Ⅱ-15 王都へ 5
状況的には足踏み中です。
徐々に酷くなっていく雨の中、木々の合間に数頭の馬がいた。
一番しんがりを行くのは2頭の栗毛。
馬たちは徐々に森の奥深くへと消えていく。
その馬上に人影は無かった。
「良かったんですか?馬を放して・・・まだ目的の場所じゃないのに」
馬とは対角線上にフォルと、セディオン、そして少し離れた位置に全員がいた。
一行は野営地から、急ぎ足で駆っていた馬を先ほど手放していた。
慣れない騎乗でお尻が痛く、また足が満足に立たなくなっていたエミにとっては、馬を下りることは大歓迎だったが、それは休憩のため、一時的なものだと思っていた。
しかし馬をおり、生まれたての小鹿のような頼りなさで傍の木にすがって振り向いた時には、鞍が外され、一行から遠のいていく馬が見えたのだ。
初めは脱走かと思って、慌ててフォルの裾を引いた。
早く捕まえなければと思った。
「馬、馬が逃げて行ってますよ!捕まえなきゃ・・」
声をかけるが誰も動く気配が無い。
焦る気持ちに後押しされ、ふらつく足取りで追いかけようとし、『必要ない』とフォルに止められたのだ。
そして、先ほどの台詞になる。
まだ目的の場所じゃないのに・・・・・・と。
「これからの道は険しく、馬は使えない。軍馬を手放すのは惜しいが、命には代えられないからな」
だが、雨に抜かるんだ土に足をとられ、今後歩きづらくなること確実で。
しかも夜半に出発したため、皆充分な休憩が取れていない。
各自が荷を持った上でのこれからの行軍はきつい筈だ。
「旅なれぬエミにとっては、苦しい行程となるだろうが、耐えてもらわなければいけない」
こういった言葉かけをされるということは、『一行の中で一番足手まといなんだから弱音を吐くなよ』
ということなのか、それとも純粋に気遣ってもらっているのか・・・ついつい頭の中を暗い考えが過ってしまう。
それは・・・自分が足手まといだと分かっているから。
ただ、見捨てないで欲しいと願っているから。
けれど伺うように相手の顔を見上げて、他意の無い視線にぶつかり、恥じ入りたくなった。
《考えすぎ・・・か》
「大丈夫です・・・・・・とは自身持って言えないですけど、頑張ります。立ったり、歩いたりには慣れていますから」
看護師の仕事は朝から晩まで立ち仕事だから。
ナースコールに走り回ることもあったし、体格のいい患者を持ち上げたりもする。
体力が必須だし、病院によっては職員は階段しか使えない所もある。
正直に言ってしまえば、体力のありそうな騎士たちに”険しい”とまで言わしめる道のりには不安しか抱けない。
が、自分より皆はるかに重そうな荷物を持ち、休まずにここまできているし、
そのうちの3人は、こんなことになるまで治療と療養を必要としていた患者だった。
隣を見上げると、こちらを気遣うようなセディオンの瞳とかち合う。
そのこちらの不安を見越したような表情に、『大丈夫だよ』という意味を込めて、小さく頷きを返した。
ほっとした様に頷き返す彼は他人の心配する余裕など無いはずだ。
一行は、各人が、荷を背負ったり、腰に巻きつけたりしていた。
手に荷物を持っているものなど一人もいない。
両手が自由に使えないと、いざというときに対処できないから。
だがセディオンは、右手に杖代わりの枝を持っていた。
よく見れば、少し右足を庇っているのが分かる。
治癒過程にあるといってもまだ完全じゃない身体で、ここまで自分で馬を駆ってきた。
右足の矢傷はもちろん完治などしていないし、片手は添え木で固定されている。
鎮痛剤を飲んでいるとはいえ、酷使すれば当然痛みは酷くなるし、治りも悪くなるだろう。
けれど、弱音を吐かない。
こちらを気遣ってさえ見せる。
男の維持とか、騎士の矜持というものなのかもしれない。
辛くないはずは無い。
ただ、それを見せないだけなのだ。
それに比べて、肩に矢傷を負っているものの、負荷さえかけなければ五体満足といえる自分が。
ただ馬に乗っていただけ、しかも迷惑をかけたばかりの自分が・・・
弱音など吐けるはずも無かった。
* * * * * * * * *
夜の暗い山中を、つかづ離れず、黙々と歩いていく。
何人かが、ランプに灯りを燈し、その小さな光だけを頼りに進む。
なだらかなだけの道ではなく、木の根もあれば、岩もある。
その一つ一つを時に躓きながら、えっちらおっちら、遅れないように付いていく。
大丈夫とは言ったものの、障害物が多く、苔が密生しているところでは、滑って転びそうになる。
暗いせいもあるだろう。神経が集中し、歩くのに精一杯で声も出ない。
自分ひとりでは絶対に歩けなかった。
誰かがいる。
そのことが支えであり、頼りだった。
実際、だんだん険しくなっていく道程は、もう道とはとても言えなくなってきていた。
樹が鬱蒼と生える間を、岩が積み重なる段差を。
このころになると、両手を使わなければならず、体力はさらに削られる。
おまけに、外套を着込んでいるものの、合羽のように完全防水ではないため、衣服は重くなっていった。
唯一つの救いは、まだ下着までは染込んでいないことか・・・。
目指す目的地まではまだ遠いのだろうか。
歩き出して、小一時間ほど。
どんどんと森の奥深くに入っていて、王都からは遠のくばかりのような気がしていた。
総勢15人の集団の中でただ一人の女であるエミは、隊やや後ろ部分で前をセディオン、後ろをフォルに挟まれそのあとに2人の騎士が歩く。
自分のことで精一杯なエミは、先程からさりげなく差し伸べられる手に、特に気づく様子は無い。
泥濘はひどくなり、足は泥に捕られ、隊の足取りは徐々に遅くなっていく。
遠く、木箱佇む広場で、不吉な足音が響いていたが、まだ気づくものはいない。
「先頭から伝令です。前方に敵の影なし。夜のうちにこのまま川沿いまで進み、王都へ向かうとの事です」
先頭からの指示を受けた、ローディアスがフォルに告げるその声にも疲れの色は隠せない。
彼もまた雨に濡れ、足元は跳ねた泥で汚れている。
《まだ歩くのか・・・》
文句ではない。
ただ、無意識にまだこの行軍が続くのかと思ったら、気合の前にどうしても溜息が漏れてきてしまう。
そんな姿を見てか知らずか、助けの手が入る。
「このままでは体力の消耗が著しく、移動に支障も出てくるだろう。殿下は他に言っていなかったか」
・・・・・・
「はい。あと2ユール(約2KM)ほど進んだところに洞窟があるようです。そこで短く休憩を取れればと仰っていました。」
目標が、ゴールが見えれば、不思議と力が湧いてくるようで・・・
そこからの足取りは、前につんのめるように前へ、前へと進んでいき、
疲れに沈んでいた瞳は、休憩という餌に釣られ、一時の輝きを取り戻す。
一瞬前とは違いすぎる態度に、フォルは静かに笑みをかみ殺していた。
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かりんとう