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序章

初投稿となります。どうぞよろしくお願いいたします。

初回はプロローグの2話をまとめて投稿、以降は1日1話ずつの更新予定です。

 謝霊祭の只中だった。

 豊穣を祈り精霊たちに捧げられるこの祭りは、秋の始まりに行われる。

 国土の半分以上が深い森に覆われるこの国では、秋こそが最も賑わいを見せるのだ。

 狐や鹿、ウサギの仮装をした子どもたちが家々を巡り、大人たちは木の実で作った菓子を笑顔で手渡す。

 今年は、第三王女のひと声で、城下の孤児たちにもその菓子が贈られることとなった。


 孤児院は城下町のはずれに佇んでいる。

 老朽化した貴族の屋敷が併設する教会に譲渡され、孤児院として使われるようになったのだ。

 窓が割れ、天井に穴が開いたまま。おんぼろの孤児院は幽霊屋敷と見まごう有様だ。


 そんな孤児院の一角で一人の少女が焼き菓子を袋に詰めていた。

 少女の名はミディア・ロストバラン。今年で12歳となる。

 華奢な体格と、10歳にも満たない孤児たちと同じくらいの背丈。

 だが、彼女がただの子供でないことはすぐに分かる。


 身にまとうのは、上質な布で仕立てられたシンプルなドレス。

 袖の刺繍は、高貴な家のしるし。

 そして、何より目を引くのはその髪。火の精霊に祝福されたかのように、燃えるような赤。


 だが、ミディアの手はおずおずと動いていた。

 獣を警戒しながら木の実を集めるリスのように。

 ――その背後に、二つの影が忍び寄っていた。


 「ミディア嬢、少々顔を貸してくれないだろうか」

 「……ひ、ひえッ!!!!!」


 不意にかけられた声に、ミディアは飛び上がりそうになる。

 振り返ると、美しい令嬢が二人、そこに立っていた。


 そのうちの一人、アレクシア・ゴッドウィンは、この国では誰もが名を知る存在だ。

 絹のような金髪、白磁の肌、吸い込まれるような空色の瞳。まるで精巧な人形のような美しさだ。

 だがその麗しさとは裏腹に、彼女は代々ラシャド王国の騎士団を率いる名門・ゴッドウィン侯爵家の令嬢。ミディアと同じ12歳ながら、武芸は大人顔負けと評判だった。


 「あ、アレクシア嬢、っと、……」

 「リリアナ・ゼファンと申しますわ。どうぞお見知りおきを」

 「ゼファン家の、リリアナ嬢、……」


 リリアナは肩で切りそろえた黒髪の楚々とした美少女だ。

 東国の血を引いているのだろうか、瞳は藍を重ねたように深く澄んでいる。年もアレクシアと同じくらいに見える。

 ゼファン家は、ここ十年で急成長を遂げた新興貴族だ。

 当主の商才により男爵ながら影響力は大きく、一部からは成り上がりと揶揄されながらも、無視できない存在となっていた。


 「み、ミディア・ロストバランと申します、どどど、どうぞ、お見知りおきを、……」


 一方ミディアの挨拶は、緊張のあまりひどくぎこちないものになってしまう。


 「ええええと、その、わ、私に何か御用でしょうか?」


 ロストバラン家は、ラシャド王国における名高い魔術師の家系だ。

 その長女として生まれたミディアだが、未だにファイアアローすら満足に扱えない。

 極度のあがり症で、家族や使用人の前ですら言葉がつかえてしまうほどだった。


 父が魔塔の筆頭魔術師という立場ゆえ、表立ってからかわれることはない。

 だが、同年代の令嬢たちの間で尊敬を集めているとは言いがたかった。


 だからこそ、ゴッドウィン家の令嬢に声をかけられる理由など、ミディアには思い当たらなかった。

 二人の美少女は顔を見合わせたあと、リリアナが一歩前に出て口を開いた。


 「少々困ったことがありまして、ミディア嬢にご協力をお願いしたく、お伺いに参りましたの」

 「こ、困ったこと……?」

 「ええ。実は――お菓子の中に毒が混入されていたのです」

 「ど、ッ…………──!」


 思わず叫びかけたミディアだったが、アレクシアが人差し指を唇に当てて静かに制した。

 ミディアは飲みかけた言葉をどうにか飲み込み、声をひそめて聞き返す。


 「ど、毒が……?」

