ですよね。流石に、3人じゃ、無謀じゃないかと、思うのですが」


 ミディアが口を開くと、リリアナが悲し気に眉を落とす。


 「……ええそうね。無謀だと思うわ。でもあの子、7歳なの」

 「え?」


 ミディアは思わずリリアナの顔を見た。その瞳の奥には、確かな決意が宿っていた。


 「教会で攫われたという子がいたでしょ? 名前はミア。とても綺麗な子で、みんなに愛されてた。あの子はね、まだ7歳なの。背だってこれくらいしかなくて。本当にまだ子供なの」

 「……7歳の子が、攫われた?」

 「そうよ。でも攫われたのは2日前。だからもしかして、まだ、無事かもしれない」

 「……まだ、無事、……」


 頭がくらくらした。

 7歳。

 あの教会で話しかけた子と同じくらいの年齢――その小さな命が、今まさに、暗闇の中にいる。ミディアの喉が乾き、膝から力が抜けそうになった。


 「ミディア嬢、無茶はしないつもりだけれど、確かに安全は保証できないわ。だからここで降りて貰っても良くってよ」

 「で、でも……どうするつもりですか? 乗り込んで、それで――」

 「この手勢で取り戻せるとは思ってないわ。でも怪しい魔法陣を見つけたというだけでは証拠として不十分なの」


 ――リリアナはそう言いながら、僅かに視線を落とし、唇をかみしめた。

 それはそうだ。

 そこに魔法陣があるからといって、ただそれだけの事なのだ。

 誘拐現場に同じ魔法陣があったことを証明するのは難しい。教会にあった魔法陣はほとんど消えかかっていた。魔塔なり騎士団なりが調査に入ってくれたとして、痕跡を探すのはかなり困難になるだろう。


 「……同じく連れ去られたシーヤもまだ13歳だ。彼女は……」


 フレイが途中まで言いかけたが、言葉は途中で途切れてしまう。


 「……シーヤは、フレイ殿の幼馴染なのよ。8年前のファルト森林大火災で、村を焼き出されてしまった。それから、同じ孤児院で育ったの」


 言葉の続きは、リリアナの口から語られた。

 ミディアはゴクリと息を飲む。


 「わ、分かりました。でも、無茶はしないでください。誰も報告できなくなったら、意味がないので……。どこに続いているかを確かめて、証拠を見つけたら、い、一度戻りましょう」

