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どうぞよろしくお願いいたします。

「一ツ紋魔術師への昇格、おめでとうございます!」


 華やかな声とともに、研究室の扉が勢いよく開いた。

 現れたのは黒髪を肩で切りそろえた、楚々とした佇まいの令嬢――リリアナ・ゼファン嬢だった。

 そう、ミディアが見た破滅の未来で、アレクシアとともにギロチンにかけられたもう一人の少女こそがリリアナだ。


 「ご、ご、ご、ご機嫌よう、リリアナ嬢。ほほほ、ほんじつは、どのような、ご用向きでしょう、か」


 ミディアは咄嗟に立ち上がり、ローブの裾を慌てて整えた。だぼだぼの袖から顔を出す手は明らかに震えている。


 リリアナ。王都でも名の知れた“朝露の君”。

 その微笑みはまるで薄幸の人形のように美しいが――なぜか、怖い。


 アレクシアが“剣でねじ伏せるタイプ”なら、リリアナは“糸で絡めとるタイプ”だろう。

 実際、ゼファン家は地方貴族から一気にのし上がった成り上がりだが、その過程でゼファン家に潰された貴族は数知れない。


 商業ギルドと裏の組織、両方に手を回して築き上げた立場。

 嫌味の一つも言いたくなる貴族もいただろうが――その全てを、リリアナは一笑に付した。

 いまや、侯爵家すら同席する茶会に顔を出す存在だ。


 そして今日も、その堂々たる立ち居振る舞いに、ミディアは完全に飲まれていた。


 「あら嫌だわ、ミディア嬢ったら! わたくし達、同じギロチンで首を並べた仲でございましょう? そんな他人行儀になさるなんて、わたくし悲しいですわ!」

 「いやいや、そんなご縁はない方がいいと思うんですよね!」

 「でも、ミディア嬢がそう仰ったんじゃありませんこと? わたくしとあなた様は赤い血潮で結ばれた運命だと」


 ぞわっ、とミディアの背筋に寒気が走る。

 その優雅な微笑みの裏に、どうしても刃物を感じてしまうのは気のせいだろうか。


 「なんかロマンティックな感じに言ってるけど血なまぐさいのが誤魔化せてない!!!!」

 「う、ふふふふふ。ミディア嬢ったら、そんなに照れなくても」


 コロコロと鈴のように笑うが、その笑顔がどことなく獣じみて見えるのは、やっぱりミディアの被害妄想だろうか。


 「照れてない! 照れてないですぅうううう!!!!!」


 やっぱ怖い。

 なんか強い。

 キャラとして圧が強すぎる。

 リリアナは扇で口もとを隠しながらコロコロと鈴のように笑うけれど、立ち上るオーラが半端ない。


 「そ、それにしても、その、随分と情報がはやい、ですね」


 ミディアが一ツ紋の魔術師への昇格を告げられたのはつい数時間前のこと。

 研究室へジュードが訪れてからおおよそ半月ほど経った頃のことだった。

 どうやらジュードは本気で魔塔の評議会に抗議を入れたようだった。その結果、ミディアの試験は普段よりも多めに時間をとって貰えることになり、無事に実技を突破した。

 これでようやく魔術師としてスタート地点に立つことができたというところだった。


 「まぁ、だってわたくしとミディア嬢は運命で結ばれておりますもの。そんなあなた様の事を知りたいと思うのはいけない乙女心でございましょうか?」

 「いや、その、乙女心とかそういうんじゃないと思うんですね」

 「まぁ、それでは恥ずかしながら恋心と申し上げさせて頂きますわ」


 ミディアはぐっと頭を抱える。

 これがもし本当に恋だとしたら、恋ってもっとこう……可憐とか、可愛らしいものじゃなかっただろうか。


 「いやいいです。遠慮します。なんか呪われそうです」

 「そんなわたくしの乙女心があなた様を追い求めてやまないので、あなた様のすべてを逐一報告して頂いておりまして」

 「なにそれ怖い」

 「安心してくださいませ、けっして悪用はいたしませんわ!」


 リリアナの笑顔はまるで冗談みたいに可愛らしいが、言葉の内容はまったく可愛くない。


 「されてる! 今まさにめっちゃ悪用されてる!」

 「そういう訳で、ミディア嬢が一ツ紋魔術師になったとお聞きしまして、いてもたってもいられず奇襲をかけに参りましたの」

 「奇襲って言った!」


 強い。やっぱり強い。

 しかも普段よりずっと圧が強い。

 他のご令嬢がいる時は、一応、表面上は、牙も爪も隠してお嬢様らしくしているが、ミディアの前では仮面がほとんど取れている。


 「そ、それで、その、なんのご用だったんでしょうか?」

 「まぁ、わたくし、ミディア嬢のお祝いに来ただけでしたのに……と、言いたいところではございますが」


 リリアナが、ほんの少しだけ扇を下ろし、目元の微笑をぬぐう。

 それだけで、空気の温度が変わった。


 「実は少々、お願いごとがあって参りましたの」

 「……はい」

 「とある事件の調査をお手伝い頂きたいのです。それで魔塔経由でご依頼をさせて頂きたかったのですが……わたくしとミディア嬢では家の格が違いますでしょう? わたくしがミディア嬢を指名するなど不敬だと思われるのではと不安になりまして。まずはお伺いをたてに参りましたの」

