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Ⅱ-17  束の間の休息







脳裏に浮かぶ残酷な瞬間。




始めてみる人が殺されるその時を



恐慌にとらわれていた私は良く覚えてはいない。




病院でたくさんの人の最後を見取ってきたけれど、



それとは全く違った人生の終焉。



やらなければこちらがやられる。


そこには殺意も憎しみもなく、ただ生きようとした結果があっただけで


だれも責められるものではない


少なくても、何も知らないただの足手まといの自分に言えることなど無い。



だから平気な振りをする。


忘れた振りをする。


目の前のことだけを考えて、自分に求められた役割を演じる。



人一人、いやもっと数え切れないほどの命が、この短い期間で失われてきたのに


それが一緒にいた騎士でなくて良かったと、


自分でなくて良かったと、


心のどこかでおもっている私に


泣き喚く権利など無いのだから。













***









「エミ。大丈夫ですか?」



濃厚な血生臭さが、やっと薄れてきた頃長く待たされることに心配になったのかセディオンの気遣う声が聞こえた。

洞窟の奥、いつの間にか横たわっていた私にラウールが渡してくれた布と石鹸を持って、セディオンが用意してくれた水で、今私は身体を清めている。


隊のみんなからは少しはなれた岩陰で凝り固まった血を少しずつ流していく。

その後に石鹸で洗いなおすと、水はあっという間に濁りを浮かべた。



「大丈夫。もうすぐ終わるから」



一人になるのは危険だと、護衛代わりにセディオンをつけられたが、身体を洗う間中近くにいられるのは少し恥ずかしいし、申し訳ない。


洞窟では、何人かの騎士が火を熾し煮炊きを始めている。

食欲をそそられる臭いがさっきまでの殺伐とした空気を吹き飛ばす。



岩場の辺りは不思議な、蚊取り線香のような臭いと、何かが焦げたような臭いが立ち込めていた。

雨は止んだらしい。


遠くに虫の音が聞こえる。



空を見上げると、あんなに酷く降っていた雨が嘘のように、雲の切れ間から星の輝く夜空が覗いていた。

月は随分大地に近い。

まだ空は少しも日の出の気配を感じさせないけれど、夜がその役目を終えるのもそう遠くないだろう。



袋の中の汚れた水を流し、身体を拭く。

血の臭いは消え、心は不思議なくらい凪いでいる。



「ごめんなさい。戻ろうか」



荷物を抱えた腕からすかさず重みが消え、先を進まれる。

本当にこちらの人はフェミニストが多い。

それともこの子が特にそういう風に育ったんだろうか。


10も歳が離れると、気分はもう姉を通り越して母親だ。

迷惑かもしれないが、ほほえましく見えてしまうし、少しのことが心配になる。

まあ、最初の出会いが出会いだったからそう感じるのかもしれない。


今は軽い麻のような服一枚の背中を見ながらそう思う。

お尻の半ばまであるシャツに、腰を紐で締めた柔らかそうなズボン。

この世界の人がそうなのか、この国の人の特徴なのか、それとも騎士になる条件に身長があるのだろうか、皆一様に背が高い。

そして、腰の位置が日本人には絶対に無い高さ。



「ああ、綺麗になりましたね。じゃあ傷の具合でも見ましょうか」


洞窟入り口ではラウールがスープの入った椀を持って待っていた。

暖かい湯気と、優しい香り。



「どこか痛むところがありますか」



優しい気遣い。


「頬と右耳が少し切れただけなので手当てしてもらうほどじゃないです。もう血も止まっています」


頬にかかる髪を耳に掛け、傷口を診せる。

傷はまだぴりぴりと痛んだけれど、これが何だというのだろう。

みんなの傷に比べればただのかすり傷。


「そのようですね。ですが仮にも女性が顔に傷を残すのはいただけません。軟膏を渡しておきますので一日に2・3回塗ってください」


そういうとラウールは軟膏と、その手に持っていた椀をくれた。



セディオンも、周囲のどの騎士も、顔に腹を満たす喜びが浮かんでいる。

体力が要求される行程において、食べることも重要な仕事の一つ。

手の中の暖かな椀に口をつけ、一口、二口。


《お腹、空いてないんだろうか・・・》


湯気の出る鶏肉のスープは本当に美味しそうなのに、半分ほど口に入れるのが精一杯だった。

食料が貴重なことは分かっている。

けどそれ以上飲み込むことが出来ない


《環境によるストレスかな》


昔からストレスが胃腸に反映される性質たちだった。

これまでを考えればしょうがないのかもしれない。


胃が締め付けられ、口の中が苦くなってくる。

メインだろうどっしりと浮かぶ肉は結局諦めた。

こっそり厠を済ます振りをして、そっと土に埋めた。



残した罪悪感と、役に立たなければという気持ちから片づけを手伝い、出立までの短い休息を迎える。



ただ一人女性だからという理由で一番奥を譲られ、『ゆっくり休んでください』なんて言葉をもらう。


何の役にも立たないのだから、みんなと同じで良いのに。

むしろ、みんなのために何かが出来たら良いのだが、所詮文明に慣れきった現代日本人にできることは無かった。


真っ暗闇の中、眠る人の息遣いと愛嬌だといえるほどの鼾と寝言を聞きながら入り口近くのほんのり見える明かりを見つめる。


両手と顔に感じる暖かなぬめりと、鼻に付く鉄さびの臭い

手が、歯の根が震えるのはきっと勘違いだ。


だってあんなに綺麗に磨いた。

寒くないように掛け布ももらった。

外は虫が鳴くほど温かいはずで。


気が付かないうちに何度も両手を布に擦りつけ、身体を抱きしめるように抱える。


眼を瞑ったまぶたの裏に、あの赤が蘇るようで・・・。

もう一度洞窟の中を見渡す。

周囲は真っ暗、寝息も聞こえる。みんな生きている。


だから大丈夫。



一番身近な温かいものに身を寄せ、もう一度眼を閉じる。


確かな鼓動。


生きている証。





その日、必要な眠りは長いこと彼女の元を訪れず、ようやく睡魔に身を委ねることが出来たのは、空が徐々に明るくなってきだした頃だった。









カナルディオンの国民、騎士に限らずこの世界の人は一様に背が高いです。

男性の平均が180~185cm。

女性も平均で170cm以上あります。

エミの身長は160cmなのでここではとても小さいほうに入りますね。

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