 「そうなんですの。こっそり先に食べた子がいて、泡を吹いて倒れてしまいました」

 「そそそ、それで、その子は……?」

 「幸いにも、すぐ聖女様が治癒の奇跡を施してくださいましたわ。でも、もし配られていたら、多くの子供が口にしていたかもしれません。そうなっていたら……取り返しがつきませんでした」

 「そ、それは……よかったけど、よくないですね……」


 孤児院の子供たちは、栄養状態が万全とは言い難い。

 貴族の寄付や国家の支給金があるとはいえ、必要には届いていない。

 そんな子供たちが毒入りのお菓子を食べていたら、治癒が間に合わず命を落としていたかもしれない。


 「そ、それで……な、なぜ私に声を……?」

 「捜査にご協力いただけないかと考えまして」

 「捜査……? そ、それは、騎士団が正式に動くべきでは……?」

 「残念ながら、正式な手順を踏めば、その間に証拠は隠滅されるだろうな」


 ずっと黙っていたアレクシアが、静かに口を開いた。


 「事件が起きていれば話は別だが、未然に防いだとなると、事を荒立てたくないという意見が増える。だからこそ、今この時点で、真相を掴んでおく必要がある」

 「え、ええと、では、アレクシア嬢が騎士団代行として取り調べればよいのではないでしょうか?」

 「そうしたいのは山々だが、少々面倒な相手でな」

 「面倒な相手」

 「ああ、今回、孤児院に菓子を寄付したのは我がゴッドウィン家、リリアナ嬢のゼファン家、ミディア嬢のロストバラン家、それにドワイフ家なのだ」

 「ああ、なるほど……。つまりドワイフ家の仕業だと疑っておられる」


 ようやくミディアにも構図が見えてきた。

 ざっくり言えば、ゴッドウィン家とドワイフ家は派閥が異なる。


 代々、王国騎士団長を輩出するタカ派のゴッドウィン家。

 それに対し、ドワイフ家はドリスティール家を筆頭としたハト派に属していた。

 慎重派といえば聞こえはいいが、実際のところは――伝統を盾に私腹を肥やす保守的な貴族連中の巣窟だ。

 ことあるごとに難癖をつけてくる、実に面倒な相手。


 そんなドワイフ家に対して、アレクシアが騎士団代行として直接調査を行えば、すぐに派閥争いと結びつけられかねない。

 いらぬ誤解を招くというわけだ。


 対してミディアのロストバラン家は、代々続く伯爵家。

 タカ派にもハト派にも属さず、魔塔の魔術師団を抱える学術系の家柄である。

 騎士団とも別の指揮系統に属し、政争には一線を画している。


 家格も申し分なく、派閥にも染まらない。まさに平等な第三者。最適な役回り。


 理屈は、分かる。

 分かるけれども――


 「そ、その、わわわ、私に、ドワイフ家のご令嬢を詰問してほしいとか、そ、そういう話でしたら、大変に難しいんじゃないかと、……」


 難しいどころの話じゃない。無理だ。絶対に。


 ドワイフ家のご令嬢とは、今日だけでも何度かすれ違ったが――挨拶のひとつも返されたことがない。

 明らかに見下されているのはミディアの方で、おかげで部屋の隅っこでひっそり作業をしているという有様だった。


 「そうかしら。ミディア嬢は大変複雑な術式を扱える魔術師だと伺っておりますわ。わたくし、尊敬しておりましてよ?」

 「み、身に覚えがないですね」

 「ご家族全員をカエルに変化させたとか」

 「ひえええ、や、やめてください、それは、わ、私の失敗で……! 本当にそんなつもりはなくて……術式を試したら、五日後に突然発動してしまって……」


 ミディアはしゅんとうなだれる。

 ミディアは魔術が使えないわけではない。だが、魔力の変換が異常に遅い。

 ファイアアローですら、発動に一時間かかる有様だ。攻撃魔法としては致命的。

 しかもそれは攻撃に限らず、すべての術式に言えることで、発動までに一週間以上かかることもある。

 つまりミディアの魔術は「今すぐ使えない」のだ。


 「まぁそうでしたのね。でもわたくし、そのお話を聞いた時に、素直に驚きましたのよ。変化の魔法は扱いが難しいとされる花の精霊ルピトピエラのものでしょう? それを複数人に対して、しかも魔術の心得のある相手に行使するなんて、なかなか出来ないことではなくって?」

