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Ⅱ-23  薬草摘みと鈍る思考



もっと勉強しておけばよかった。


護身術なんかも習っておけばよかった。


いろんな知識を身につけておけばよかった。



いつも気付いたときには遅くて。


私達は学ぶ機会を逃していく。


『学ぶ気さえあれば、何歳であっても学ぶことは出来る』


よく言われるその言葉も、


分かっている。


実践している。


でも・・・・


それでは到底たりないこの現状。


学んだ知識が欲しいのは今この時で・・・


もう決して知識に手の届かないここでなのだから。











それさえあれば・・・


役に立てただろう。


一人でも顔を上げられただろう。


自分の価値を信じられたかも知れないのに・・・。










*****






フォルから許可を得た、彼や仲間から見える位置で座りこみ、エミは手元のめぼしい薬草の根を傷つけないように採取していた。


『ロニン』と呼ばれる捨てるところの無いこの草は、根が痛み止めに、葉は炎症反応を抑えてくれる作用を持ち、怪我の多い一行の中で重宝されている。

他の草がたいてい一つの効能であったり、効能が多いものほど精製方法が困難であるのに対し、ロニンは乾燥させたり煎じたり、潰して塗りこむだけで良いのだから、ひとつの場所に留まれず、充分な器具の無い状況ではありがたい。

たまたま、休憩する場所の側に群生していたのを発見したときは嬉しかった。

内服できる量も時間も無視して乱用していたせいか、目減りしていく薬。

鎮痛薬なくしては他者の目を欺くことは出来ない状態にまで追い込まれていた体では、何もできないと、焦りばかりが募り始めたいたころ。

飲めば痛みから解放され、動ける状況に、このときエミは依存し始めていた。


長い旅路で痛み止めでもぬぐいきれない足の痛みや疲れに俯きぎみだったことが功を奏した。

日本では通勤にも通学にも車を多用し、たまにジョギングをしていたとはいえ、補正された道ばかり。トレイルランニングもあったが、あくまで高性能な靴と万全の準備があってこそ。

文明と言う社会に守りに守られた軟弱な足。履きなれない固い靴。靴ズレ。自然のままの道なき道に、常に張り詰めてきた神経。慣れない環境。

アドレナリンにも限界がある。

だから、今の休める状態が有り難かった。

只ひとつの難点として、痛み止めとして使用するためには煎じて飲むしかないのに、ロニンは毒と間違わんばかりの苦味を有していた。

こっそり飲むたびに、しかめそうになる表情を、出しそうになる呻きをあらゆる工夫によって隠し、耐えて来た。

甘いものでもあったらなあ・・・と何度思ったことか。

当たり前にあった『糖衣錠』の偉大さを感じる。

出来たら作ってみたいけれど。


─────そんな贅沢いえそうも無い。


とはいえ肩や足の傷や痛み。

状態を思えばこれからもロニンはまだまだ手放せそうに無い。

形としては葱か韮か・・・。見た目に反して臭いの薄いこの薬草を、目に見える範囲全部採取したとしても大した量では決してないけれど。

ゼロと1では全く違う。

全員には足りないが自分の分くらいにはなってくれるだろう。



袋を手元に引き寄せて。摘んだそばから入れていく。

紐で束にし、かばんに括りつけるのは後で。

本当はここで干せればいいけれど、何時までこの場所で待機するか分からないため、即時行動が起こせないようなことはしない。置いていくのも勿体無い。

紐で括るのも、みんなの中に入ってから。

一度、遅れた上に勘違いで行き先を間違え、迷惑をかけた身では足手まといにならないことは重要で。

支持に従うこと。遅れないこと。一週間強の生活で覚え学んだことだ。

何も分からない。

何も出来ない。

守られるしかない。

重荷にしかならない。


だからこそ幼子のように全てを聞き、

出来ることはないかと神経を尖らせる。




隊に背を向けて座っている状態で、後ろから不自然な動きをする左が見えないように身体の向きを調節し、左手は動かさずに右手だけで土を掘り、根についた土を落とす。

肩の傷は自分では見ることは出来ないけれど、雨の降った日から熱を感じていた。初めは冷やせばどうにかなるかなんて甘く考え、水で洗い薬を塗りこめ様子を見ていたが、鈍くなる感覚に今では動きにくく感じる指先。

どうなっているかなんて見なくても分かる。

傷口は化膿しているだろう。

見えない傷、言い出せない言葉、だるさの抜けない体調。


・・・溜息が出る。


足手まといにはなりたくない。

だが倒れたらもっと迷惑をかける。

一人で暮らししていく術も無い今の段階では早めに相談したほうがよさそうだ。


・・・ラウールさんが帰っていたら少し見てもらおう。


きっと何か打開策をくれるに違いない。

もうひとつの頼みごとと共に。


考えすぎてだるい上に深慮が及ばなくなった思考を放り投げ、目の前の薬草採りに集中すること小一時間。


背中から買出し組の帰還を知らせるセディオンの声が聞こえた。






※補足


トレイルランニング(Trail running):ランニングの一種で、舗装路以外の山野                を走るスポーツのこと。

糖衣錠:薬剤の安定化、味の矯正、臭いの調節ため薬の表面に白糖で皮膜を施し、飲みやすくしたもの。

アドレナリン:神経興奮物質となるホルモン。詳しくはWikiなどでどうぞ。



お久しぶりです。

まだまだ終わりそうにないこの話にお付き合いくださり、ありがとうございます。

これからもよろしくお願いします。


                   かりんとう

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