Ⅱ-22 進む道の先 3
ラウールたちが情報や、物資を補給していた頃。
待機中の騎士たちは手持ち無沙汰になりつつも、各人が周囲を警戒し、装備の点検をし、出立に備え、身体を休めていた。
7人もの人員が街に割かれたため、残ったのは捕虜を含めた10人という多いようで少ない人数のうち、三人は非戦闘要員だった。
一人は女性であり、戦うことなど到底出来そうも無いエミ。残る二人は裏切る可能性がある捕虜。
捕虜に関しては捉えられた際に自分可愛さに情報を漏らす可能性が高く、ガウェインによる軽い尋問で容易く開いた口は硬くは無いこと確実で。最悪、戦闘中に隙を見て後ろから刺されることも考えられる。
その為隊の中の誰もが信用を置いていなかった。
現に二人は今も足を縛られた上で、樹の幹に繋がれている。
一方、もう一人の非戦闘要員である彼女はと言えば。
誰かしらに声を掛ける機会を探っていた。
騎士たち皆が装備や剣の整備をし始める中、彼女の少ない荷物の点検は早々に終わっていたのだ。
徐々に目減りしていく医療用具に、薬草。
バックの口をあけてもすぐに残りを数えられそうなほど、覗き込んでみても、一杯だったはずの中はすっかり隙間だらけになっている。
補給の必要性を感じるが、エミに出来ることは無いに等しかった。何も解らないこの世界では、未だ自分の世話さえ満足に出来ない状態だ。世間知らずの箱入り娘のほうがよほど、今の彼女よりも生きるための知識があるに違いない。
日本では・・・
26年生き、つたなくも7年の間社会人生活を送ってきた。
知恵も知識も人並みにある。
ただその26年間が、仕事で得た7年間の知識が、ここでは何一つ通用しないものであるだけで・・・・。
溜息を一つ吐く。
何度ついたか分からない、数えようとも思わない回数のそれは、確か吐く度に幸せが逃げていくのではなかっただろうか?もしも迷信ではなく本当のことであるならば、彼女の幸せは残り僅かか、ものすごい勢いで減っているだろう。
そのことを思いながらバックの中をもう一度見る。
まるで自分の幸福の残量を示すかのようで見ていられない。
ラウールが買出し部隊に居ることは知っている。何の心配要らないんだろう。彼もバックの中身の軽さを知っているはずだから。
いや、知らなくともこの怪我人の多い時に、補給の重要性を考えないわけが無い。
だからエミはただただじっとして待っていればいい。
分かっている。
(だけど・・・・・・・到底無理)
周囲を眺め、一人だけ身体を休めることは出来なかった。
自身の幸せに重なって見える鞄の中身に対して、何もしないなど出来そうも無い。
それに何もしない時間が怖くもあった。
フォルは荒布で剣の曇りを取った後、少し刃毀れした箇所を研ぎ石で削っていた。
機会があれば必ず専門の鍛冶師に修理に出したほうが良いだろうが、目的地に着けばどうせ鍛冶師の一人や二人はいる。ならばもう道程の半分を進んだ今、焦って直すことも無い。
専門職の細かい業には到底及ばないが、補修程度なら自分で出来た。
削って幾分細くなった刃をみて、何とはなしに随分荒っぽい使い方をしてしまったと苦笑いする。
──────鍛錬が足りないかもしれないな・・・。
今は余裕が無いが、落ち着いたらディーンとでも手合わせして、戦いの型を鍛えなおそうと決心し、次の作業へ移っていった。
「すみません・・・いいですか?」
───やっと来たか。
先程から何か言いたげにこちらを伺っていた影。
視界の隅にちらつく姿を目にしていたが・・・本人が言い出さないのに聞くことも無いかと気付かないフリをしていた。じっとしていること、ただ何かを甘受することをしない。
周囲は腕に覚えのある騎士ばかりだ。
たった一人の女性である彼女がこんな時くらい、何をしなくても誰も責めはしないのに、気が付けば動いている。不安なんだろう。落ち着かないんだろう。
「ああ、どうした?」
「あの・・・少し薬草を探したいんですが、何処までなら離れても良いか教えて欲しいんです。
私が解るものは少ないですけど、この場所に来る途中に種類か見つけて・・・」
こちらを窺うような言葉の影で、諾と言えばすぐにでも薬草採取に行けるように、手に包みを持っている。
正直、彼女の身体を思えば、この機会にゆっくりと身体を休め、体力を回復してもらいたい。今後何時このような時間が持てるか解らないし、旅慣れぬ女性の身では疲れも溜まっていることだろうから。
殿下が見捨てるとでも言わない限り今後も彼女は隊に同行し続ける。
出来る限り守るつもりだ。
だが、足手まといになったらそうも言っていられない。
彼女一人のために隊の全員を、殿下を危険に曝すことは出来ないからだ。
後ろ髪惹かれようが、後々後悔しようが優先すべきものは変わらない。
「足はどうなっている?肩の傷も前回とはいえないだろう?今は身体を休めるべきだと思うが」
至極もっともな忠告は、反論を挟む余地を与えない。
忠告どうりにすることが、自身の身体にも隊にとっても一番なのだと解る。
フォルだったら違う答えが返ってくるんじゃないかと。反対されても、説得できるんじゃないかと、どこかで甘く考えていたエミの頭の中は、何か言わなければと思うのに、何も浮かんでこなかった。
フォルの口調はこちらを咎める訳でも、非難している訳でもない。只当たり前の意見を言ってくれているだけであって、他意はないだろう。
だけど、じっと見られているから、もっとも過ぎる意見だから
『そうですよね。ゆっくり身体を休めます』とか、
『その場所まで行けば座るし少しの時間にするので、医薬担当としてこれくらいさせて下さい』とか、
あははと軽く返すことができなかった。
「・・・・・・・」
言われたとおりに何もせずにじっとするとして。
『ごく潰しの足手まとい』誰もそう思っていなくても。皆が動いているときに自分ひとり休んでいることが悪いなと思うことが心に錘を載せていく。
この世界においての無いに等しい知識で何が出来るか考えたとき、これしかないと思った。
ラウールに習って覚えた数種類の薬草。
痛み止め、化膿止め、解熱剤、下痢止め。自信を持って覚えていると言えるのはこの四種類だけ。
だが、今一番消費の烈しい薬もこの4種類だ。
じっとして何もすることが無いと、考えなくても良いことばかりを考えてしまうから、危ないと言われようがやってみたかった。
鞄の中身を、幸福を増やし、心の負担を減らしたかった。
何のことは無い、只の自己満足な行動だ。
「・・・・お願いします」
無理はしない。見える範囲にする。ほんの少しで良いから。
許して欲しい。
思いを込めて、頭を下げる。