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Ⅱ-6 処遇


 ふと、揺れがおさまったことを感じた。





 馬車が止まったのだろう。





 《・・・・何かあったのかな?》



 一日しかいなくてもこの世界に信号などないことが分かる。

 ならば停まる理由は他にあるはずだ。


 気になって幌へ手を伸ばす。



 

 隙間から見えたのは、30人ほどの人々と馬、もう一台の馬車。

 全員が男性で、腰には剣と見られるものを提げている。


 純粋な日本人には、無い色をもったものばかり。

 今では国際交流が進み、外国の人々を見かける機会も増えたけれど。

 日本で見るのと、自分がその中に一人なのではまったく違う。



 心細い・・・・それが一番当てはまるかもしれない。



 昨日説明してくれたラウールを眼で探し、

 なかなか発見できずに、身体が幌より乗り出した。



 「何をしてる?起きたのか」



 「っ!!」



 思いがけない方向から声が聞こえ、一瞬小さく飛び上がってしまう。

 振り向く前に、目の前が暗くさえぎられ、布ごと身体を押し戻される。

 

 「自分のためを思うなら、ここからは出るな」


 低く抑揚のな声に、昨日の出来事がよぎった。


 「・・・ディーンさん・・?」


 数度しか聞いていない声に確証は持てない。恐る恐る問いかけ、自分に被された布を外す。

 最後に見た表情とは違う、強張った顔。

 後ろ手で幌を閉めた動作は、まるで外から遮るようで。

 不安を感じても、安堵を覚えはしない。


 彼はこちらを見て嘆息し、


 「少なくとも自分が周囲から疑われていることを自覚しておけ。そして、見たら分かるようにこの集団には女はお前しかいない。いざというとき、かばってくれる奴などいないくらいのことを思っておいたほうがいい。」


 一息に言った。



 「・・・・・・・」



 《どういうこと・・・ただ、周りを見ようとしただけなのに。それすらだめなの?》



 さっきの行動は、誰もいない場所で独りの不安と、ほんの少しの好奇心からだった。

 

 有無を言わさぬ口調に、小さな反発心が芽生える。



 《昨夜、ラウールはなんと言った・・・?

 セディオンを助けてくれてありがとうと言わなかった?》


 恩を着せるわけじゃないが、ここにきて周囲から、疑われているとは思ってもみなかった。

 感謝されこそすれ、疑われるなんて。

 

 昨日のラウールに優しさを感じていた分、信用されていないと言われるのはショックだった。




 確かに、

 落ち着いて考えれば不審者だ。

 見るからにこの世界のものではない服装。殺伐とした戦場に突如現れ、敵かも知れない者。

 つかまったかと思えば、刃物や、脅しに対して過剰なまでに脅え、泣き、気を失う。

 これがずべて演技であれば、よほどの刺客である。



 信頼は一朝一夕では築けないと、看護師として多くの患者に接し、学んでいたはずなのに。

 


 「信じてもらえないかも知れないけど、私の話を聞いてもらえませんか?」


 

 この世界に一人かもしれないという孤独。

 身近に接する人に信じてもらえない不安。

 目の前の彼でもいい。話を聞いて欲しかった。


 しかし、



 「俺は話を聞く立場にない。後でラウールが来る。それまで先ほどのようなことはするな」



 彼の態度は、こちらの思いを拒んでいた。
















 次に、幌が揺れたのは、太陽がもう沈もうかとしているころだった。



 何もない馬車の中、動くことさえ禁じられ、今後のことを考える時間だけはたっぷりあった。

 しかし、状況を判断する材料もないのに、建設的な考えが思い浮かぶはずもなく・・・。

 いつの間にか、膝を抱え眠っていたようだ。



 「この女か。ディーン起こせ」



 声と共に身体が揺さぶられる。



 「殿下。彼女はけが人です。尋問は落ち着いてからでも・・・」



 「それでは遅い。この女が敵方の間者という保証はない。見たところ重傷でもなさそうだ」



 「ですが、彼女はセディオンを助けてくれました」



 「だからなんだ。ここは戦場だ。間者であれば、そのくらいのことはするだろう。少しでも怪しいものをここには置いて置けない。」



 「怪しいとおっしゃるのなら、せめて尋問は私にさせてください。先ほども接した私のほうが、彼女も話しやすいでしょう」



 「そして報告が来るまで待つのか?二度手間だ。移動の中、私が一番暇であろう。お前は怪我人の処置で忙しいはずだ」



 「ですが・・・」



 「くどい。反論は認めぬ」


 

