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Ⅱ-22  進む道の先 2

関所を抜けると活気ある町の風景が広がっていた。

一見して遠くで戦争が起こっているとは思えない情景にも、目を凝らせばいたるところに気づくものがある。一番は、店頭に並んでいるものの少なさだろう。


常時なら物が溢れかえっているはずの店内は、程よく物が見渡せてしまう。

陳列にも余裕があり、売っているものが雑多な生活用品でなければ、上品なブティックかと勘違いしそうである。海も遠い地だからか、はたまた戦時中で運送路の確保が困難なのか、海産物屋に至っては店じまいをしている始末。

それでも、旅の要所として数えられるうちの末端に名を連ねているこの町は騒がしかった。


「なあ、正直どう思うよお前?」


そんな活気ある街道を、戦争が始まってから珍しくもなくなった傭兵風の二人組みが歩いている。

一人は赤茶けた短髪に襟足を伸ばしたひと房を赤い紐で括っているおり、着くずした服の上からでも盛り上がる筋肉が分かる。


「あ・・?」


隣を歩く男は反対に、一見して細身。傭兵と言うよりは良いとこ育ちなスマートなさわやかさを感じさせ、青銀のゆるく波打つ髪を黒紐で括っている。

背丈は隣の男にわずかに及ばないながらも低いほうではない。

堂々とした歩みには自信が感じられ、見た目どうりの優男でないことがうかがえる。


「怪しくないか?」


突然の前後の脈絡も無い言葉にはこう返すしかない。


「何が」


「あのひとだよ」


「あのひと・・・」


固有名詞の出てこない話に興味は湧いてこない。

なので、相棒役の話にも上の空で応え、周囲を見渡してみる。

5件先の服飾店の入り口には、援護すべき仲間の偽りの姿。商人風の5人組が見えた。

軒先に下げられた女物の羽織、入り口から見えるところにあるキラキラした物は装飾品か。中心にいる若い男が手にとって見ていて、横で父親風の男が何かを話している。

若い男はそれにうなづきを返しながら次々に手に取る品を変え、店内へ消えていった。


「・・・・」


父親風の男は続いて中に入り、後には護衛だろう男が付き従っていった。

だが一人だけ残された男は、ポケットに両手をいれ、下から見上げるようにうろうろ歩いており、不審極まりない。


「おい・・・きいてんのか?」


・・・あ、唾を吐いた。

その上、店に近寄った若い青年を威嚇している。

青年はおびえたのか、後ずさり・・・小走りで逃げていった。


「おい、見すぎだ!目をそらせ!」


逃げていったのに満足したのか、背中に向って指を突き立てている。

・・・・最悪だ。

────あいつは偽装中だと言うことを分かっているんだろうか。自分の役割とか。

ある意味、騎士には全く見えないと言う点で完璧なる偽装なんだろうか・・・。

考え込む男の隣で、注意にも反応しない相手に痺れを切らした相棒は、突然見つけた物珍しいものを見せたいというフリをして、身体ごと強引に向きを変えさせた。


「ああ・・・すまん。あんまりにもの奴の演技が不審すぎて目が離せなかった」


向きを変える際におかしくない程度に小突かれたわき腹。

痛みはない。

無いからこそ今見たものが消えない。


「あいつ・・・馬鹿か。やりすぎだろ」


掲示板に張ってある募集要項に目をとおすフリをしながら、思わず漏れた溜息。

なんだか疲れた気がする。


「・・・ニルスか。あいつ悪ぶってると言うか、不良に憧れてたらしいからなあ・・・義賊とかなりたかったらしいぜ。親に泣いて反対されてやめたらしいけど」


「義賊って不良と関係無くないか?」


「あいつの考えることだからな。よくわかんねえよ」


「確かに・・・」


見てくれだけなら好青年風なだけに、その考えが勿体無いと言うか、ついつい可哀相な人を見る目で見てしまうと言うか。つまりは少し変わった考えの持ち主だと云う事で。

騎士としての能力は十分なだけに、頼むから喋らないでくれと言いたくなる。

道を逸れずに今の彼があるのは、両親と周囲の多大なる苦労と、努力の成果であることは間違えない。


「ところで、何の話だった?」


衝撃的光景に目を奪われて、話を聞いていなかったことを正直に告げ、続きを促す。

両腕を組み、視線を掲示板から逸らさずに会話している二人は、他者から見れば請け負う仕事を相談しているように見えるだろう。


「いや、エミのこと。なんか誰も何にも言わないから言いづれえけどさ、実際怪しいよなあ?って思うわけだよ。世話になったけどな」


物々しい戦場に突如として現れた彼女。

彼らがあの地獄に取り残された者達を一人でも多く助けるためにむかった場所には、そぐわない存在。

兵士以外の姿がおかしいと言うのではない。

戦場となったとはいえ、偶然に紛れ込んだり、死んだ兵士達の遺品や防具を略奪するものも現れる。悲しいことだがそれを生きる糧にしている人々もいるのが事実だ。

戦争によって生きる場所を奪われたひとや、働き手の家族を失い生活が立ち行かなくなった人たち。賊やごろつき等、闇の商売に手を染めているものがほとんどだろうが、中には少なからず間接的戦争被害者も存在する。

