Ⅱ-16 激突 2
引き続き、少し血生臭い表現があります。
降りしきる雨の中、そこだけ赤い雨が降る。
冷たい身体に不釣合いなほど、生温かい雨が。
頚動脈から噴出する血液も、徐々にその勢いを失い、膝の上のものは徐々に冷たくなっていく。
浅黒かったはずの皮膚も白くなり、人から人だったものへと変わった。
一瞬前、確かに眼が合ったのに、今は眼どころか赤黒い肉と骨の断面が見えるだけだ。
頭部は離れたところに泥まみれで転がっている。
ここまで走ってきたはずの足は、もう二度と動くことは無い。
手のひらをみて、膝を見て、
現実を見る。
「~~~~~~~~っ」
《何?何なの?!イヤ・・・イヤだ・・・・!!》
全てがわずか数瞬の間の出来事。
その一瞬が生と死を分けた。
*************
怒号や剣戟が飛び交うなか、そこには性別も、立場も、貴賎さえも関係なかった。
ひたすらに、立ち向かってくる敵をかわし、斬って捨てる。
激しい雨に抜かるんだ泥、長い行軍のための疲労という、戦いのコンディションとしては最悪な状況。
敵に勝っているものは、譲れない『帰る』という意思と、待ち伏せた分の地の利のみ。
人数は相手が勝り、体力、備えにしても、万全の備えでここに望んでいる事がわかる。
長引けば長引くほど、自軍のほうが押されるだろう。
絶対に負けられない。
王家に生を受けて23年。
生まれたそのときから、民を守り、導くものとしての教育を受けてきた。
ここで散らして良いほどの、安い命ではない。
ここで捨てられるほど、負う責は軽くない。
「ぐっ・・」
受ける剣の重みに思わず、呻きがもれる。
敵は報告どおり、山賊を装った粗野な外観のがっちりした男達だった。
当初の計画では待ち伏せ奇襲をかけることで、多少の人数の不利を補う、いや補えると思っていた。
実際に眼にしたのは予想よりも多い人数で・・・もちろん普段の万全な態勢であれば問題にならなかっただろう。それくらいの精鋭をつれているつもりだし、実力も伴っていると自負している。
日々、辛い訓練に耐え、己を、隊を磨き上げることに苦心してきたのだ。
剣の技では負けるつもりは無い。
だが、状況と対格差はいかんともしがたい。
食いしばったその顔が見えたわけではないだろうが、我が身の有利を悟った男はにやりと口角を吊り上げ、更なる攻勢に及ぶ。
この場にいる全員が剣戟を交わしていて、自分以外の助けに入る余裕は無い。
さすがにディーンやフォルなどは若干の余裕と、その優勢が感じられるが、その分多くを相手どっており、敵味方入り乱れた状態で離れた位置の攻防に手を伸ばすには至らない。
力押しで振りかざすそれは正面から受け止めるにも限界がある。
現に、彼の両手はだんだんと痺れを感じるようになってきていた。
長くは持たない。
「つっ・・!」
そのとき彼の右が泥に足をとられ、重心を失い・・・。
己の利を確信した髭の男はさらに一歩踏み込み、全体重を次の手に踊りかかってくる。
その剣が相手の血飛沫で濡れそぼつ瞬間を確信して。
《・・・これを待っていた》
「?!」
目の前から相手が消え、しまったと気づいた時にはもう遅い。
力で駄目なら、策を練るのみ。
泥に足を捕られたと見せ、片手を軸に、剣で相手の剛剣を跳ね返す。
自身を過信し、その全力を両手にこめた結果、重心が前へ傾き、開いた懐にもぐりこまれても、見事な巨体は簡単には立て直せない。
とっさに剣の軌道を変え、その反動で身をよじり、最悪の事態を免れたことは、男もそれなりの使い手だったといえよう。だがその分無理をし、横になった剣に下から強く衝撃を加えられることまでは避けられなかった。
一点に衝撃を集中させることで、攻撃力を何倍にも変え、本来なら強いはずの剣が折れる。
折れた剣先は甲高い音を上げ、繁みのほうへ飛んで・・・
「ちいっ」
形勢逆転。己の不利を悟った男の行動は早かった。
素早く身を翻し、先にある深い繁みへと逃げ込む。
しかし、それをやすやすと見逃す訳が無い。
力を振り絞り、渾身の一撃でその首を一閃した。
いたずらに苦しめないために、しくじって味方の負担にならないように。
視界の端に、フォルが敵のひとりを後ろでに捕縛するのが見えたから、捕虜は多くなくて良い。
平時ならともかく、今のこの状態で多くを捕らえることは返って不安のほうが大きくなるから。
雨脚が少し弱まったのか、胴から離れ落ちていく頭と、断面から血が噴水上に吹き上がった。
頭を失った身体が、その首を恋い慕うように、ゆっくりとくず折れていく。
だが、いつまでたっても巨体が地面に跳ねる音が聞こえない。
怪訝に思い、繁みを掻き分けた直後、
「~~~~~~~っ!!」
小さな物音と共に声にならない声を耳にし、斬る直前、男がなぜか一瞬止まったように見えた身体の、そのわけを理解した。
その姿を見た時、
一番に感じたのは、心配でも、苛立ちでも、非難させなければという使命感でも無い。
首の無い死体から逃げるように後ず去った跡。
雨に濡れたその上から、返り血を浴び、赤くないところを探すほうが難しい。
全身小刻みに震えて、歯の根が鳴っているのに、眼だけが見開かれている。
近づく彼にも気づいてはいないだろう。
何も見えていないのかもしれない。
つい、何時間か前に見た穏やかに眠る姿とあまりにもかけ離れたその姿に。
ただ────────切なくなった。
誰も知るもののいない場所で、何の因果か、彼女の置かれる状況は辛いばかりで。
それでも、今生きているということは運が良いというのだろうか・・・。
神に守られていると言えるのだろうか。
頭を振り、余計な考えを捨てる。
ひとまず、今はこの場から彼女を離す事が先決だ。
「分かるか?エミ。ここから離れるぞ」
目の前に立ち声をかけても、少し揺さぶった程度では心はこちらに戻ってこない。
《女性に手を上げたくは無かったが・・・》
そうも言ってはいられない。
バシッ
平手でも衝撃は充分だったか、やっと眼の焦点が合い彼を認識する。
それを確認すると、短く離れることを告げ、承諾を得ないまま手を引き洞窟に向かって走り出す。
本来の休息予定地である息のつける場所へ。
・・・背後では、戦いが徐々に収束へと向っていた。
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