 「いえ、いえ、滅相もないです。あれは不意打ちになったから効いちゃったんです、多分」


 ミディアががっくり落ち込むのを見て、リリアナは不思議そうな顔をする。

 その表情から察するに、遠まわしな嫌味を言ったわけではなさそうだ。


 「と言う事は、もしかしたら今も現在進行形で何かの術式を試していたりするのかしら」

 「は、はい、その、未来視の術式を試しています」

 「未来視の術式は成功例がほとんどないと聞いているが?」


 アレクシアの問いかけに、ミディアは首を縦にふる。


 「ええ、その通りです。五ツ紋の魔術師ですら成功例はほぼないと言われています。なので、不発に終わるのではないかと」


 未来視。

 その名の通り、未来を覗き見る術式である。しかし術式として記録されてはいるものの、成功例はほぼないとされている奇妙な術だ。術式の記された本を見つけ、早速試してみたものの、魔力変換が追いつかずいっこうに発動の気配がない。

 そしておそらく、術式が成ったとしても、未来は見えず失敗に終わることだろう。


 「そ、そんな訳で、その、魔術師としてもお役にたてませんし、く、口は、この通り、弁が立つとは言い難く、……」

 「では」とリリアナが口を開く。「お話はわたくしからさせて頂きますので、ミディア嬢はわたくしの後ろでアーリマンのごとく睨みを効かせて頂けませんこと?」

 「あーりまん」


 いきなりのモンスター扱いだった。巨大な目をもった翼竜系の魔物だった筈だ。

 でもそれならば。じっと立っているだけならば、ミディアにも何とかつとまりそうだ。


 「わわ、わかりました、で、では、その、ふ、不肖ながら、アーリマンを勤めさせていただきます」


 ミディアが頷くとリリアナは花がほころぶような笑みを見せた。




 ***




 さていよいよドワイフ家のご令嬢、メデレーとの対面である。

 ミディアたちは物陰に控えるアレクシアを残し、リリアナと二人で面会に臨んだ。


 「ご機嫌麗しゅうございます、メデレー嬢。わたくし、リリアナ・ゼファンと申します」

 「ごごごご、ごきげん、うるわしくもうしあげ、はううう、わ、わたしは、あの、その、……」

 「ご機嫌よう、ミディア嬢」


 ミディアの挨拶は見事に崩壊した。

 しかし、メデレーは冷たい視線を向けながらも、それを完全に無視するほど無礼ではなかった。


 メデレー・ドワイフ。子爵家の次女で、年齢は三つほど上。

 栗毛の巻き髪と、どこか刺々しい面差しが印象的な令嬢だ。

 やたらと甘ったるい香りが鼻につくのは、香水を盛りすぎているせいだろう。


 「そちらは、どこの家と仰いましたっけ? 失礼、聞き覚えのない家柄だったもので」

 「ゼファンですわ。流石は名門家、華やいだ教育をなさってらしゃるのね」


 初手からリリアナに喧嘩を売り始めるメデレーにリリアナは笑顔を崩さず打ち返す。

 ミディアは「ひええ……」と思わず小さく声が出た。

 これだから貴族のお嬢様は怖いのだ。ミディアも一応は貴族のお嬢様であるものの、大半の時間は魔塔に籠って魔術の勉強に費やしている。故に、こうした舌戦に巻き込まれることはほとんどない。


