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Ⅱ-17  束の間の休息  2




確か眠った時にはそれは居なかったはずだ。


しかし、今その背には温かなぬくもりが張り付いている。


正確に言えば、しがみついていた。







限られた洞窟内では、王族だからといって、特別な寝床は用意できないし、望んでもいない。

だからわずかな見張りを除いた全員が同じように眠りに付いたのだ。

ディーンやラウールの意見もあり、洞窟の一番奥近くに身体を横たえたが、彼女はもっと離れた場所にいたはず。



握り締めた手の中にはしわくちゃになってしまた上着があり、頬が押し付けられている場所は湿った冷たさを訴えている。

昨夜は血みどろで異臭を放っていた身体はいま、石鹸の香りを纏い、何処にも戦いの名残は無い。



「よほど怖かったんですかね。泣いた痕がある」



不意にかけられた声のほうを見れば、一人の騎士がこちらを覗きこんでいた。



「おはようございます殿下。ラウール様から起こしに来るようにといわれたんですが、大丈夫なようですね」



ひょろりと伸びた背をかがめ、引きつった傷に片目を半分閉じている男。

短く刈り込んだ灰色の髪に青灰色の瞳。日に焼けた肌。見るものが見れば、実用的な筋肉の付いた身体だと分かる。



「ガウェイン・・・。これはどう云うことだ?」



「そんなことを言われても。見たまんまなのでは?戦いに傷ついた女性が、寝ぼけて一番近くに居た殿下のぬくもりにすがりついた・・と。男冥利に尽きますねえ」



こちらの問いに小首をかしげ、へラッとした笑いを返してくる。

答えにもなっていない答え。

─────まあ、もとより答えなど期待していなかったが。



「そのままことに及んでも俺は黙っていますよ。何なら協力しましょうか~?」



「ふざけるな。ラウールにはすぐ行くと伝えろ」



─────尋ねた相手を間違えていた。


軽薄を現したようなしゃべり、普通の貴族・増して王族なら不敬だと怒りを露にする所だが、登用したのが自分であるだけにそれも言えない。

戦いの技それだけを見れば、あれほど使えるものも珍しいというのに。

戦うために生まれた者というのは、あの者のようなことを言うのだろう。と始めてみたときには思ったものだ。どんな逆境に落ちようが、半笑いを浮かべ、楽しそうに戦う男。

戦いの中にしか生きる意味を見出せない者。



「この嬢ちゃんでしょ。昨日殿下が血の海に突き落としたのは。泣きも叫びも、狂いもしなかったって聞きましたよ。ふふっ、本当はどうか知らないが、この涙を見る限り相当な強がりってとこですかね」



すぐに去るかと思われた男は、何かに誘われるように背後に目を向け、興味があるというそぶりを隠そうともしない。

物の好き嫌いが激しく、己の興味があることにしか気持ちを裂かない男がだ。



「・・・・何が言いたい」



「いえ。ただ面白そうだな・・と。初めは興味のかけらも無かったんですがね。ただの悲劇の中でけなげさを演出する女狐かなあと思ってたんすが。なかなかに違うらしい。女が一丁前に弱音も吐かず、素面じゃ涙も見せねえときた」



あまり集団行動にむかない性質と、自分が個人的に雇い入れたものであったから、男には隊から離れた役目を課していたのに、いったいいつそんな観察をしていたのか。



「泣き喚いたり、足手まといになるようなら、こっそり斬って始末しちまおうと思ってたんですが・・・このまま生かしといたほうが楽しそうですね」



後ろ手に庇い、捕食者の瞳から隠すように身をずらす。

警戒した眼に気づいたのかガウェインは、『冗談ですよ』と笑い、背を向けていった。




入り口から差し込んでくる日差しは、すでに夜が明け切り、昼近いことを知らせる。

意外なほど良く休めた。


まあ、今のやり取りで若干疲労した感じも否めないが。

それでもとどめの戦いで疲れたせいか、若さ故か、しがみつかれた事に気づかないほどに休息をむさぼった身体は、体力の回復と、空腹を訴えていた。






***






起きて見た景色は昨日の雨が嘘のように晴れ上がっていた。



セディオンによると、朝方にもう一度激しく降ったという雨が、戦いの名残を流し去っている。


辺りにはわずかにこげた臭いと、癖のある草の臭いが漂うくらいで、出来ることなら昨夜のことを夢だったということにして忘れたいくらい。

夢だとしたら、とても、とても怖い夢。

でも夢なら声に出せる。こんな変てこな夢をみたと、笑い飛ばせる。

本当にそうならどれほど良かったか・・・・

だが、あの赤は鮮明すぎて、安易に夢だと誤魔化し、忘れることなどできそうに無い。


一晩眠ったくらいでは、何も変わらないのだ。


細かな全てを記憶しているわけではない。

混乱していたし、衝撃を受けすぎていたから。

かといって、全てを覚えていないわけではない。



人の命が失われる瞬間。



元の世界に、日本に居たならば、決して見ることも無かったであろう瞬間を。







「セディオン、他の怪我した人たち呼んできてくれる?ラウールさんが他の事で手一杯みたいだから、私が診るからって言って」



頭の中ではまだ混乱も、ショックも、ダメージさえ生々しく残っている。

しかし、表面上はそうと分からないほどに繕われており、医療用具片手にテキパキと動くさまは、急な旅立ちの前と変わっていないように見えた。



だが、セディオンにはそれが無理をしているように感じられたし、実際のところその通りで。

自分を救ってくれた女性ひとの力になる覚悟はあったが、本人はそれをさせてくれそうも無い。

何も無かった・・・そう本人が振舞うのに、弱音を吐いてくれと自分から言い出せるほど青年は場数を踏んでは居なかったし、その人のことを知っているわけでもなかった。


結局は、頷いてその言葉どおりに動くしかないのだ。




エミは青年の物言いたげな視線に気づいていた。

気づいていたが、あえて無視していた。


今は自分を支えるのに精一杯で、他人のことを気にかけられる余裕がない。

悪い言い方をすれば、ほおって置いて欲しかった。

青年が心配してくれているのは分かっていたが、自分より遥かに年下の子に頼るつもりは毛頭無かった。


実は逆で、もし相談したいことがあったのなら悪かったが・・・。



──────もう一晩だけ待ってね。そしたらもっと上手く振舞えるから。


まだ新しい心の中の出来事も、もう一度眠りという癒しがあれば、非日常という忙しさに流され、頭の片隅に押し込んでしまえるだろうから。



頬の傷も髪に隠れて見えない耳朶の傷も、今は乾いて血も滲まない。

きっとこのまま時が過ぎれば、何事も無かったかのように消えてしまうだろう。


今、自分が辛いのは誰かのせいでもない、しいて言えば自分の弱さのせいで、周囲に気を使って欲しくなかったし、これ以上の足手まといにはなりたくも無く、またなる気も無かった。



これからも行軍は続く。


確かな一歩を踏み出すために、自分の弱さを露呈するわけには行かない。

そして、自分にはそれだけの強さがある。



このときの彼女はそう思っていた。





なかなか状況が進みませんが、説明文に主人公の生きる話と銘打ってますので、ご了承ください。

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