 「分かったわ」


 リリアナは優しく頷いたが、フレイは黙したままだった。


 「そ、その、フレイ殿も、戻ってくだ、さい。私と、リリアナ嬢の報告では、騎士団が、動いてくれない可能性もあります」


 フレイを怒らせるのは怖かったが、言わなければならない事もある。

 一瞬、フレイの眉尻がわずかに動く。


 「……もうしわけない。冷静でいたつもりがそうでもなかったようだ」


 フレイは大きく息を吐き出した。


 「よくシーヤにも言われていた。あなたは自分で思うよりもずっと頭に血が上りやすい、と。

 ミディア嬢の言う通りだ。いや、あなた方の言葉が騎士団を動かせないかどうかは別として。僕一人では限界がある。それを見誤ればより多くの犠牲が出ることもある」


 フレイは力なく笑ってみせる。


 「無理はしない。そしてあなた方の身を守ると誓いましょう」

 「は、はい。ありがとうございます」

 「それじゃあ、行きましょうか」


 リリアナが言い、フレイが先頭を歩き出す。ミディアは杖をぐっと握りしめながら、慎重に後を追いかけた。




 ***




 廊下は長く続いていた。

 途中から、崩れかけた石壁は精巧に積み上げられた堅牢な構造へと変わっていった。

 誰かが計画的に、慎重にこの地下通路を整備した痕跡が残っている。

 恐らく、別の敷地から地下通路を掘って、納骨堂に繋げたのだ。

 これだけの規模の通路を掘れるとなれば、相手はかなり力のある貴族だろう。


 「……この方角にある屋敷と言えば……」

 「ええ、……ドリスティオール家で間違いないでしょうね」


 フレイの言葉に、リリアナが答える。

 ミディアは一瞬、聞き間違いかと思った。


 「ど、ドリスティオール家!?」


 それはあまりにも意外過ぎた名前だった。


 「ドリスティオール家と言うと、あの、その、慈善事業などの寄付も行っていて、王家にも信頼があつく、教会とも繋がりが深いと聞いていますが」


 ドリスティオール家は評判がいい。

 とくに当主のマティス・ドリスティオールは高潔な人物として有名だ。

 ただ、ミディアとしては、何となく苦手な相手だった。

 何度か会ったことはあり、挨拶をかわした事もある。齢50歳ほどのやせ型の男で、常に笑顔を保っている。

 世間からあまり良い評判を得られていなかったミディアに対しても、彼は変わらぬ丁寧な物腰で接してきた。


 でも……、そう。なんとなく苦手なのだ。

 目元は微笑んでいるのに、その視線はまるで獲物の動きを伺う蛇のようだった。

 背筋を這い上がってくるような、冷たい違和感があった――それでも、世間では高潔な人物とされている。

 マティス卿が評判が良いのは確かであったし、今までも悪い噂などほとんど耳にした事がない。


 「そ、その、やはりという事は、リリアナ嬢はドリスティオール家をもとから疑っていたんですか?」

 「ゼファン家の本邸はサドランド領にありますの。そこはドリスティオール家の領地なのでわずかながら面識はあるわ。

 それとマティス卿には、あるご趣味に関して、あまり公にしたくないような“風聞”がありましたのよ。もちろん悪い意味でのね」


 リリアナは肩をすくめながら話しだした。


 「表では慈善事業に励みながらも、裏で奴隷を買っていたの。とくに好まれていたのは10歳にも満たない子供たちだった」

 「うえええ、……」

 「ただ、近ごろはそのご趣味も落ち着いたように見えていて、枯れたのではないかと囁かれておりましたの。けれど、丁度同じ時期から見目のいい子供の行方不明者が増えるようになったのよ」


 「そもそも」と、フレイが切り出した。


 「マティス卿が教会に訪れたり慈善事業に顔を出すのは、自分の好みの相手を物色するためだとも言われている。以前から、職業斡旋と偽って子供たちを引き抜いていき、そのまま消息が分からなくなる事案があったんだ」

