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Ⅱ-15  王都へ 7



殿下の足取りは確かで、手足の先にまで力が、気迫が見えるようだった。


暗闇の中でわずかな灯りに照らされた金色の髪は、深みのある琥珀の様。

その足元はここにいる全員と同じように泥に汚れ、全身は雨に濡れそぼっている。

なのに、それでもどこか気品漂う佇まいは、自分と同じ人などではなく、違う生き物のようだ。

人の上に立つひと。

人を纏め、導くひと。



全員の眼が自身に向けられているのを確認すると一呼吸置いて、低いテノールを紡ぎだす。



「これより、進んだ地点で、敵を迎え撃つことになった。出来る事ならこのような事態は避けたかったし、皆も疲労が溜まっていると思う。だが、敵は思いのほか行動が早く、この先逃げ切れるとは思えない。背中を討たれるよりも、作戦を練り、待ち伏せするほうを選ぼうと思う」



《また戦うんだ・・・・。》


戦場で見た光景が蘇る。

二度とみたくない世界。人と人が殺し合い、希望の無い世界。

あの時は、何も知らない人たちだった。

言葉を交わしたことも無い、通りすがりの遺体ひとびと


だが今度は違う。


この五日間を一緒に過ごし、言葉を交わした騎士たち。

慣れない作業に手を差し伸べて、親切にしてくれた。

この世界での唯一の知り合い。

唯一の心の拠り所。

唯一の安全。


それが失われるかもしれない。

誰かが傷つくのかもしれない。

また独りになるのかもしれない・・・・・・。



怖い。


血や、怪我には多少慣れていても、直接的な暴力には全くかかわりが無かった。

人が人を傷つけるところは見たくない。

奇麗事かもしれない。

逃げなのかも知れない。


それでも、自分の知っている人たちに傷ついて欲しくなかった。



だが、そんな、戦争を知らない国で育った自分の考えは甘いのだろう。

この世界の情勢も何も知らない。

この国の人たちだって、好きで戦うわけではないと思う。


ならばこれは避けられないことなのだ─────。



「作戦の詳細はディーンが告げる。皆・・・」



だけど・・・。

この先を聞きたくない。




「生きて帰るぞ。独りの欠落者も許さない。その覚悟で臨め。お前たちにはそれが出来ると信じている。私が勝利の報告をし、諸君らの家族に頭を下げさせなどしないとな」



口の端をわずかに吊り上げ、不敵に笑う。


殿下のみんなを見渡す瞳には力があった。

暗く、死を覚悟したものではなく、生きるために戦う覚悟をした力が。



辛い言葉を、命令を聞くのだと思い込んでいた私にとって予想外の言葉。



このときその場にいる全員の気持ちが一つに向かっていただろう。


これから起きることは、戦いだ。

決して安全ではないし、命の保証も無い。

誰もが万が一の事を覚悟していたと思う。

だが殿下はその覚悟を許さないと言った。

みんなが生きて帰るのだと、死は名誉なことではない・・・と。


それがどれほどすごい言葉なのか、このときの私は全く理解してはいなかった。

ただこの殺伐とした緊張感あふれる場で、死が身近になってしまっているところで、上に立つものが死を否定してくれることに私はわずかな光を見たように感じた。


日本では戦時中、『お国のために死んでいくこと』が名誉とされるような風潮があったという。

死にたいと本当に望んで戦いにおもむいたひとなどいなかっただろう。

国は敗戦間近の崖っぷちで切羽詰り、まだ歳若い少年とも言える子達に、特攻隊という確実に死に行く仕事を与えた。

周囲の全てが死へ向かわせていた。

生きたいと、逃げることが許されないほどに。


それは、どれほどの異様な空気だろうか。

平時では決して無いだろう異常な状況下で、全ての人が感情を狂わせる。

お上の言うことは絶対で、誰も否定が出来なかった。


それが戦争。


小さなころからずっと叩き込まれてきた悲惨な記憶に、戦争とはそういうものだとずっと思っていた。


そして隊に合流させてもらってからずっと、規律の整ったところを見てきた。

上の者(殿下)を絶対とする騎士たちを目の当たりにしてきた。


だから、初めに見た環境(戦場)を心に、感情に刻まれた日本のいにしえと混合していたのに・・・。



この人に着いて行こうと思った。

今、出来ることは少ないかもしれない。

だが精一杯の出来ることをしたかった。

この人の力になりたいと思わせる・・・それだけのものを目の前の人から感じたから。



ディーンにより次々と詳細な作戦が告げられていく。


背後から迫る者に対して感じる恐怖は変わらない。

けれどそれは先程と違い、立ち向かう意志を伴ったものだった。












息を潜める。



隣にはまだセディオンが居て、独りではない。


雨脚はどんどん強くなり、今は周囲の景色が見えないほど。

登ってきた岩の間は滝のようになっていて、もう一人では越えられないだろう。

土は雨に削られ、茶色の奔流となって下へと流れていっている。


視認できないが、至る場所に騎士たちが身を潜めている。



冷えた身体に剣を抱き、

ただひたすらにその時を待ちわびて・・・。






戦いの時は近い・・・。

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