 「突然お声がけして申し訳ありません。少々お伺いしたいことがあるのですが、今、よろしいでしょうか?」


 リリアナが尋ねると、メデレーは鼻を鳴らしながら見下した視線を投げてきた。


 「残念ですけれど、私はあなた方と違って暇じゃありませんのよ。くだらないお喋りでしたら、……」

 「焼き菓子に毒が入っておりましたの」


 メデレーの言葉をぶった切ってリリアナが速やかに滑り込む。


 「食いしん坊の子供がつまみ食いをしたので早めに気づけましたけれど、もし全員に配られていたら大変な事になっておりましたわ。そうなればお菓子を納入したわたくし達に疑いがかけられるところでした」

 「それはお気の毒だけれど、私になんの関係があるのかしら? 施設の子供たちは皆、枯れ木のように痩せているじゃない。大方、食い意地がはっていくつも頬張りでもして喉を詰まらせたのでしょう?」

 「なるほど、喉を」


 話を聞いていたミディアは、ふむふむと頷いた。

 突っ込みを入れたつもりはなかったが、考えていることがうっかり口に出てしまう事が多々あるのだ。


 「何よ、私の言い分に文句があるのかしら?」

 「いいいいい、いえ、ないです。ないです。ええと、その、そこに積んであるのがドワイフ家の焼き菓子ですよね。確かに美味しそうです。これはいっぱい食べちゃいたくなりそうです」

 「ええ、そうでしょう? 第三王女御用達のラスティンの店から取り寄せたのよ」

 「ああ、あの、シルクザイア王国の職人が開いているというお店ですね。なるほどなるほど。それじゃあ私も一個味見を、……」


 シルクザイア王国のお菓子は独特だ。色鮮やかなものが多く、そして王都で流行っているお菓子よりも甘味が数倍強いのだ。

 ミディアが手を伸ばしたその瞬間、メデレーは悲鳴をあげながら勢いよくその手を叩き落とす。


 「びゃッ……!!!!」


 予想よりも勢いが強かった。バチンと良い音を立てた手を、ミディアは慌てて引っ込める。


 「あら、伯爵令嬢の手を叩くだなんて、ドワイフ家の挨拶は独特ですわね?」


 すかさず追撃をかけるリリアナに、メデレーは顔を青くする。


 「そ、そうね、お詫び申し上げますわ、ミディア嬢。ですが、寄付用の焼き菓子に手を出すなどはしたなくってよ?」

 「ええ、そうなんです。よく母にも叱られます。でもやっぱり食べてみたいので一個頂きますね」

 「駄目ですッッッッ!!!!」


 メデレーの声が場に響くが、ミディアはもうお菓子を一つつまみ上げていた。


 「え? でも、食べたいです。一個くらい、いいじゃないですか」

 「だ、だめです! 絶対にいけませんッ!!」


 ミディアはお菓子をくんくんと匂い、そしてぽつりとつぶやく。


 「……んん。僅かにですが、ドクアセザミの匂いがします」

 「な……!」

 「主にサドランド西部の乾いた小山地に群生する草で、主毒は苦性毒素。特筆すべきは、揮発性の高い芳香族化合物を含有している点。これが独特の刺激臭の元ですね。

 摂取すると、初期に悪寒、嘔吐、腹部膨満が出現し、その後、四肢の痺れ、眩暈、さらには痙攣、呼吸抑制と進行します。致死量は個体差がありますが、特に幼児や高齢者には極めて危険です」


 リリアナは眉をひそめ、メデレーは固まったまま震えている。

 それでも、ミディアは止まらない。


 「ただし、この草は強烈な苦味があるため、通常は誤食のリスクは低いです。でも……糖分と油脂をふんだんに使ったこのシルクザイア製の焼き菓子では苦味が緩和されてしまう。

 つまり、毒性に気づかず摂取してしまう危険性が飛躍的に高まるということ。最初に口にした孤児が助かったのは、単に運が良かっただけなんです。……あなたが、私に食べさせまいとしたのは、きっとそのせいですよね?」

