⑧
誤字脱字のご指摘ありがとうございます。
面白いと思って頂けましたら評価ボタンを押して下さいますと大変励みになります。
どうぞよろしくお願いいたします。
「……未来は、少しは変わったのかな――」
王都に帰る途中でのことだった。
ミディアはアレクシアの隣に馬を寄せ、並んで街道を進んでいる。
王都に向かう主要な街道は道幅も広く、馬車がすれ違う余裕もある。時折、行商人とすれ違うこともあれば、傭兵ギルドの戦士や、見回りの騎士団に出会うこともあった。
王都を囲む外壁が見えてくるころには、道行く人々も増え、もはやモンスターの襲撃を警戒する必要もなかった。
気が緩むと、胸の奥からさまざまな思いが浮かび上がってくる。けれど、その一つひとつを拾いあげる前に、思考は絡まり出してしまう。
そうしてミディアの口からこぼれたのが、──冒頭の言葉であった。
あの日、ミディアが発動してしまった『未来視』の世界。
それを告げたことによって、果たして何かが変わっただろうか。
自分は今も破滅に向かっているのではなかろうか。
そんな不安が湧き上がる。
だがアレクシアはミディアの言葉に笑ってみせた。
「なんだ、ミディア嬢。その答えは明確じゃないか」
「え、そうですか?」
「ああ、そうだとも」
「ええと……でも、もし私が何も言わなかったとしても、アレクシア嬢はちゃんとゴブリン退治を成功させたと思うんです」
ミディアが問うと、アレクシアは「ふむ」と顎をさすった。
「ならば想定してみようか。
ミディア嬢が『未来視』を告げなかった場合。私とミディア嬢の関係はあくまでも友人。戦友ではなかっただろう。
ゴブリンの討伐遠征にミディア嬢を呼んだのは、私の運命に大きく作用するであろう事件に、あらたな選択肢を加えるためだ」
「そ、そうだったんですね」
「あの未来視を聞いていなければ――ミディア嬢の代わりに、他の魔術師を連れていったと思うか?」
問いかけに答えを返せずにいると、アレクシアはそのまま続きを語りだした。
「……恐らく、連れて行かなかっただろうな。
騎士団に寄せられていた情報では、ゴブリンはただ砦に棲みついているだけだと思われていた。
繁殖は、まだ先の話だと――。
もし、繁殖期に入ったゴブリンの討伐と知れていれば、初陣の私には任されなかっただろう」
「……なるほど。わりとヤバかったんですね、今回の任務は」
アレクシアも騎士団も落ち着いていたせいで、あの時は実感がなかった。
だが、思い返してみると――あれは、想像以上に危険な任務だった。
騎士団がトトリノ村に到着した時点で、ゴブリンの数は200を超えていると見積もられていた。
わずか20名の騎士団では、到底対処できる数ではない。
恐らく最初の報告では50匹から100匹ほどと考えられていたのだろう。
報告に誤差があったのは、砦の地下――外からでは把握しきれない場所に巣を構えていたせいだろうか。
「騎士団のみでトトリノ村に辿り着いたとしよう。その時点になって我々は山賊の存在を知ることになる。
その上で――ミディア嬢がいなかったとしたら、ゴブリンを一気に鎮圧することはまず不可能だった」
「そ、そう、ですね」
「そこで取れる手段は、早馬を飛ばし『魔塔』に魔術師の派遣を要請する、あるいは騎士団に兵の追加要請をするあたりだろう」
「あるいは村を捨てて逃げ出すか、……」
「ああ、その選択肢もあるが。怪我人もいる、老人や女子供を連れての移動には時間がかかる」
「そうですよね。村人たちはほとんどが徒歩になるだろうから、かなり厳しいですね」
「ならば増援が来るまで持ちこたえるしかないが、知っての通り、村は防衛策を講じていなかった。柵を作るにもすべて一からの作業になる」
「なるほど、……」
「村人にも手伝って貰うとして、その間の襲撃にも備える必要がある。……つまり、山賊に攫われた村娘たちを救出する余裕はないだろう」
「あ、……」
ミディアは口を押さえた。
あの状況下で村娘たちが救出されなかったら。
……――山賊たちもろともにゴブリンの巣に連れられたことだろう。
その末路の悲惨さは筆舌し難い。
「ミディア嬢が睡眠魔法を完成させたのは村に到着してから4日後だ。
その時点でゴブリンの繁殖は砦の地下の収容数を上回る直前だった。
そして、連れ去られた山賊たちはほとんどが死体同然だった」
「つ、つまり、あと一日魔法の完成が遅れていたら、ゴブリンは村に降りてきたかもしれない」
「その通りだ。
つまりこれは、村娘たちを見殺し、トトリノ村で防衛線をはっていた場合の猶予でもある。
4日では、救援は間に合わない」
間に合わない――。
その意味はすなわち、20人の騎士しかいない村に、200を超えるゴブリンの群れが、殺到するということだ。
「む、村を、守り切る事は、……」
「無理だな。そもそも、急ごしらえの柵ごときでゴブリンの集団は防げまい。
柵を作るのはせめてもの抵抗と、士気を下げぬための建て前のようなもの。
結果として私は、ごく少数の手勢とともに村から逃げのびることになるだろう。
あるいは、騎士団が奮闘しなんとか戦いぬいたとして、村への被害は甚大だったに違いない。
私の初陣は失敗する。
私は手痛い敗北を味わい、それは騎士として出世の道を阻むものとなっただろう」
そこまで聞いて、ミディアはとんでもない可能性に気が付いた。
もしかして。もしかして今回のアレクシアの初陣は、……。
嫌な汗が、背中を一気に流れ落ちた。
「あ、あの……今回の初陣って、もしかして……そうなるように、最初から情報を操作されてた……?」
「ようやく気が付いたか?」
アレクシアはいっそすがすがしいほど綺麗な顔で笑う。
嘘でしょ?