 「な、なるほど。その、えと、依頼内容にもよると思います。私が役にたてる事柄って少ないもので……」

 「──ああ、失礼いたしました。まずはそちらが先でしたわね」


 リリアナがふ、と声を落とす。


 「ミディア嬢にお願いしたいのは──このところ頻発している、行方不明者の捜索なのです」




 ***





 ひとまず場を仕切り直して、ミディアとリリアナは歓談室へ移動した。

 魔塔所属ではない者が、研究室に長時間とどまるのは良しとされていないためだ。


 歓談室は魔塔の一階に存在し、食堂を兼ねた場所だった。

 高い天井からは魔石がはめこまれたシャンデリアが吊り下げられており、木製の重厚な丸テーブルが並んでいる。

 壁際にはソファ席もあり、そこではもっぱら教授や年老いた魔術師たちがパイプの煙をくゆらせていた。

 壁の一角には巨大な掲示板があり、研究者の募集や、遺跡探索の求人、意見交換会の案内など、さまざまな文書がはられている。中には「新魔術の被検体募集」などという、狂気じみたものもあった。


 談話室は活気に溢れている。

 研究成果を語る魔術師もいれば、新しく合成した魔獣を連れてきて見せびらかしている者もいた。

 かと思えば、息抜きにカードゲームやボードゲームに興じている者もおり、過ごし方はそれぞれだ。


 ミディアは椅子に座ると、丸テーブルの中央にある通称『ひそひそ石』に……魔力を流し込んで作動させた。

 途端に石が青く淡く光り、まるで水面のようにゆらりと揺れた。その瞬間、周囲の音が遠のく。

 これは、丸テーブル中心に音を遮断する特殊な結界をはるものだ。途端に周囲の音が遠くなり、厚い壁越しにかすかに聞こえてくる程度の音量に変化する。


 「行方不明者、頻発ということは被害者がかなりいるという事ですよね。そういう話は全然聞いていないんですが」


 改めて事情を尋ねると、リリアナは言葉を選びながら話はじめた。


 「ええ、……そうですね。行方不明者は表沙汰になりにくい者が多いのです。王国付近の村や、孤児院、それに教会からも行方不明者が出ています」

 「それは、騎士団の管轄じゃないんでしょうか?」

 「騎士団はこれを事件性のないものと見ているようです。行方不明者の出た場所にはバラつきがあり、被害者の数も少数。組織だった犯行ではないため、当人が自ら家出したか、あるいはモンスターに攫われたのではないかと」

 「……なるほど」


 モンスターが出てもその被害が少なければ騎士団が動くことはない。

 国民一人一人に付き添って騎士団が動く訳にはいかない以上、それは仕方ないことだった。


 「ええと、その、実際に被害者は少数なんですか?」

 「そうですね。ここ一ヶ月で10人ほど。ただ、それが……半年以上続いています」


 リリアナは憂い顔でまつ毛を伏せる。


 「組織ぐるみの犯行ではなさそう、なんですか?」

 「奴隷商人の動向は把握しておりますわ。少なくとも、ラシャド王国のギルドに組するものの犯行ではありません」

 「なるほど。……ええと、でも、一月で10名ほどの行方不明者って、さほど珍しいことではないと思うんです。むしろ何故、リリアナ嬢がその行方不明者を関連付けて一つの事件と見ているのかが不思議なんですが」


 ミディアが問いかけると、リリアナは微かに唇をほころばせる。

 それは、同情心だけでなく、多角的に事件を捕らえようとするミディアの様を楽しんでいるようでもあった。


 「おっしゃる通り、王国内での行方不明者はもっと多いでしょう。ですが──私が注目しているのは、自ら姿を消す理由がないのに、誰にも見られず忽然と消えた子供たちです。そしてその全員が、”見目の整った子供”ばかりなんです」

 「おっと、……」


 突然、雲行きが怪しくなった。

 組織だった犯行ではなく、忽然と姿を消す。

 その被害者が美形であり子供ばかり。


 「つ、つまり、リリアナ嬢は、こう考えていらっしゃるんでしょうか。……どこかの悪趣味な貴族が、魔術師か傭兵を雇って、私的な理由で美しい子供を攫っているのではないか、と」

 「流石はミディア嬢。すばらしい推理ですわね」


 人が忽然と消えるとなると、それには魔術が関わっている可能性が高いだろう。

 転移魔法か、姿消しの魔法などを使えば似たような状況が作り出せる。


 そして犯人がどこぞの貴族であるとすれば──。

 強引に踏み倒されないようにするために、それ以上の権限を持った者が捜査に加わるのが定石だ。

 ミディアは未だ一ツ紋の魔術師だが、名門ロストバラン家の長女である。

 確かに、この調査において、うってつけの人材であると言えるだろう。


 「う、うう、分かり、ました。調査に、参加させていただきます……」


 やりたくない。

 明らかに面倒ごとの匂いがぷんぷんする。

 だがそれが、人攫いという話なれば。しかもその対象が孤児院にいる子供たちまで及んでおり、「見目の良いもの」を集めていると言うなれば。

 その目的は考えるまでもなく悍ましいものであるだろう。見て見ぬふりは出来なかった。


 ──それに、もしかしたら。

 リリアナが深く関わろうとするならば。

 アレクシアの時と同じように、この事件も破滅の未来への何らかの布石になっている可能性もあるだろう。


 「よ、よろしくお願いします、リリアナ嬢」


 ミディアが引き攣った笑みを見せると、リリアナは花が綻ぶような美しい笑みを返してきた。

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