⑤
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「帰りたい。暗くてとにかくめちゃ怖い。地下だから予想以上に寒いし、どっかから呻き声が聞こえてくる」
うじうじとミディアが呟く隣で、リリアナはまるでピクニックにでも来たような表情だ。
え、分からない。全然分からない。
どうして納骨堂でそんな朗らかな雰囲気なのか。
──レコノミカン納骨堂。
それは、王国の歴史よりも古く、名も知られぬ民の時代から、この地に口を開けていたという。
幾多の王朝が興り、滅びても、ただ一つ変わらずに残されてきた場所。
そこに埋葬されているのが誰であったか──いまや知る者はいない。
その入口は、果物の香りと人々の声が飛び交うマーケットの一角──賑わいの中にぽつんと佇む、場違いな静寂の中にあった。
小さな石造りの建物。尖塔も鐘もない、簡素な教会のようなその外観はそれ自体が大きな墓石を思わせた。
苔むした外壁にはひび割れが走り、木製の扉は何度も開閉された名残で軋んでいた。掲げられた一枚の銘板には「レコノミカン納骨堂」と記されている。だが文字は風化し消えかけており、意識して見なければ読み解くことも難しい。
道行く人々のほとんどが銘板の前を素通りし、視線を向けることもない。
ここが、納骨堂の入口だと言うことを知らない者も多いだろう。
あるいは──知っているがゆえに、誰も目を向けようとしないのかもしれない。
素っ気ないほどの入口に反して、地下に広がる面積は迷宮と呼ばれるほどに広かった。
地下墓地にはしばしばアンデットやネズミの怪物などのモンスターが現れる。それらは冒険者ギルドから定期的に討伐依頼が出されており、城下町の外に出ずとも経験を積める初任務として、駆け出し冒険者に重宝されている。
ただ時折、レイスなどの中級モンスターが出現することもあり、パーティが全滅したという話も聞く。
またモンスターだけでなく、そこを根城にする犯罪者たちも危険だった。
場所が場所だけに王国の日陰者たちが潜伏するにはもってこいなのだ。
マーケットの入口も数あるものの中の一つに過ぎず、そのすべてを把握しているものはいないだろう。
まさに王国の暗部と言えるべき場所が、地下に根を張り広がっているのは、あまりにも暗喩的な光景だろう。
そんな死せる者の怨嗟と陰謀が渦巻く地下墓にあっても、リリアナはなぜかご機嫌だった。
「かび臭いとどこからともなく滴り落ちる水の音。絶好のお墓デート日和ですわね!」
……ない。そんな日和は絶対にない。あってたまるか。
多分、墓守りも同意する。
っていうか、お墓デート、イズ、なに?
さて、納骨堂にやってきたのは──ミディアとリリアナ、それから……なぜか神官のフレイ。
神官のフレイといえば、あの人だ。
ミディアやアレクシア、そしてリリアナがギロチンで首チョンパ、略してギロチョンパされた時に、聖女様の隣に立っていた男。
なんでいるの。ほんと、どうして連れてきたし。
破滅の未来に関わる人とは出来るだけ関わりたくなかったのに。
とはいえ、納骨堂を探索する以上、ある程度の戦力は必要だった。
ミディアの魔法は威力こそあるが、発動にかかる時間が絶望的だ。
最低でも20分、……いや、30分?
戦闘には到底間に合わない。
今もなんとか暗所を照らそうと光魔法のルクスフォスをかけているものの、それすら発動出来てない。
ちなみに魔法陣は地面ではなく空中に書くことによっても発動できる。
正確性においては地面に書く方が安定するが、今回のような簡単な魔法ならば空中方式で十分足りるのだが……。
いかんせん魔力変換が遅すぎてぼんやり光ってすらいない。
リリアナは意外にも、ある程度は戦える。
しかも得物が薙刀だ。アンデットが出た時も、するりと薙ぎ払っていた。
初めて見る長柄の武器は彼女の父親の出身地──東方では一般的らしい。
なるほど、あの黒髪も父譲りというわけか。
ゼファン家が交易商として成功したのは、東方との交易ルートを開拓できたことにも依るらしい。
その理由の一端が、彼女の姿からも感じ取れる。
そして問題のフレイである。
フレイは14歳と聞いているが、上背があり年齢よりもやや大人びて見えた。
柔らかな銀灰の髪が首もとでふわりと揺れ、うっすらと残ったそばかすが少年の余韻を残している。
神殿騎士団にも籍を置いている彼は、実戦経験も申し分なし。