 馬車の中は他の人の気配がしていた。

 しかも二人は揉めている。


 眼を開けると、隣には私を揺さぶった当人であろうディーンが。

 馬車の入り口にはこちらに背を向けた二人の男性がいた。

 一人は、声からして昨日会ったラウールか。もう一人は・・・・朝見た人たちの中にはいなかった気がする。

 いたら、絶対に気づいたはずだ。それほどに、眼を引く。

 薄暗い空間の中でも光を放つような黄金の髪。隣にいるラウールの銀髪がさらにそれを引き立てる。



 「それに・・・・・女が目覚めたようだ」


 

 振り向いた顔にさらに衝撃を覚える。

 黄金に輝く髪に、深い水を湛えたような瞳。職人が丹精込めて作り上げた彫刻と見間違わん顔。

 それは顔立ちが素晴らしく整っていると共に、人間味を感じないという意味で。



 「女。名は?」



 声も外見を裏切らない。



 「名はなんと言う?」



 しかし、芸能人には興味がなく、長らく恋愛からも遠ざかっていた心に、それ以上の感慨は無く。

 もっとも、この状況下できゃあきゃあ騒げるなど、よっぽどだろうが。



 「光基みつもと 恵美えみです。・・・・・あの、私はどうなりますか?」



 「どう、とは?」



 「これから・・・です」



 このときの私は戦時中の人の心理をわかっていなかった。

 憲法9条の下、戦争を放棄した日本。戦後60年以上たった国に育ち、戦争など経験するはずも無く。戦時下に突如現れた、身元が知れない女がどうなるか。

 


 「これから・・・・か。敵であればすぐに処分するな」


 

 「・・・・処分」



 「怪しいものを置いておけるほど余裕は無い。尋問し、敵であれば殺す。・・・ああ、皆に下げ渡してもいい。戦時中で皆気が立っている。性欲が満たされ、さぞ気がまぎれるだろう。安心しろ。30人もいる。すぐには殺されないだろう。もっとも、それが生きているといえれば・・・だが」



 感情の見えないまなざしで淡々と紡がれる言葉に、ぞっとした。

  

 

 「敵じゃありませんっ!私は何も知らない!気が付いたら、あそこにいたんです。ここは私の居た世界じゃない!信じてください!」



 信じてもらえなければ、先ほどの言葉どおりになる。それは女性である身で最悪な状況だった。

 回避できるなら、額を地に着けてもいい。

 役に立てるなら、この身を粉にして働こう。

 


 「・・・不思議なことを言う。世界が違う?それを信じろと?」



 自分が突然他人にそんなことを言われれば、精神に異常をきたしたか、現実逃避だと思うだろう。

 信じがたい。そんなことは分かっている。だが、必死だった。


 

 「恐れながら、殿下。彼女がうそをついているとは思えません」



 今まで脇に控えていたディーンが、不意に言葉を発する。



 「なぜだ?」


 

 「にわかには信じがたい話ですが、否定するならもっとましな嘘をつくでしょう。

  それに、彼女の手には労働の跡が無い。間者であれば付くはずの肉刺まめが。

  気配もよめずに、これでは刺客としてはやっていけないのでは。少なくとも、私なら任せない」



 殿下はもう一度視線を私に戻し、眼を眇めた。



 「・・・・そのようだな。お前の意見を信じよう。ラウール」



 「はい」



 「この女はセディオンの処置をした。と言ったな。使えそうか?」

 

 

 「処置は的確でした。先ほどおっしゃったように、今は怪我人も多く、私一人よりも他に手があったほうが助かります」



 「ならばこの女はお前の下に置く。夜は私のテントに連れて来い。面白い話が聞けそうだ」



 「!!殿下のテントに?」



 「これ以上の上策があるか?この馬車を女一人に与えるには惜しい。私もちょうど状況に厭いていた。この女に私を害せるとも思えない」



 ラウールはちらりとこちらを見て、諦めたように殿下を見る。



 「御意に。」


 

 「私のところにつれてくる前に、もう少し見れるようにしておけ」



 そういうと、殿下は身をひるがえした。ディーンもそれに続く。

 あとには、ラウールと呆然とした私が残された。



 《何?どういうこと?・・・・私は助かったの?》




 「エミだったかな?良かった。聞いただろうけど、君にはとりあえず私を手伝って欲しい」



 助かった?最悪の事態は免れたのか?

 怪我人の世話を手伝えという。それで、身が保証されるなら喜んでしよう。

 もともと看護師だ。患者の世話など、少しの苦にもならない。


 

 

 




 この世界に来て二日目。



 私の生活はこうして幕を開けた。










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