 「わ、私は、毒なんて知りませんわ! だ、大体、匂いで分かるなんてどうかしていますわ!」

 「魔術師の間では、かつてドクアセザミを希釈抽出して摂取し、交感神経を刺激して精霊との交信感度を高める技法が流行したことがありまして。

 ですが、長期接種で“心脈崩壊”を起こして死亡する例が相次いだので、現在の王都では禁忌指定されています。

 だから魔術師はこの匂いに敏感で……あ、一部の貴族の間でも“たしなみ”として流行っていたので、ご存知かと……」

 「知らない! 知らない! 私はただ、万が一、毒が入っていたのがこの焼き菓子だったら一大事だと思っただけです! それに、もしこの焼き菓子が毒入りだとしたら、それは焼き菓子を作った店側の責任ですわッ!」


 そこで割って入ったのはリリアナだ。


 「まぁ大変ですわ! メデレー嬢は第三王女様ご用達のお店が孤児たちを殺すための毒入り焼き菓子を作ったと仰られますの? それは不敬ではなくって?」

 「で、でも、そうなんだから仕方ないじゃない!」


 メデレーは頬を紅潮させ激高する。


 「あ、あの、素人質問で恐縮ですが、……」


 そっと手をあげるミディアに、メデレーはぎろりっと悪鬼の形相を向けてきた。思わず逃げ出したくなるものの、何とかその場に踏みとどまる。


 「え、ええと……メデレー嬢の主張が正しいとすると、第三王女は孤児を助けるふりをして毒殺しようとしたことになりますよね? もしラスティン菓子店の独断だとしても、あの王女の出資で動いてる店ですので誰の得にもならないと思うんです。その点、どうお考えでしょうか?」

 「知るわけないでしょそんなの! 妾腹の王女なんて何考えてるか分からないじゃない!」

 「……”妾腹”の。なるほど、つまり”妾腹”の王女を排除するため、メデレー嬢が捨て駒として立候補された、と」

 「す、すてごま!?」


 メデレーは目玉が飛び出しそうなくらい驚いた顔になる。

 そんな顔をされたミディアも、訳が分からなくて動揺した。


 「えええ、ええと、その、まさか、捨て駒としての自覚がなかった、……?」

 「ある訳がないでしょう! どうして私が捨て駒になるのよ!」

 「い、いえ、メデレー嬢だけでなくドワイフ家の一族郎党まるっと勢ぞろい捨て駒です」

 「何がどうしてそうなるのッ!!!!」


 どうしよう。ミディアが助けを求めるようにリリアナに視線を向けたが、リリアナはにこにこの笑顔だった。

 ここまで説明したのだから、最後までちゃんと説明しろよと、きっとそういう事だろう。

 ミディアは重い溜息をつくと、出来るだけゆっくり喋りはじめる。


 「ええと、その、まず、毒入り焼き菓子の件が事前に発覚することがなかったと仮定します。その場合、孤児が大勢亡くなり、大問題になりますよね。普段ならうやむやにされるかもしれませんが、今回は第三王女主催ですし、ロストバラン家やゴッドウィン家も関わっています。必ずや大規模な調査が入るでしょう」

 「……そうですわね」

 「食べ残された焼き菓子もあるので、原因となったお菓子は特定されます。しかし、ラスティン菓子店は、材料の輸入が厳しくチェックされてるんです。特にシルクザイアからの輸入品は、過去の敵対関係もあって検査が厳しい。店舗や厨房もしかり、反乱の予兆がないか定期的に検査を受けています。

 ……禁忌指定の毒草をひっそり仕入れるのは不可能に近いです」

 「え?」

 「万が一、反乱の目論見があったとして王国主体の晩餐会ならまだしも、孤児院に配るお菓子に実行する理由がありません。

 よってラスティン菓子店は容疑者リストから外されます。つまり毒は第三者によって混入されたと見做されることでしょう」


 メデレーの顔は可哀そうなくらい蒼白になっていた。


 「で、ではどうして、どうしてそんな誰から見ても不自然だと思うような策を考えたのと言うの?」

 「どれだけ不自然でも、第三王女の評判を落とすには十分だからです。王女に過失がないとはいえ、主催の催しで死者が出れば、責任を問われますし、王女に近いラスティン菓子店も打撃を受けます。そして――ドワイフ家がなぜ捨て駒かという話なんですけど……」