神殿騎士とは、王国の騎士団とは異なり教会に属し、聖職者の護衛を任務とする騎士である。
アンデットの対処にはまぎれもなく適任だったし、事件の真相を暴いた時に備えて、貴族にも騎士団にも属さない“中立の立場”の人がいてくれるのはありがたい。
……分かる。
それは分かるけど落ち着かない。
フレイの顔を見ていると、どうしてもギロチョンパが目に浮かぶ。
「いかがですか、ミディア嬢。魔石の気配はございますか?」
「う~ん、多分、こっちの方に、……」
薄暗い通路の壁際には、たくさんの棺が並んでいる。
石や木で作られた棺が並び、その多くはひび割れ、朽ちかけていた。
あるいは、頭蓋骨がびっしりと壁一面に埋め込まれた通路もあったし、何らかの儀式が行われたのか小さな祭壇が作られている場所もあった。
棺や骸骨の前には供物が置かれている場合もある。
枯れはてた花、古い硬貨、手紙の束。酒の入っていたであろう小瓶。
そういったものは大抵は盗賊の手によって持ち去られてしまうのが常だったが、レコノミカン納骨堂にあるものを持ち帰ると、必ず不幸に見舞われる──そんな噂があるらしい。
平気で人を殺めるような連中ですら、ここの供物には触れたがらないというのだから、あながち噂だけではないのだろうか。
多くの捧げものが蜘蛛の巣にまみれそのままに放置されていた。
比較的浅い層は人の出入りもあり、いまだ納骨堂としての役割も果たしていることから、ところどころ松明がともっていた。
松明だけでなく燃え尽きた蝋燭もあちこちに置かれており、場所によってはおびただしい数が集まっている。
まるで蟻塚か、鍾乳石のような奇怪な形の塊だ。
どこまでも続く通路は、進めば進むほどますます暗さが増していく。
光の呪文はいまだに発動できていない。
……暗い。暗すぎる。
息を呑んで道を左に折れた、その瞬間──アンデッドが飛び出してきた。
「ひびゃぁああああ!!!!」
ミディアが悲鳴をあげると同時に、アンデッドの顔面にモーニングスターが食い込んだ。
ドゴシャアっと鈍い音が響き渡り、頭部を破壊されたモンスターがそのまま壁まで飛んでいく。
「お気をつけ下さい、ミディア嬢」
笑顔を向けてきたのは、たった今アンデッドを葬りさったフレイだった。
「あ、ありがとう、ございましゅ」
怖い。神官怖い。まずにして武器がめっちゃ怖い。
神官のフレイ曰く、「神に仕える身である故、殺生は好まない」のだという。
だから剣ではなくモーニングスターを振るうそうだが、どう考えてもめっちゃ殺傷力が高かった。
だって、こん棒の先にトゲトゲの鉄球がついている。
「僕が先行いたしましょう。このまま真っ直ぐでよろしいですか?」
「は、はい、よろしいです。あ、その、次を、み、右に、……」
あ、またアンデッド。……と思った瞬間、吹っ飛んだ。
横からも来たけど、フレイがノールックでクリティカルヒット。
首が飛んでった。あれ、あんな遠くまで行く!?
今度は背後からゾンビ──と思ったら、リリアナ嬢が頭を一突き。瞬殺である。
……強い。
2人とも、なんかもう、めちゃくちゃ強い。
「……そ、そこを真っ直ぐ、あ、待って下さい。気配が濃くなってます。ええと、多分この辺に入口がありそうな……」
どこだろうか。
一見すると扉らしきものはない。
今までの廊下と同じく壁には石棺が並んでいる。
「もしかしてこれは、どこかに隠し扉が?」
意識を集中して魔力の流れを探ってみる。
このあたりから魔石の気配が漏れている。ならばもっと集中して見てみれば、その流れがはっきりと見えるだろう。
「ええと、……んん? なんかこの棺から魔力が漏れてる……気がする?」
なぜ、どうして棺から?
壁の洞に立てかけられている棺の一つに手を伸ばす。蓋をあければ、棺の底が抜かれており、その向こうはどうやら通路になっている。
「あ! ありましたけど、げぇえええ!?」
ふり返ると、周囲から数匹のレイスが湧き出しているのが目に入る。
レイス──それは黒いローブをまとった、半透明の悪霊だ。
物理攻撃が効きにくく、しかも魔法まで使ってくる。
駆け出しの冒険者なら、たった一体でも壊滅に追い込まれることすらあると言う。
……そのレイスが今、五体。
突然に、しかも一斉に現れた。
いや、突然ではなく、棺に罠がしかけられていたのだろう。
おそらくは、正しい手順を踏まずに棺を開いたせいで、防衛のための罠が発動した──!
