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Ⅱ-18  束の間の休息  3


中盤から、少し残酷な表現が入ります。




この世界に来てから6日目。




どんどん軽くなる医療用バックを抱えて、各自の職務をこなす騎士達の間を巡る。


初めはセディオンに呼んで貰っていたが、一番役に立たない自分が行った方が早いだろうと思って荷をまとめて回診のような、出張診療をやっている次第だ。

何かとやることがある騎士達には、これが思いのほか好評だったが、陽が真上に来る頃には全員を廻った上、汚れた包帯などの洗濯も終わっていた。

セディオンも回診をしだした頃から、彼の持ち場に戻ってる。

そういえば、いつ出発するのだろう・・・。

昨夜の戦いでの疲労があるかもしれないが、そもそも急ぐためにあんな夜中に野営地を出発したのに、いまだ動く気配が無い。

それとももう危険は無くなったと言うことか。


───誰かに聞いてみようかな


自分のすることが無いというのがどうも落ち着かない。

何も考える暇が無いくらい忙しいほうが、夜もきっとぐっすり眠れるし、朝が来るのも早いだろう。

そうして、あっという間に日々が過ぎ去れば昨夜の記憶も、同じように風化していく。



全員合わせても14人の隊は、今その周囲に9人しか見えない。

殿下、ラウール、ディーンともう一人は洞窟の中にこもっていて、なぜか中は立ち入り禁止。

フォルからは、人が出てくるまでは近づくこともいけないと注意されていた。

不思議に思ったけれど、どうして・・・と聞くことは躊躇われた。

何でも、なんでなんでということが子供みたいに感じたし、自分が聞いて良いことなのか分からなかったのもある。

そのときのフォルの雰囲気がエミが理由を知ることを拒んでいたように見えたのかもしれない。

実際、洞窟内では今捕虜の尋問中で、最悪拷問も辞さない。など、昨夜のエミの状況を知る者には告げにくい真相。

そもそも、女子供に知らせるような内容じゃないのだ。

尋問や拷問を喜ぶ人間などごく少数だろう。

騎士達だって本当は、何もなければしたくない、しなくて良いことで、それについては時代や、環境がそうさせるのかもしれない。

ヒトには生まれる時代や、状況は選べない。

後悔してるとか、後ろめたく思っている訳ではなく必要に駆られた結果だった。





先の戦いで目減りした医療品のこと、薬品のこと。

ラウールが目の前にいたら、医薬品の補充について話せただろう。

後になってしまっても、姿が見えたら相談しなければいけないと思う。

エミ一人では、薬草など分かるはずもない。

分かれば暇な時間を見つけて、薬草集めに勤しみ、隊の役に立てただろう。

ひとり手持ちぶさたで、気まずく思うことも無かった。


────こんなことなら薬草少しでも勉強しておくんだったな


いくら病院づとめだ、看護師だ、医療従事者だといっても、所詮薬剤師ではないし、アウトドアに精通していたわけでもないわけで。

そもそも薬といった形で販売をされている日本で、薬草の知識に詳しいものなど早々いない。

まあ薬草に精通していたとしても、世界そのものが異なるところで、その知識が役立ったかどうかは疑問だが・・・・。


荷物に近づけないため、荷の整理は出来ない。

手当てはもう全員にした。

洗濯も済んだ。

食料を探しに遠くへ行く・・・・・結果的に迷い、迷惑をかけそう。

食事の準備を手伝う・・・・さっき食べ終わったばかりだ。



考えれば考えるほど、立ち尽くしてしまう。

世間話をしようと出来るほど、ほのぼのした状況じゃない。


───────恥を忍んで、誰かに尋ねよう。それが一番だよね。


何もできないよりも。



考えを改めたエミは、一番近くに居た騎士に狙いを定め、近づいていった。







***











太陽が真上に昇ったせいで、入り口からの陽光が微かにしか届かない洞窟の奥は、昼間でも薄暗く、ひんやりとしている。

そこに、姿の見えない4人はいた。






「全部話した!!開放してくれ!」



「おいおい~本当か?何にも知らずにただ頼まれただけだって~?」



そんな中でも、一人飄々とした態度で薄笑いを浮かべた騎士が、足元に転がった二人の男を足蹴にしながら話していた。

足元の二人は、全身が泥に塗れたかのように汚れており、両手両足がくくられていた。

一人は暗い表情を浮かべ、顔には涙や鼻水の後が浮かんでいる。もう一人は少し苦悶表情だが前に立つ男を全身で警戒している。対照的な二人だ。

同じ山賊風の格好なのに、なぜか涙した男の靴は上等なもので二人のちぐはぐさが際だっている。



「お前、まだ言ってねえ事があるんじゃない?早く吐いちまえよ。義理立てするなんざ馬鹿らしいぜ?お前はこんなに苦しんでいるのに、命令したやつは今頃悠々自適生活、こんな状況知りもしねえだろうなあ。お前がここで死んじまっても、痛くも痒くもないだろうなぁ。吐かねえんなら、ここで朽ち果ててみるか~?」