 捨て駒と聞いてメデレーが小さく悲鳴をあげる。もうそこには、先ほどまでの不遜な令嬢の面影はない。ただただ怯え切った一人の少女の顔だった。


 「ハト派の一部は、第三王女がシルクザイアの血を引いてることを嫌っています。故にタカ派も第三王女も、これは“ハト派の陰謀“だと受け取るはずです。

 そこで、ハト派は“ドワイフ家が独断でおこなった事“として切り捨てる気つもりではないかと。結果として、王女の求心力は落ち、ハト派には実害がない。うまくできてます」

 「そんな……ドワイフ家は由緒正しい家なのよ? 簡単に見捨てられるはずないわ!」

 「ですが、今回お菓子を寄付したハト派貴族はドワイフ家のみです。他の常連――たとえばドリスティオール家はなぜか不参加でした。万が一にも疑いがかかるのを恐れたのではないでしょうか?」


 久しぶりに沢山喋ったミディアは、ようやくそこで大きく息を吐いた。

 幸いにも、メデレーにもミディアの言葉はしっかり理解できたようだった。

 ただ理解したまま完全に固まってしまっており、気まずい沈黙がおりている。

 そんな重い空気を打ち破ったのは、場違いに響く軽快な拍手の音だった。


 「いやぁ、あっぱれ。見事なり。ミディア嬢、私は感動したぞ」


 パチパチパチっと拍手をしながら物陰から出て来たのはアレクシアだった。

 タカ派筆頭であるゴッドウィン家令嬢の登場に、メデレーの白い顔からより血の気が失せていく。


 「同年代でまともに話が出来るのはリリアナ嬢くらいと思っていたが、なかなかどうしてミディア嬢も聡明ではないか。気に入った。今より私の友となってはくれまいか?」


 悠々と歩いてきたアレクシアは、メデレーを完全に無視してミディアに握手を差し出した。


 「い、いえ、その、ア、アレクシア嬢のご活躍ぶりは魔塔でも広く知られておりまして、ええと、その、こ、光栄です」


 恐る恐る手を重ねると、めちゃくちゃ強い力で握られる。

 そのまま腕がもげるかと思うほどぶんぶんと振り回され、ミディアは転びかけたほどだった。

 存分に握手を堪能したアレクシアは、改めてメデレーに向き直る。メデレーはヒィっと小さく悲鳴をあげた。


 「さて、メデレー嬢、申し開きはあるか?」

 「わ、私は、その、し、知らなかったのよ! こ、この焼き菓子だって、ちょっとお腹を壊すだけだって」

 「メデレー嬢、腹を壊すだけでも人は死ぬ。それが子供であればなおさらだ」

 「でも知らなかったんですもの! それに結局何も起こらなかったでしょう!?」

 「そうは言いましても落とし前はつけて頂きませんと」


 こてんっと首を斜めに倒した可愛らしい仕草で追い打ちをかけるのはリリアナだ。


 「ミディア嬢はどうお考えですの?」

 「わ、わわわ、私、ですか? ええと、そうですね。その、め、メデレー嬢に焼き菓子を全部食べて頂けたら責任をとりつつ、証拠もなくなって丸く収まるのでは?」

 「ちっとも丸く収まってないわよ!!!!!!!」


 メデレーに思い切り怒鳴られ、ミディアは首を引っ込める。


 「それではわたくし達に口止めをなさるおつもりかしら。それは、とてもとても高くつきますわよ? 高すぎてきっと払えませんわ」

 「ひぃいいいいい」


 にこにこ笑顔のリリアナにメデレーがますます悲鳴をあげるが、助けが来よう筈もない。


 「犯した罪は償って貰おう。孤児院は教会の管轄となるため審聖官に申し開きをするといい。ハト派の連中が助け船を出してくれることを祈るといい」


 恐らくそれはない、という事はメデレーにも分かっているだろう。

 しばしのち、騎士団が現れると呆然自失となったメデレーを連行していった。まずは国務機関での事情聴取が成されてから、審聖官への引き渡しとなるだろう。

 だが大事件となる前に食い止められた事によって、一族郎党斬首とまではいかない筈だ。


 「さて、ひと段落だな。実に愚かしい事件であったがミディア嬢と知り合えた事は実りある結果と言えるだろう」