「あ、わわわわわ、ご、ごめんなさい……!!!!」
「大丈夫だ。落ち着いて一匹ずつ対処しよう」
フレイはモーニングスターを構えなおすと、ミディアとリリアナを守るようにして前に出る。
レイスはふわりと空中を漂いながら、ふいに攻撃を仕掛けてきた。
一匹が真正面から来たかと思えば、二匹目が左から迫りくる。フレイは真正面の一匹にモーニングスターを振り下ろした。だが、その寸前にレイスはさっと飛びのいた。
振り下ろしたモーニングスターが宙を切る。そのタイミングで左からのレイスがフレイめがけて鎌を振る。
寸でのところで、リリアナの薙刀が鎌の切っ先を受けとめるが、すぐにまた次のレイスが襲ってくる。
まずい。これはまずい。
敵は強いうえに数の面でも勝っている。
それに普通のモンスターより賢い分だけ、焦って攻撃をしてこない。
少しずつ削り、じわじわと疲弊させる。
そう──つかず離れず、だが確実に間合いを詰めてくる。
何よりも厄介なのは、攻撃の瞬間にだけ実体化してくるところだった。それ以外のタイミングでは半霊体に近い形をとっており、物理的な攻撃が通りにくい。
一体レイスはどのような原理で動いているのか。
魔塔の研究者たちの間でも時折話題にあがっているが、未だにほとんど解明されていないという。
モンスター学者の中には「自分が死んだらレイスになってみせるから調査してくれ」と遺書を残した学者もいたが、結局どうなったかは分かっていない。恐らく、失敗だったのだろう。
何はともあれ、このままではまずかった。
なんとかしなくては全滅する。
だが、何を?
ミディアが呪文を使おうにも、その発動まではかなりの時間が必要だ。
それまで生き残ることが出来るのか。
だってまだ、ルクスフォスの魔法すら発動出来ていないのだ。
いや、まった。
ふいに思考が冴えていく。暴走しかけた思考回路が一つの可能性に辿り着く。
──ルクスフォス。
それは単純に周囲を照らすだけのものだが、根源は光の精霊の力を乞うものだ。
それ自体に攻撃性能はないけれど、威力を高めたらどうだろう。
それならば。
術式では精霊詠唱の部分がもっとも魔力変換が鈍くなる。
その場所はすでに通過した。
あと少しで発動しかけていた魔法式に、強化を加えるだけならば。
「フ、……フレイさん!! リリアナ嬢! 10分、いえ、ご、5ふん! いや、やっぱ7分!! 時間を稼いでください!!!!」
「任された!!!!」
「分かりましたわ!」
フレイとリリアナは、詳細も問わずに承知した。
嬉しい。心がじわっと熱くなる。2人は信頼してくれている。
へっぽこなミディアの言葉を、信じて戦ってくれるのだ。
「うううう、い、いきます!」
ミディアは杖を握り直す。
杖の先で展開していた魔法陣へ、あらたな歯車を追加する。
「魔法陣追加、……アロー → 増強(出力倍率 ×1.5) → 増幅(範囲拡張:扇状) → 連鎖(術式解放後の抑制弱化)……負荷……暴走域に入ってる。安定化を加えるべきだけど、それだと……間に合わない!」
はやく、はやく!
じりじりと魔力が魔法陣に充填する。もっとはやく……いや、焦っちゃダメ。
正確に、丁寧に。時間はフレイとリリアナが作ってくれている。
「……――光の精霊よ!! 導きをここに! 御身を鋭利に研ぎ澄まし、敵を貫く矢とならん!」
杖の切っ先へ光が灯る。
それは一気に光量を増し、目が潰れそうなほど強い輝きになっていく。
やはり、精霊が術式の暴走に引きずられそうになっている──
ダメ、ダメ、鎮まって……! いま暴れられたら、私まで壊れてしまう!
魔力量は人より多いのだ。
だから、──お願い、なんとかなって!
杖が震え、手のひらが焼けそうに熱くなる。
ブルブルと激しく震える杖をなんとか握りこみ、ミディアはありったけの声を出す。
「解き放て!! ルクスフォスアロー!!!!」
光の矢を放出した反動で、ミディアは軽く吹っ飛んだ。
小さな体が浮き上がり、すぐ後ろの壁にぶちあたる。
「ふぎゃ」
ミディアは小さく悲鳴をあげたが、その声はレイスたちの断末魔によってかき消される。
杖の切っ先から放たれた光は、一本の矢ではなかった。
無数の矢となって扇状に広がり、空間そのものを貫くように飛翔する。
それらの光が、壁に、地面に、そしてレイスたちに当たった瞬間──
閃光が跳ね、次々と小爆発が連鎖する。
まるで光が光を呼ぶように、矢が弾け、弾けた光がまた矢となって周囲を穿っていく。
袋小路のような空間だ。レイスは逃げる隙もないままに一網打尽にされていく。
そして残るは、──沈黙。
砂と石がぱらぱらと落ちる音だけが聞こえてくる。
「お、……終わった、のか?」
フレイの声が聞こえてくるが、目がしばしばしてよく見えない。
リリアナも目を閉じたり開いたり、頭を振ったりしているようだ。
しばらくは3人とも、視界が戻るのを待っている。
「お、おわった、みたい、です」
レイスの姿は見当たらない。
あたりがしん……と静まり返る。
ミディアは大きく息を吐き、ずるずるとその場にしゃがみこんだ。