Ⅱ-20 道中 2
長らくお待たせしました。
「ガウェインって、騎士のことっ、フォルさんは、・・・知っていますか?」
有限実行。決めたことは早く行動に移すにかぎる。
「何だ、何かされでもした?」
行軍を開始して、早一時間くらいだろうか。
歩きながらの会話は慣れない身体に負担が大きい。
が、他に質問を切り出す機会もなく、全員が動き小さな会話など注目されない今が、一番切り出すタイミングに良いと思ったのだ。
おかげで、息は上がる一方なのだが・・・
前を進むセディオンの少しだけ華奢な背中を見つめる。
後ろで交わされる会話を聞いているのか居ないのか、揺れる様子も、聞き耳をたてているのかも一見しただけでは分からない。
旅慣れない身を補助し支えるためか、監視するためか、エミのすぐ後ろを時に手を貸しながら進むフォルの存在を強く感じながら言葉を続ける。
「いえ・・・ちょっとだけ。一昨日まで見かけたことが無いような気がして。
殿下とも親しいようでしたし」
ガウェインに言われた内容は話すことはできないため言葉を濁して伝える。
言葉のニュアンスだけで分かってくれれば良い。
きっと内容を聞かれても誤魔化すか、嘘を伝えるしかない。
正直に全てを話した初めの頃とは違う。
自身の足場の不安定さに気づき、警戒するということを思い出してしまったから・・・。
周囲を無条件に信頼できないことは寂しいことだろう。
自分を助け、優しくしてくれる他人に隠し事をするのは失礼なことだろう。
罪悪感はある。
それと同じくらいに保身を望む気持ちも。
内容から少しでも不信を抱かれないためには、内容を明かさないほうが良い。
私の存在の不自然さに気づかれないように。
始めの尋問での内容を知っているのは殿下と、あの場にいた二人だけ。
未だに話が広まっていないということは荒唐無稽な話として信じてもらえなかったか、真実を確かめるまで秘めているかのどちらかだろう。
もしそのどれでもないのなら・・・・・・いくら考えても、人を束ね、率いる立場の人物の考えなど分からない。
「ガウェインか・・・詳しいことはいえないが、殿下が直接雇い入れている騎士だ。一昨日まで隊から離れて別の任務についていたらしいからな。見たこと無くても不思議じゃないだろう」
「殿下の直属・・・。正式な騎士じゃないんですか?」
「ああ。前歴を知るものはあまり居ないだろうな」
前歴を知られていない殿下直属の騎士。
内向きの命を受け行動することもあり、尋問にも参加する。
・・・・怪しすぎないだろうか?
雇われた背景に謎が多いのももちろん、殿下との距離の近さも不審極まりない。
「出来ればあまりかかわらないほうが良い。まあ、普通にしていればかかわる機会も少ないだろうが」
フォルから見ても危険な香り漂うということか。
助言はありがたい。
異世界人のエミにこの世界での『普通』が分かっていたならば、ためになる言葉として、即座に対策をねっている所だ。
残念なことに、この世界のことなど何一つ分かっていないのが現状で。
もどかしさが募る。
誰かに頼らなければ生きていけない今の状況に、何も出来ない自分の不甲斐無さに。
弱いばかりの、恐怖心の消えない自分の心に。
「大丈夫か?」
フォルが後ろに位置することは幸いだ。
今顔を見られたら気づかれてしまう。
不安と心もとなさを現した表情に。
手を差し伸べられたら縋ってしまうだろうただの女に。
「大丈夫ですよ。体力には自信がありますし、フォルさんの言うとおり気をつけますね」
殊勝な台詞で自分を偽り、弱い自分を奥底に押し込める。
弱いだけでは生きていけない。
弱さに気づかれ、手を差し伸べられたら、一度でも縋ってしまったなら・・・・きっと一生自分の足で立ち上がることは出来ないだろう。
何も知らない世界で唯一の縋るものを見つけたとき、その為に生き、その人だけを待ち、その人が全てになる。
失うことは世界の破滅を意味し、日々が失うことへの恐怖との戦いとなるのだ。
失わないためなら何でもしてしまう。
自分さえも差し出して・・・・・・。
そんなのは御免だ。
狂っていくのが目に見えている。
何より自分に嫌悪するだろう事は確実で、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、こわい。
頭を振り、暗い想像を振り切る。
今考えることじゃない。
ともかく
係わるなという限り、これ以上の情報はフォルからは望めないと考えていい。
これ以上ガウェインについて話を突っ込めば、不自然に思われるかもしれない。
ひとまず敵についての情報を諦め、この世界、この国の常識を得ることに専念しようと思った。
後になって気づくことだが、この時フォルはガウェインのことを知らないとは言わなかった。
聞きたそうなエミに対し、『あまり知るやつはいない』と言葉を濁し、それ以上聞かれないように話の方向を逸らした。
まだ関わる様になって間もないが、従順すぎるほどの態度で、知る限りの女性なら誰もが根を上げるこの状況において、一言も弱音を吐かない二つか三つ年下の小さな彼女がその神経を張り詰めているのがよく分かったから。
血生臭い出来事になどであったことが無いだろう事は、抜き身の剣をどこかおびえて見つめる視線でよく分かる。
逃げないし、見えるところでは泣きもしない。
小さな身体で精一杯耐えているだろう彼女に、進んで危険と向き合うような真似をして欲しくなかった。
兄弟などいたことも無いが、妹のように感じているのかもしれない。
殿下には城に着くまで責任を取れといわれたが、言葉の裏に守ってやれといわれた気がしたのもある。
──────そういわれたと自分で思っておきたいだけかもな・・・
もう前を向き、遅れないように歩を進める背中を見ながら、フォルは苦笑を漏らした。
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朝早くに出立したため、大分歩いたと思われる今も、陽は高く、頭上に燦然と輝き存在を主張していて、身体を動かしているのもあり、暑いくらいの陽気だ。
朝、今後の行動について直接王都に向うのではなく、一つの街を経由すると説明があった。
捕虜から得た情報で、このまま王都へ行くと狙われる可能性が高いのだという。
王族が死地から生存者を連れて帰還することの何が悪いのか、何処に狙われる危険が潜むのか、全くもって理解できない。むしろ、国を挙げての大歓迎になるのではないのか───。
ただ前を向き、ひたすらに歩き続ける時間は話し続ける余裕こそ無いが、単調さに慣れるといろんな考えがめぐってくる。
街に向うという事で、歩き続けた山道から街道へと道が平坦になり、余裕が出てきたのかもしれない。
─────あ、ちょうちょだ。
横からひらひらと煌めく燐粉を撒きながら、一匹の色鮮やかな蝶が飛んできた。
独特の軌跡を描きつつ、ゆらゆらとゆっくり近づいてくる。
それはどこか場違いで、優雅な時間。
ゆらゆら、ひらひら。
─────この手にとまれ
冗談交じりで手を伸ばす。
足は止めないまま。
止まらないのを承知の上で。