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Ⅱ-16  激突 

少し血生臭い表現があります。





「・・・来た」



「え・・?」



灯りも無い闇の中

おもむろに懐から取り出した棒のようなもので、剣の鞘を叩く。

辺りに鈍い金属音が響き渡った。

見上げた表情は硬く、視線は岩の向こう側、未だ見えない敵を見ている。



「エミ、これから戦いになります。危険ですから、ここから決して動かないでください。もうすぐ俺も出て行くことになる」



「でも、セディオンは怪我が・・・」



先程、薬を飲ませ、包帯も換えた。

だが、怪我を負う身でこれまでの行軍。充分に戦えるとは思えない。

相手が万全であれば、むしろ怪我を、最悪の事態も考えられる。



「大丈夫です・・・とは確約できないけれど、俺も騎士です。信じてもらえませんか?それに俺よりも、戦うすべの無いあなたのほうが危険です。他人の心配よりも自分の心配をして、ここから動かないで下さいね。これだけの繁みの中なら見つかりにくい筈。動いたり、何かをしようとしないでここに居て下さい。終わったら迎えに来ますから」



言い方は易しいが、その雰囲気は反論を許さない。


心配だし、怖い。

何も知らない世界の暗闇の中、セディオンが傍にいてくれればどんなに心強いだろう。

だが自分の我侭で引き止められないし、引き止めたとしても彼は頷かない事は容易に分かる。


読んでいた小説の中では、よく主人公が無茶なことをしでかす。その多くは結果的に上手く行ったり、誰かが絶妙なタイミングで助けに入ったりする。


自分も目の前で何かあれば動いてしまうかもしれない。

声を上げてしまうかもしれない。


だが、それが上手く行くなんて誰が保証してくれると言うのだろう。

誰かが助けに来てくれると楽観できるほど、今までに見た光景は優しいものではなかったし、むしろ自分が余計なことをしたせいで誰かが迷惑を被る確立のほうが遥かに高い。

迷惑くらいならまだいい。

だがそれが元で怪我をしてしまったら?

死んでしまったら?

取り返しも付かないし、償えもしない。

自分のせいで誰かが傷つくのが怖い。この状況も怖いけれど、それよりもずっと。


それならば動かないほうがいい。

じっと息を殺して、待っているほうがいい。

待つ恐怖や雨の冷たさくらい耐えてみせる。



「分かった。ここで待ってる。声も上げないし、ここにある木々の一部のようになってみせる」



「木々のように・・・」



微妙な顔をされた。

まあ、冗談というか、それくらいの意気込みを持って臨むのだと思って。


だんだんと、エミの耳にも森の中に似つかわしくない音が聞こえてくる。

枝を踏みしめる音、剣と剣がぶつかるような金属音。

そして、人間のうめき声。



「だから、必ず迎えに来て。あなたが来て」



誰も怪我をしないで。

無事な姿を見せて。


戦いの音はもうすぐそこだ。

この繁みを抜けた場所、少し低い位置にある開けた所で誰かが戦っている。

あの戦場が甦る。

倒れ臥す物言わぬ人々。

朱に染まる世界が。


腰の剣帯から剣を引き抜き、柄を握る手。

外套も何もかも濡れそぼち、前髪から雫が伝う。

セディオンは頷くと、その背を翻し、木々を掻き分けていった。


まだ、他の騎士に比べると幾分細く、華奢な身体。

いくら大人びていても、いくらこの世界では成人しているのだと分かっていても、日本ではまだ庇護の必要な子供の年齢だ。

幾日か過ごし、人を思いやれる優しい子だと知った。

幸せになる権利があるはずだ。こんなところで命をおとしまっていいはずが無い。


絶叫が聴こえた。


命を削りあう音に、耳を塞ぎたい。

頭を過る最悪な光景が見たくなくて眼を覆ってしまいたい。

けれど今居る場所から眼を逸らさないことが、その上で無事を祈ることが、唯一自分に出来ることだから、両手を組み只管ひたすらに願った。


─────誰も怪我をしないなんてありえない。

だけど、誰一人として命を落とさずに返ってきて欲しい。


自分の知っている限りの神様の名前と、この世界の何かに向かって待っている間中祈りを捧げよう。



悲鳴やうめき声、人の倒れる音が行きかう中、徐々にその数は減っていく。

倒れたのはどちらなのか。

誰が倒れたのか。


何も分からないままただ祈り、ただ身を潜める。

それはとてつもない不安との戦いで。

とても長いような短いような時間。

雨と緊張で指先はかじかみ、歯の根が音を立てそうになる。

自分の震える音が辺りに大きく聞こえそうで、唇を噛み身体を小さく抱えてそれを制する。



《セディオンは来るって行った。殿下がみんなで王都へ帰るって行っていた。だから大丈夫。必ず誰かが呼びに来てくれる》






ガキッ



戦いから離れた位置の繁みに身を潜めどれくらい経ったろう・・・。

鋭い金属音と同じくして耳と右頬が一瞬熱くなった。

頬を生温い雫が伝い、襟元を赤く染めていく。


手で触ると痛みが走り、指先を見れば血に染まっていた。


《斬られた・・・?》


確かめようと背後を振り返るよりも早く



「ちぃっ」


舌打ちと共に見知らぬ男が向かってくる。


《逃げたほうが・・それともじっとしていたほうがいいの!?》


迷う間にも男の影は近づき、繁みを抜けた瞬間視線が交差して。


一瞬の交じり合い。

頭に布を巻き、顎鬚を蓄えた浅黒い顔に驚きと戸惑いが浮かび・・・何か言おうとしたそれは永遠に叶うこ

とは無かった。


視界一面が鮮血に覆われ、すぐさま真紅のシャワーが我が身に降り注ぐ。

暗闇で、血の色が鮮やかに見えるわけが無い。

だが命の源であるその赤は、なぜか眼にも鮮やかに見え・・・。


まるでスローモーションのように、主を失った体が倒れてくる。



抱えた膝に重みを感じたとき、少し離れたところで、ボールが落ちたような音がした。




雨と泥に汚れ、何が起こったのか判らなかっただろうその瞳は、


驚愕に見開かれ、閉じることは無かった。










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