が、話題の人物はそのどれにも当てはまらない。

全く異質であると断言できるのだ。

今まで見つけた通りであるなら、発見時もっと衣服が乱れていても良かった。いや良くは無いがそれが常だった。男をみて脅えたり、逆に縋ってきても可笑しくない。

こちらの正体を知ったなら、媚びすがり付いて助けを求める。

散らされた花・・・・それが荒んだ戦場での女性であったはずだった。



・・・・これまでの彼女の姿が蘇る。



初めて見かけたのは、血と怨嗟が漂う戦場で、誤解によって射られ倒れた姿。


その日の夜に聞こえた隔離された馬車から聞こえた悲痛な叫び。

翌日に前夜の欠片も見せない、傷の手当てをするときの優しい声掛け。

遠慮する男達を取り押さえ身体拭きを強行した時の力強さ。

夜襲を受けたときの心をどこかに飛ばしたような血塗れの様子。

誰もが、もう見ることは無いと思っていたエル・フレミクを見つけたときの他意の無い子供の瞳。


物知らずかと思うほどに、様々なものを知らないくせに、妙に達観していて、強がって一人で立とうとする。離れたところからしか見ることは無いが、それでも分かることはある。

たとえば、血に塗れることになった後から肉類の類を口にしなくなったとか。


怪しいと思えることは数限りない。

だが警戒すべきかとか、信じられないかと聞かれると、そうではない。

結局のところ、


「大丈夫じゃないか?

 あの人に俺達をどうこうできるとも思えない。何かあったらその時に対処するってことで」


この人数の騎士たちに囲まれて行動を起こせるほど強くは無いだろう。


「まあなあ。怪しいちゃ怪しいけどこう、なんだかなあ疑いきれねえんだよなあ」


「その為にフォルさんも付けてるしな。俺達が出来ることなんて無いさ」


上の意向や考えなど、もともと傭兵の自分に分かるわけが無いし、隣にいるキリアスにはもっと解らないだろう。キリアスはそんなに思慮深くない、肉体派特有の本能で生きる男だ。

本人は気づいてないかもしれないが、疑いきれないと言っている時点で信じていることになるも同然で。

裏切りが日常であった傭兵時代があるからこそ、上辺をいくらでも偽装し親しげに話しかける裏で、つぶさに、少しの見逃しも無いように観察を怠らない自分とは違う。


───今がどんなに信じられても、次の瞬間には背を翻すことが人には出来るからな・・・。

  心底の信頼は出来ない。警戒は怠らない。


無く喰わぬ顔で日ごろから話す方である自分達がこんなことを考えていると知ったら、彼女は傷つくだろうか。それとも、しょうがないと言って諦めるのだろうか。



視界の端で動いた目標に、ヴェンターは気持ちを切り替える。


「行くぞ。目標も移動した」


物資と情報の補給と言う目的を無事終えるために。







****







この間から、少しずつ悪くなっていることを自覚していた。

早く対処しなければと思うと同時に、どこかできっと良くなるだろうと楽観視していたのだ。

けれど、それももう限界が近づいている。

荷を持つことはおろか、動かすことも辛くなってきているのだ。

痛み止めを飲む間隔も近くなり、思考が鈍くなっている。


自分を支えるのは自分しかいないというのに。


足手まといにはなれないというのに。


トイレだと誤魔化し、離れた場所で見た傷は周囲が赤くなり、膿んでいる。

触ると熱を持っていることがわかり、痺れたように感覚が鈍くなっている。


清潔そうな布を選び、消毒薬を浸し、傷を抉る。

「・・・・っ」

そうして軟膏を塗り込め、新たな布を当て、包帯で巻く。

残り少なくなった痛み止めをまとめて口に放り込み、嚥下する。


目を閉じ、大きく息を吐くと少しは楽になって来たように感じた。

あと少しこの場所で時を過ごせば痛み止めも効いてくるだろう。


誰にも言えず、こんなところで治療し、耐える自分がたまらなく悲しかった。

いつに無く孤独だった。


滲んでくる涙を歯を食いしばることで止めた。

まだ頑張れる。

一人で立ち上がれる。


いつものフレーズを口ずさみ、樹に背を預けると怪しまれない程度の時間を過ごすと痕跡を埋め、その場を後にした。





遅くなり申し訳ありません。


本編2011年第一作目でございます。

読んでいただきありがとうございました。


これからもよろしくお願いいたします


                 かりんとう

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