Ⅱ-3 水辺へ
ひとりで生きていける。なんて
どうして思ってたんだろう。
ひとは独りじゃない。なんて
幸せな人の台詞だと思ってた。
この救いようのない世界で
腕の中の存在だけが確かなものだった。
ともすれば、狂気へ陥りそうな世界で、
手に触れる温もりだけが支えだった。
ハゲタカの声が聞こえる。
肉を食む音。
血の臭い。
陽も高くなり、徐々に腐敗臭が漂ってくる。
死は他人事じゃなく、隣にあった。
数時間はたっただろうか・・・
変わらない惨たらしい景色に涙は止まり、
心は波立ちもしない。
腕の中の顔を見下ろすと、
眉間の溝はいまだあったけれど
それでもずいぶん楽そうだ。
時折かすかに動く身体に、生を感じる。
陽が昇りきる前に、木陰に移ったほうがいいだろう。
見廻すと、
近くに枝葉の茂る樹が見えた。
腕の中の身体を背負うが
年若い男性で、筋肉もついている。
体格差もあり、足を引きずってしまう。
《亀の歩みだ・・・・・》
近くに見える樹がとてつもなく遠く感じた。
やっとのことで着いた樹の根元に彼を横たえ、息をはく。
休んでいる暇はない。
明るいうちに、探すものがある。
満身創痍の彼は今後熱を出すだろう。
何より乾きが続けば、この先長くない。
必ず水は必要だ。
・・・・一人にして大丈夫だろうか
けれど、どうせ行くなら早いほうが良い。
早く行って、早く帰ってこれる。
男の腰にはさんであったナイフと、皮の袋を借りる。
「ナイフ借りますね。すぐ戻ってきます。待っててくださいね」
返答のない顔へ言葉を告げ、
後ろ髪引かれる気持ちを切り、
森へ向かって歩いていった。
鬱蒼とした木々の中に、やはりぽつり、ぽつりとある遺体。
逃げる途中だったのだろうか、
背に矢を受けた者、背を袈裟懸けに切られた者、
騎乗した主人と運命を共にしたのか、倒れた馬の姿もあった。
森は、地上がどんなに血に塗れようが変わらない。
木々はそよいでいて、静寂につつまれている。
ふと、川のせせらぎが聞こえ、足を速めた。
少し先にいくと、森の開けた場所があり、小さな小川が流れていた。
夢中で水をすくい、口に含む。
「・・・・美味しい」
これなら彼にも飲ませられる。
澄んでいるから、傷口だって洗えるだろう。
皮袋に水を満たし、戻ろうと腰を上げた。
・・・そのとき
ガサッ
バキッ
《何!?誰かくる!!!》
一瞬で顔がこわばり、身体が震える。
音は徐々に近づき、そのざわめきと共に、相手が一人ではないことを証明している。
・・・・・・油断していた。
あんな無数の遺体を見て、ここが戦場だと認識していたのに、誰かがいるなんて思いもしなかった。
何時間か前なら、喜んだだろう。
生存者を探していたし、孤独に恐怖していた。
生きているなら、誰だって良かった。
でも、今は違う。
守るべき相手がいる。
ここが戦場である以上、彼の敵かも知れないし、自分が殺されるかもしれない。
惨たらしい状況に悲観して、そんなことも考えなかった。
《どうして離れたんだろう!!》
離れるべきではなかったのだ!
彼は今動けないし、意識もない。もし敵だったら!?
わざわざ目立つ樹の下に寝かせてしまった・・・・!
すべてが呪わしく、後悔ばかり。
いまさら後の祭りで、どうしようもない。
震える手でナイフをつかみ、あの場所へ急ぐ。
同じく震える足が、縺れそうになるけれど、必死で走る。
《どうか・・・・・どうか間に合って!!》
森からでたところで、
彼のいる樹が見えたところで、
何かが聞こえた気がした。
夢中になって走る急いた耳に、その音が聞こえることはなかったけれど、
ブスッ
左肩に灼熱が走る。
目の前しか考えていない頭に、突き刺さった矢がわかっただろうか。
前のめりになる身体。
薄れゆく視界の中で
こちらを見た彼の青い瞳が見えた気がした・・・・・・・・ 。