まだ12歳の少女を。
あるいはゴブリンたちに捕まっていたかもしれない。
そんな戦場にあえて送り込むなんて。
「騎士団には女騎士も多いが、役職につくものはほとんど男が占めている。
これは上層部にはいまだに『男こそ真の騎士である』と考えているものが一定数いるためだ。
故に私を蹴落とそうという動きは以前から存在した。特に顕著なのが、毒入り焼き菓子事件の首謀者でもあった――ドワイフ家を筆頭とする、いわゆる“ハト派”の連中だ。
そんな一派がいる以上、初陣に何かを仕掛けてくるであろうことは分かっていた。
ゴブリンの数を実際よりも少なく報告させ、初陣でも討伐可能だと思わせたのだろう」
「で、でも……それなら、『未来視』を伝えなくても、アレクシア嬢は何かしら備えてたんじゃ……?」
「前もって騎士を多く要請したり、魔術師の支援を依頼したりか?
無理だな。情報を貰った時点ではそれほどの規模ではないと言われていた。
過剰に兵を要請すれば、やれ臆病者だのと詰られたことだろうさ」
なんという事だろうか。
アレクシアが立たされている場所の危うさに、ミディアはあらためて戦慄する。
「まぁ理由は他にもある。あの砦は、かつてのレハノ侯爵家が国境防衛にたてたものだ。
だが知っての通り、隣国エジスーラは魔瘴の出現により滅び去った。以来、レハノ侯爵家は防衛拠点を任されるものとしての権威を失くし、騎士団内部でも発言力が低下している。
そこにきて、放棄した砦にゴブリンが棲みつき、それが村を襲ったとなれば……。責任追及こそされぬものの、さらなる失墜は免れまい。
レハノ侯爵家は、我がゴッドウィン家とも旧知である。
両家の権威を弱めるためには最善の策であっただろうさ」
ミディアはガタガタと震えていたが、アレクシアは堂に入ったものだった。
馬上で背筋をぴんと伸ばし、空色の瞳は一点の曇りもなく、まっすぐ前を見据えていた。
その姿はまるで、誰よりも危うい場所にいながら、誰よりも強くあろうとする者のようだった。
「だが――我らは、策略を撃ち破った。
このまま私は、上を目指す。……ミディア嬢」
アレクシアはミディアに向き直ると馬を寄せ、すっと片手を差し伸べる。
恐る恐る手をさしだすと、アレクシアは、その手の甲に、そっと唇を重ねた。
それはまるで、騎士が姫に捧げる忠誠の口づけのようで――けれど、どこか甘い予感を含んでいた。
「貴殿には心より感謝を。そしてこれからも、私とともに歩んで欲しい」
「うへぇ……ああああ!???!???」
ミディアの口から素っ頓狂な音がでる。
アレクシアのそれは。
まるでプロポーズのようだった。
ボボボボっと頬が赤くなる。心臓がバクバク早くなる。
「が、が、がんばらせて頂きましゅ、ぅ~??????」
上擦った声をあげるミディアに、アレクシアはやけにご機嫌だ。
そうして2人は、仲良く馬を並べたまま、王都の門へと向かっていく。
初陣にて、見事ゴブリンの大群を討ち取った将としてアレクシアは称えられることだろう。
これが、一歩。
最初の一歩。
絶望に向かう未来を変えるために――
私たちが選び、踏み出した、一歩だった。
王都へと帰還したミディアのもとを訪れたのは、男爵令嬢・リリアナだった。
彼女がもたらした奇怪な事件の報せによって、束の間の平和は破られる。
攫われるのは、美しき少女たちばかり――。
調査の果てに辿り着いたのは、
王都の地下に広がる、〈レコノミカン納骨堂〉と呼ばれる死者の迷宮。
静寂の奥で待ち受けるのは、
人か、魔か。
それとも――。
次回新章、「悪鬼潜行レコノミカン」――ご期待ください。