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Ⅱ-16  激突  3

視点がころころ変わります


眼下に見える戦いは収束を迎えていた。



立っているもの、座り込んでいるもの様々だが一様に同様の外套を羽織っている。


外套は雨にぬれ、泥に塗れ、返り血でところどころが汚れており、戦いの凄まじさを想像させる。



それは目の前の騎士にも当てはまることで。



「殿下。捕虜3名、死者14名、10名ほどは逃げ延びた様です」



あの人数を相手にして、それは充分な成果だったとも言えるし、取り逃がした10名が気になるところでもある。

洞窟の入り口に腰掛け、ディーンから報告を聴いていたが、今はそれよりも味方の方が優先だろう。



「味方に負傷者は」



「何名かが重症を。ですが動けないほどの怪我ではなく死者はいません」



眼下ではしゃがみ込んでいた者も徐々に立ち上がり、冷たくなってきた死体を少し離れた繁みの中へ運び込んでいる。その先ではすでに煙が上がってきており、蛋白質独特の焼ける臭いが漂い、燃えているものが何かを知ることが出来る。

周囲では獣よけの効果のある草も燃やされ始めていた。

森の中、雨も勢いを失い、止んで来ている。

辺りには雨に流されたものの血の臭いが漂い、死体をそのままにしておけば野生の獣たちが集まってくることは容易に予測できた。

獣に囲まれることは危険が及ぶ可能性が高くなることを示しており、それを考えれば早期に原因を排除してしまうのは当たり前といえた。



「そうか・・・。皆ご苦労だった。捕虜を連れ、ここへ。今夜はこのまま休むとしよう。尋問は明日疲れを落としてからだな」



「彼女は・・・」



ディーンは戦いが終わったころ、先んじて繁みへ飛び込んだセディオンが狂ったように名前を呼び、探していたのを聞いている。

フォルから報告を受けたが、その場に殿下の姿が見えないことから大丈夫だろうと判断していた。

戦いの中、視界の端で殿下が敵の首を一閃していたのを確かに見たのだ。

無事なはずの殿下が消え、彼女もいないとなれば、殿下が連れているに違いないと確信し、フォルにはその旨を告げていた。



「エミか。奥で休ませている」



洞窟の奥は暗く、入り口からではその様子はうかがい知ることは出来ない。



「セディオンが非難させていたと聞きましたが、殿下が連れているということは何かありましたか」



「運悪く、逃げようとした賊の進路に隠れていたようだ。首を刎ねた血をまともに浴び、呆然自失していた。ここまで連れてきたは良いが、限界だろうと思って当身で眠らせている」



「・・・・これはそのときの?」



よく見れば殿下の足元に血で染まった衣類が丸まっている。

全体が赤黒く染まり、血独特の滑りを纏っていて、元の色や風体は検討も付かない。



「ああ、もう服の役割など果たしそうも無かったしな。下着を残して斬って捨て、荷の中にあった適当なのをかけている」



戦いに望む前、持っていた荷を全てこの洞窟の奥に集めていた。

今、その静寂と束の間の平穏に満たされた場所で、手足を丸め布に包まってエミは気を失っている。

確かに殿下が衣服を変えてくれたおかげで、布に汚れは見当たらない。

しかし、髪や衣服から出た手足に浴びた血潮は凝り固まり、すでに異臭を放ち始めている。

そのためか眠る眉間にはわずかに皺が生まれ、口から漏れる息は苦しそうだ。


入り口の二人はそれに気づかない。




「ディーン、殿下もご無事で。あの子はどうですか」


ゆっくりと向ってきたラウールも、その優男風の身体に見合わず剣が使えるのか、細かな傷を負ってはいても目立つ重症は無い。

その後ろから、騎士たちが洞窟へ徐々に向って来ていた。



「今、ディーンに話したところだ。奥で眠っている」


顎をしゃくり、奥を示す。

それに頷きだけの返答を返し、少し気だるそうに隊の中でただ一人の医者は奥へ進んでいった。





***





洞窟の中は雨のせいか、湿りを帯び、ところどころで水が染み出していた。

松明に照らされ、暗かった内部がぼんやりと全容を現す。

奥まで進むと荷が散乱し、その横に、こんもりとした人の形がある。

灯を固定し、かけてあった布を捲ると、暗闇では分からなかった凄まじい様相が浮かんだ。

殿下が言ったとおり、身体にかけてある布が白いだけに、その顔や手の赤が目立つ。


荷の中から医療具と包帯に使おうと思っていた布を探し、もう一度眠っている顔を見て・・・溜息が出た。

治療しようにも、何処もかしこも血だらけのうえ、乾いてきて簡単には取れないと言うたちの悪さ。

これでは一度水を汲んできて濡らした布でふき取らないとどうしようもない。


《一度起こすべきか・・・》

少し、忍びない感じもするがそれが一番手っ取り早い。

そう決心し、その身体に手を伸ばしたとき、背後から近づいてくる足音が聞こえてきた。



「ラウール様、フォル及びセディオンです。そちらへ行ってもよろしいですか」


この声はフォルだろう。

彼の騎士は長年の付き合いだというのに、ラウールが上級貴族の出というだけで、様付けや一歩引いた態度を決して崩そうとしない。



「どうぞ」



布を肩まで掛け、素肌を隠してやる。



近づいた二人はその顔を歪め、痛ましそうな表情を浮かべた。

セディオンは横にしゃがみ込み血に染まる頬にふれ、髪をかきあげる。



「怪我は・・?」


「一見酷いがな・・・ほとんどが返り血のようだ。まあ、実際は落としてみないと分からないが」



「返り血?」


「殿下が追う敵の進路に偶然隠れていたらしい。首を飛ばしたまさに真下にな」


「首から噴出する血をまともに浴びたという訳ですね」


「そうらしい」



ラウールの視線は、眠る傍らに膝を着く歳若い騎士にあった。

自身の方が傷ついたような顔をして、両手を膝の上で握り締めている。



「俺があんなところに隠れさせなければ」



そういう彼も、闘いの中必死だったはずだ。現にところどころ切り傷があり、血に汚れているし何より濡れそぼち、冷えた身体は疲れが溜まっているはず。

ただ彼女にその場に隠れるように言った・・・たまたまセディオンが居合わせたが本来誰が言っていても仕方なかった。責任など感じる必要は無い。

パッと見ただけだが、命にかかわる怪我でもなし、精神のほうはどうだか分からないが、目覚めない限り判断できないことであって、今どうこう言っても仕方が無いことだから。



「考えても仕方の無いことだ。あの場合、何処に隠れても危険はあった」



何の変哲も無い言葉。

目の前の彼には伝わっていないだろう。

責任感が強いたちなのか、それとも他に何かあるのか。


《責任を感じるのは自由だが、それで潰れてもらっては困るな・・・》


正直、ラウールには目の前で苦しむ会ってたった5日の女性よりも今後に期待を掛ける騎士のほうが大事だ。



《何かやらせていたほうが罪悪感が薄れるかもしれないな》


フォルに目線をやる。彼も同じことを思っていたのだろう。



「セディオン、エミのために水を汲んできてくれないか。こんなに汚れていては寝ていても気持ちが悪いだろうから」



洞窟内にはほぼ全員の騎士が戻ってきている。

その波に逆らって、大きな袋を抱えた若い騎士が走っていく。


あの様子ではそう時間がかけずに戻ってくるに違いない。



残った二人は少し苦笑し、その後の準備を進めた。




なかなか作中の時間が進みません。


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