 メデレーを見送ったアレクシアは、たいそう晴れやかな顔だった。


 「ミディア嬢、リリアナ嬢、我らが出会いを祝して食事でもと思うがいかがだろうか?」

 「は、はい、ええと、その、よろこ……ん、で…………」


 ────その時、ふいに視界が揺れた。


 足元の床がぐんにゃりと歪み、耳鳴りが遠く響いてくる。

 なんだこれは。

 まるで高熱に魘された時のように視覚も聴覚も鈍くなる。


 「ミディア嬢?」


 アレクシアの声も、まるで水底から聞くようにくぐもっている。


 「あ、あれくしあ、じょ、……」


 伸ばした手をアレクシアが受け止める。

 同時にミディアは糸が切れたように崩れ落ちた。




 ***




 『……──、……て、……どう、か、……を、……』


 誰かの声が、霞んだ霧の中から聞こえた。

 次の瞬間、視界を焼くような異形の光景が眼前に広がった。

 赤黒く染まった空と、周囲に満ちるむせかえるような腐敗臭。


 ここはどこだ?

 自分は孤児院にいた筈なのに、今はまったく別の場所に立っている。

 どこかで見たような……だが、決して行ったことのない処刑場のようだった。

 目の前にそびえたつのは、なんとも禍々しい断頭台だ。


 『汝、聖女の奇跡および唯一神ロタティアンの教義に対して許しがたい冒涜を行った』


 誰かが罪状を読み上げる。

 知らない、とミディアは首を振った。

 知らない、知らない、覚えがない。なんのことだが分からない。


 だが、声は喉から出ることもなく、腕を引かれ、背を押され、断頭台へと導かれる。

 促され、もつれそうになる足でミディアは階段を登っていく。


 見上げたギロチンは想像よりもっと遥かに巨大だった。

 その切っ先が赤く濡れているのは、つい今しがたも命が刈り取られたことを如実に物語っている。


 地面に転がる二つの首を見て、ミディアは大きく息を吸い込んだ。

 胴と離れてなお美しいその首は、アレクシアとリリアナのものだった。


 どうして? と問いかけてもそれに応える者はない。

 怯えるミディアにひときわ強い視線を投げてくるのは、黒衣に身を包んだ聖女だった。

 その顔はベールに覆われ、はっきりとは分からない。

 だが視線は、確かにミディアを捕らえている。


 なぜ私を見ているの?

 見ているならば、どうして助けてくれないの?


 ミディアは問いかけようとしたものの、聖女を守るようにして三人の男が立ちはだかる。

 僅かな望みすら叶えられず、ミディアは断頭台にかけられる。



 ……いや、ちがう。



 これは現実じゃない。

 しっかりしろ。しっかりするんだ。



 執行官が手をあげる。

 ギロチンの刃が振ってくる。



 駄目、駄目!

 これは悪夢!!!!!

 目を覚ませ。

 はやく、はやく、急いでここから逃げ出すのだ。

 早く……──ッ!!!!!!




 ***




 「ミディア嬢ッ!!!!!!!!!!」


 刃が落ちる、その寸前——

 ミディアは叫び声とともに、現実へ引き戻された。

 混乱し、悲鳴をあげ、暴れようとするミディアの体を、アレクシアはきつく抱きしめる。


 「ミディア嬢! しっかりしろミディア嬢! 大丈夫、大丈夫だ!!!!」


 耳元で響くその声に、ミディアは徐々に正気を取り戻す。


 「大丈夫ですか? ミディア嬢」


 そっと顔を覗き込んでくるのはリリアナだ。あたりをよくよく見回せば、景色は孤児院に戻っている。


 「あ、アレクシア嬢、リリアナ嬢、わ、わたし、……わたし、……」

 「何があったんだ、ミディア嬢。突然倒れたかと思えば混乱したように叫びだして」

 「す、すいません、その、私、み、見たんです、未来を、……わ、私たちが、処刑される、恐ろしい未来を見たんです」

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