言葉と同時に男の靴の下にある指2本が、鈍い音を立てて、曲がった。

その上、無事だった残りの指にも攻撃の手が伸びる。



「ひいっ・・・!?」



「指一本ずつ逝ってみるか・・・眼でも良いぜ。耳にするか?舌が無くても生きていけるらしいぜ~」



どこか軽薄な口調と、話す内容の残酷さが相まって、なおさら恐怖をあおる。

しかも、表情は薄笑いなのに、眼は全く笑っていない。

それを向けられたなみだ目の男の表情は、引きつり蒼白になってきている。

混乱した頭で、敵のはずの周囲に、思わず助けを期待した目線を向けるが、もちろん誰一人として反応はしない。

この尋問が始まった当初から、しゃべっているのはこの男一人で、皆静観している。

目の前の男は、オカシイ。なみだ目の男の基準から言えば、狂っているといっても過言じゃない。

だが、それを平然と観察する周囲の騎士たちの態度が、この狂った男が何をしても動じない態度が、なみだ目の男の恐怖をなおさら煽り立てるのだ。



「脅しだっ。しゃべるな!」



同じように横に転がされている男が叫ぶ。

叫ぶが・・・男の右手の甲には剣が刺さり、男を蝶の見本のように地面に縫いとめていた。

額には痛みのためだろう脂汗が浮かんでいる。

だが、眼には力がある。諦めない、屈しないという力が。


それを横目で見たなみだ目の男は不思議でたまらなかった。

初めは隣の男が剣で刺された。しかし、何も話さなかったため、その後はずっと己に攻撃が集中している。


───あいつも痛いはずだ・・・・だがそれは最初だけだ。後は全て自分が被害を被ってるじゃないか


現に自分の左の指5本全ての爪には拷問の後が刻まれている。

皮膚と爪の間に針を刺され、小指と薬指は折られている。

苦痛に慣らさないためか、少しずつ、もったいぶるように、絶え間なく新たな痛みが刻まれる。

それも自分だけに。


目の前の男が、これ以上をしないという保証はあるだろうか。

これが脅しだと、口だけだと言う保証は。


目の前の男の言うことが段々正しいように思えてくる。

自分だけがこんなに苦しくて、痛くて、理不尽な恐怖を味わっている。


─────あの・・・は、今も何も無かったように過ごされているというのに!!



「全てを話してしまえば楽になれる。俺は約束を守る男だ。けっして嘘は言わない。治療もしてやるし、飯だって与えてやろう」


今まで静観していた男の一人、一番体格の良い男が耳元でささやく。

低く絞った声で、ゆっくり言い聞かせるように紡がれた言葉は、酷く優しく聞こえる。

耳のほうへ振り向けば、誠実そうな表情があり、『俺がこいつを納得させる。手をださせはしない』と続けられた言葉に、救いの光を見た気がした。



「わ、私は死にたくないっ!!助けてくれっ!!」



やっと現れた、たった一人の味方。

待ち望んでいた救いの手。



「全てを話すか?」



「話すっ。何でも洗いざらい喋るっ。助けてくれっ!!」







男は知らない。

全てが仕組まれていたことを。


捕虜となって一晩放置されたのは、一度助かるかもと思わせることによって、次に来る絶望をより深く感じてもらうため。放置された時間が長ければ、その間様々事を想像するだろう、助かることも、最悪の事態も・・・・。

まず違う相手から痛めつけたのは、視覚による衝撃を期待して。

その後なみだ目の男だけを責めたのは・・・・履いている靴のせいだった。

山賊荷に合わない高級な靴は、男の裕福さと、変装の詰めの甘いところからは緊迫した状況になれない者、つまりは苦痛に慣れていないということを教えてくれる。

そして、裕福な苦痛に慣れていないものは、痛みに、恐怖に総じて弱いものだ。

一番に戦いの場から逃げようとしたことでもそれは伺えるし、結果的にその通りだと証明された。


周囲を閉鎖的空間にしたことで逃げ場を無くし、縛り、転がすことで自信の不利を、立場の弱さを強く脳裏に刻ませる。


ガウェイン一人に尋問させ、ディーンが救いの手を伸ばす。


一度光を、逃げる道を見つけてしまえば、それに必ずすがりつく。


後は何もしなくても自分から全てを話すのだ。



もう一人の男も、身動きが取れなければどうしようもない。

口だけでは、他人を実際の苦痛と恐怖からは救えない。

しかも、自身が縛られていては説得力などかけらも無いだろう。




こうして明らかになった情報は、必ずしも良いものではなかった。


隊は更なる帰還の遅れを迫られることになったし


大きな計画の変更に、方針はなかなか決まらず・・・。




結局、2人がディーンの言ったように治療と、食事にありつけたのは夜も深けた頃だった。






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