Ⅱ-15 王都へ 6
《あと少し。あと少しの辛抱・・・。》
先が見えない暗闇の行軍よりも、終わりが見える今の方が遥かに元気になったようだ。
もちろん思い込みで、なれない運動に身体はそろそろ白旗を掲げそうで、それを無理に気力で動かしているといっても過言ではないだろう。
報告のなかの『2ユール』がどれくらいなのかは分からない。
説明されても理解し切れなかっただろうし、聞くだけの余裕もなかった。
それでも、あと少し・・という言葉を信じて前を向く。
足元は小石が混ざり始め、泥の中を歩くよりかは足が進めやすくなってきている。
ついさっき、靴底を水溜りで洗った。
どうせ汚れるのに・・・と思ったが隣から少しでも足跡を消すために必要なことだといわれ、靴なのか泥なのか判断しづらかった足元は、一応それと分かるまでになっていた。
ただ、中まで水浸しのそれは、足が守られるという利点以外は気持ちが悪いだけのもので。
「ビニール製の長靴が恋しい・・・」
ついでに合羽や傘も。
できたら車も・・・・。
文明の中で生き、特に登山やアウトドアの趣味は皆無だった。
覚えている限りここまでびしょ濡れになったのは小学生以来だと思う。
あのころは、雨に濡れることが楽しかった。
怒られるのを承知で、雨の日は溝の中に進んで入っていった。
お世辞にも、女の子らしい子供ではなく、腕白小僧と評されるのが合うような子供だった。
自然が大好きで、毎日の些細なことが楽しくて、輝いて見えていた。
・・・・・・・・・年月というのは残酷だ。
良くも悪くも人を変える。
「うわっ・・」
べしょ。
「・・えっ・・と。セディオン?!大丈夫?」
ただ機械的に踏み出していた足が何がにぶつかったと思ったら、前を歩いていたはずのセディオンの背中だった。
膝を着いていた彼に気づかず、体当たりし、背中に乗り上げてしまっていたらしい。
すぐに身を起こし、隣へしゃがむ。
前を歩く集団は停まらず、今もなお進んでいる。
覗き込んだ顔はどこか遠くを見ていて、こちらの声を聞いているのかいないのか。
「セディオン?」
「先程から動物の影が少しですが隊を追い越すように過ぎています。見た限りですが、中にはあまり走らない物までいるようです」
前後の脈絡の無い言葉。
動物が走っている・・・それが何なのだろう。
夜なのに頑張ってるな?ていうか、こんなに真っ暗なのに良く見えるな・・・。
「ガース、聞いたな。殿下に報告し、指示を仰いで来い」
フォルが厳しい表情を浮かべ指示を出す。
言われた青年は、一礼し走り先頭へ向かっていく。
「思ったよりも早かったな。向こうも無能ばかりでないということか・・・・。
エミ、急いで先頭に追いつく必要ができた。走れるな」
動物と、走るほど急がなければいけないことが繋がらない。
森の中だから、小動物くらいいるだろうし、何かあれば走りもするだろう。
疑問はいっぱい。
走れるか・・・といわれれば、どちらかと云えば、もう疲労困憊で無理だと言いたい。
言いたいけれど、言えるはずも無い。
濡れた靴に包まれた足先は悴み、慣れない行軍に感覚も遠くなっている。
一つ息を吐き、ゆっくりと屈伸をする。
腰をあげるのも辛い。
────── このまま座り込んでしまいたい。
そう考えたのは一瞬の間で、
「大丈夫です。頑張ります」
出来る限り、大丈夫なように、心配されないように眼に力を込めてうなづきを返した。
疑問はたくさん。不安なんか数え切れないほど。
その全てを胸の中に詰め込んで、足を踏み出す。
「エミ、頑張りましょうね」
自分もきついだろうに、こちらを振り返り振り返り励ましてくれる彼に弱音は吐けない。
「ありがとう。大丈夫だよ。セディオンこそきつかったら言ってね」
剣帯や荷物を背負う彼らに比べて、持っているのはわずかな荷物と、医療具のみ。
それでも肩に響いてきたが、どうしようもない。
出来る限りの笑顔(強張っていたが)を作ってみせる。
暗闇の奥では変わらず動物たちが走り去って行っている。
足が縺れそうになりつつも先頭が見えてきたとき、すでに全員が揃っていた。
わずかな灯りに照らされ、騎士たちの真剣な顔が見える。
整わない息を潜め、会話に聞き耳をたてる。
隣にはセディオンがいて、フォルはもう中心へ近づいていた。
今なら聞けるだろうか。
「セディオン、さっきのはどういう意味?」
「動物の行動ですか?」
「そう。良かったら教えて欲しくて」
「あれは・・・・動物は夜行性のものも多いですが、獰猛なもの意外は基本的に夜は身を潜め眠っているものなんです。たまたま起きていたのだとしても、人には近づきません。肉食の猛獣でさえもこの人数の集団を見れば、警戒して姿はおろか、気配すら隠すものなんですよ。それが今日は違う。夜にもかかわらず動物たちは移動し、こちらに姿まで悟られている。それも何かから逃げるように。つまり・・・」
「・・・・つまり、人に姿を見せることを考えられないほど、逃げなきゃいけないものが後ろから迫っているということ?」
それは、普段なら近寄らないほどに警戒しているものが気にならないほど、後ろから危険が迫っているということで・・・・この雨の中、山火事は考えにくい。
全ての動物たちが逃げるほどの動物は自然界にはいないだろう。
この世界のことが分かるわけではない。
だが、今まで見た限りでは地球とそう変わらない植物ばかりで。
もし、予想が正しければ迫り来る危険とは人間のはず。
それも少ない人数が、荒々しく行動している。
真夜中に、開けていない森の中、まとまった人数で、こちらに向かっている。
分かれた味方で無いなら・・・・
・・・・・・それは
「・・・敵?」
後ろを振り返っても、何も見えはしない。
変わらない闇があるだけだ。
だが今通ってきた道が、見通せない暗闇が、急に恐ろしいもの変わってしまったかのように感じ、本人も気づかないくらい少しずつ、身体は隊へ近づいていた。
「多分・・・いや、そうだと思います」
互いに表情は硬く、視線は自然と中心から出てくる人に向けられた。
[報告]
8月14日から、平凡な日々の小話ともいえない短い文を載せはじめました。
続くかどうかは疑問ですが、お時間があれば、よろしくお願いします。
かりんとう