 「で、では、その、何故、最近になって手段をかえたんでしょうか?」

 「分からないわ」


 リリアナが首を振った。


 「ただ、マティス卿が必要とする子供の数が増えたことは間違いなくってよ。奴隷市場でひっそりと買い集めたり、職業斡旋と偽って引き抜くだけでは足りなくなったのね」

 「足らない、って、……」


 分かっていたならば何か手をうてなかったのかと思うが、ドリスティオール家は名門だ。

 その当主であるマティス卿はラシャド王国のハト派を牽引する人物でもある。


 表向きには清廉潔白な人物として知られ、様々な業界に顔が効く。簡単につつける藪ではないだろう。

 ミディアだって関わり合いになりたくない。

 確固たる証拠が見つかったとしても、その後もかなり揉めることが目に見えている。

 ただでさえ、世間の評価が高くないミディアが騒動の中心にいれば、父は「やはり」という顔をするかもしれない。

 問題を起こす前に、誰かに預けてしまおう――そう考えるのではないかと、つい怯んでしまう。


 それでも、自分の結婚と引き合いに、幼い子供たちを見捨てるのかと心に聞いてみる。

 答えは、──否だ。

 多分、この選択はどちらを選んだってある程度は後悔することになるだろう。

 でも、きちんと胸をはっていられるのは、ここから逃げ出さない選択肢だ。


 「あそこに扉があるな」


 やがて、廊下の先に大きな扉が見えてきた。

 どっしりとした黒鉄の扉は、まるでこの先にある“何か”を封じているようだった。

 無骨な蝶番と、押し黙るような静けさが、こちらを試しているようにすら思える。


 「ま、魔術での、トラップなどはないようです」

 「先ほどのレイスのトラップだけで十分だと考えたのだろうな」


 あるいは、侵入されたところで対処できる――そうたかをくくっていたのかもしれない。


 誰も口を開かなかった。

 しばし、じっとりと張り付く冷たい空気が重い沈黙を包み込む。


 ミディアは喉の奥がひりつくのを感じた。杖を握る手に、汗がにじむ。

 扉の向こうに、何が待っているのか。

 そこに踏み込むことで、戻れない“何か”が始まってしまう気がした。


 けれど、もう引き返せない。

 ここで目を背ければ、今までの自分の覚悟が嘘になる。


 「行くぞ」


 フレイが静かに言った。

 その手が、扉へと伸びる。

 鉄の表面に指が触れた瞬間、ミディアは、ほんの一瞬だけ目を閉じて深く息を吸い込んだ。




 ***




 鉄の扉が軋んで開いた瞬間、鼻を突くような匂いが押し寄せてきた。

 汗と皮脂、湿った布のにおい。鉄のような、うっすらと饐えた異臭も混ざっている。

 それまで感じていた死者たちの気配とはまるで異なった、──”生きた”人間の体臭。

 それがこんなにも生々しく、圧倒的に感じられるとは思わなかった。


 中は、意外なほど広かった。

 石の床には所々水気が滲み、苔むした壁には魔石を埋め込んだランプが、淡く明滅している。

 その光の下、並ぶ鉄格子の牢。

 そして、牢の中には……


 「こ、これは……」


 ミディアの声が、か細く漏れた。

 そこには、20人近い少女たちがいた。


 かつては地下貯蔵庫だったのかもしれない。

 けれど今、その空間はまるで地獄だった。

 少女たちを家畜のごとく収めるための監獄へと、そう――意図的に、作り変えられた。

 少女たちは皆、無地の白い貫頭衣を着せられ、壁際に身を寄せている。震える者、目を伏せたまま動かぬ者、肩を寄せ合ってじっと時をやりすごそうとしている者。

 誰も、言葉を発しない。怯えきって絶望した無感情なまなこは捨てられ、壊れかけた人形のよう。


 「こんなに……大勢……」


 リリアナの声も、掠れていた。


 そのとき、牢の一つの中で、一人の少女がゆっくりと立ち上がった。

 銀色の髪。痩せこけてはいるが、その立ち居にどこか気品を残している。


 「……フレイ……?」


 その声に、フレイが駆け出した。


 「シーヤ!」


 呼び名は、たった二音。けれどそこに込められた音の熱に、ミディアははっと息を呑んだ。

 これが、彼が探していた幼馴染。

 聖女見習い、シーヤ。


 ミディアはふと、リリアナの方を見た。

 “あの未来”の中で、リリアナとフレイは、どんな関係だったのだろう。

 自分とジュード、アレクシアとアレクシスのように、対立を背負う間柄だったのか、それとも……。


 だがリリアナは、フレイとシーヤを見つめながらも、別の人物を探していた。


 「ミア」


 その声に、牢の奥で固まっていた少女たちがわずかに動いた。

 一人の少女が、弾かれたように立ち上がる。


 「リリアナ様!」


 幼い少女は走ってくると、鉄格子ごしにリリアナの伸ばした手に縋りつく。


 この子が──ミア。

 ミディアは思わず、ぐっと拳を握りしめた。


 覚悟していたつもりだった。それでも目の当たりにすると、息を呑んだ。

 本当に、小さな子だった。

 同じ牢の中には、ミアと同年代ほどの子供が何人もいた。中には俯いたままほとんど反応をしない子供もいる。

 その小さな手足には、無惨な痣が幾つも刻まれていた。

 それを見ただけで、胸が詰まる。何が起きたのかを、想像せずにはいられなかった。


 どうしようか。

 ここに来る前は証拠を見つけたら一度戻ろうと思っていた。けれど本当にそれが正しいのだろうか。

 騎士団が来る前にもっと被害者が出てしまうのではなかろうか。

 最悪の可能性は、……ミディア達の侵入に気付いたマティス卿が証拠隠滅のために少女たちを葬り去ってしまうことだ。

 でも、どうする?

 全員を連れて逃げるなんて無理だろう。

 納骨堂はアンデッドがあちこちに徘徊している。

 たった3人、いや、ミディアは戦力外であるから、実質戦えるのは2人だけ。

 その状態では逃げられない。


 私が、もっと魔法を使いこなせていれば──。

 この子たちを、今すぐにでも転移させて逃がせるのに。

 想像するだけで、涙が込み上げてきた。

 ……悔しい。悔しくて、情けなくて、叫びたくなるほどに、無力だった。


 そのときだった。

 場違いな、乾いた拍手の音が、暗がりの奥から響いてきたのは──。


 「ああ、まったく……これはこれは。まさか、本当にここまで辿り着くとは。いやはや、実に、──愉快ですね!」


 慌てて振り返ると、納骨堂からの入口とは別の、屋敷側に通じるドアの前に一人の男が立っていた。

 豪奢な赤いマントを羽織った痩身の男。


 そう……彼こそがマティス・ドリスティオールその人だ。


 その表情はいつも社交界で見せているのと同じような笑顔の仮面。

 その笑みは歪まず、ひとすじも震えない。まるで、感情というものをどこかに置き忘れてきたかのようだった。


 「ようこそ、ロストバラン家の“役立たず”令嬢に、社交界のドブネズミ、そして──飾り物のナイト殿。君たちの到来を、心から歓迎しよう!」

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