Ⅱ-15 王都へ 4
「殿下・・・」
中心から現れたひと。
背後にはフォルやラウール、ディーンの姿も見える。
殿下が声をかけたことによって、全員の視線が集中し、居た堪れない。
怒ってないだろうか。
呆れられていないだろうか。
視線が上げられない。
「フォル。私は確か、別働隊に渡せとお前に言わなかったか」
感情の見えない声に、自分が言われたわけでもないのに身体が固まる。
声を聞いた途端に地面に膝をついたフォルに、罪悪感が募る。
「フォルさんはちゃんと伝えました。私が思い込みで間違えたんです」
彼は悪くない。
それを分かって欲しい。
責められるべきは私なのだから。
「・・・フォル=シュテービリアン。言い訳はあるか」
「いえ」
「無事に城に戻った後、罰を与える。それまではお前が責任を持って対応しろ」
まるで私の意見を無視した沙汰に、焦りが高まって。
フォルは悪くないのに、思い込んだ私が悪いのに。
もう決定事項を伝えたとばかりに踵を返そうとする殿下に、真実を分かって欲しくて声を出す。
「ま、待ってください。本当です。フォルさんはちゃんと私に伝えてくれました。
私が、思い込んで間違えたんです。フォルさんに非はありません。それに、私はすぐにここを発って別働隊のほうへ向かいます。ご迷惑はかけません、ですから・・」
「黙れ」
「っ」
何の言い訳も許さない静かな声は、それほど大きくないのにその場にいる全員に聞こえた。
一つ一つ、いい含めるように、声は続く。
「お前が罰を受けるとでも?今からここを発って別働隊に向かう?迷惑はかけない?
思い上がるな。女一人、何も知らないお前に何が出来るのか、自分の立場をよく考えて物を言え。それに、下のもののミスは上のミス、有事の際に指揮系統を乱す奴は論外だ。一つの誤りが全員の命にかかわるということを肝に命じろ」
かけらの反論も許さない発言は、確かに命の駆け引きの中に生きている者の正論で。
感情に任せた無様な答えなど入り込む余地は無い。
「一人で別働隊に追いつこうなど無理以前に、もう手遅れだ。自分のやったことを噛み締めて、以後は指示に従え。決して一人で行動するな。ここからは一人のミスが全員の命に係わってくる。以後お前の身はフォルに一任する。戦場で次など無いと思え」
それだけ告げると、殿下は今度こそ背を向け、歩いていく。
遠ざかっていくぴんと伸びた背に、揺らぎは見えない。
自分の口からこぼれた愚かな言い訳に、罪悪感と、羞恥心が募る。
そして今まで感じなかった見捨てられたような恐怖に身は竦み、手足は固まったかのように動かない。
自らの失敗を自分で拭えない今、フォルに謝罪をしなければいけないのに。
けれど、どんな言葉で謝れば良いのか、これが今後にどう影響を及ぼすのか、戦時を経験したことの無いものに、その行く末は創造しきれないのも確かで──────。
事実、起こして知ったことの重大さを全て分かりきったわけでは無いだろう。
たかが行き先を間違えただけ・・・日本にいたならそれで済ませられたことなのかもしれない。
だがここは平和な日本ではなく、今も戦争が身近にある異世界だから。
事の大きさを理解し切れていない上での謝罪の言葉が浮かばない。
自分のせいで処罰を受ける彼に謝りたいのに、分からない上での言葉は上滑りしそうで。
言葉が出ないから、次の一歩も踏み出せないまま立ち尽くす。
ポツ・・・・ポツ・・・・
晴れない心を移したのか、先ほどまで月が見えていた空が、分厚い雲に覆われ
気まずい空気に耐え切れないように冷たい滴が地面を濡らしていく。
「エミ、行くぞ」
緊張に冷たくなった指先に触れるもの。
近づいた彼を見上げるばかりで動かないエミに、フォルは両手で包み込むように皮袋を握らせる。
いつ落としたのか、身に覚えが無かった。
「あの・・・」
交わした視線の中には、怒りも、厭きれも、蔑むような感情も見えない。
ただただ静かで、相手を気遣う様子さえ伺える。
くしゃ
「済んだ事は気にするな。二度としなければいい」
頭に置かれた大きな手に
なんだか泣いてしまいそうだ。
「だがこれはお前が招いた結果でもある。あちら(別働隊)ならまだしも、これからはキツイ道程となる。泣き言は聞かないし、足手まといも許さない。殿下の言うとおりだ。何も知らないお前に何が出来るわけでもない。弱いということを自覚して、決して俺から離れるなよ。俺たちの言う事は絶対だ。分かったか」
「・・・・ごめんなさい」
「王都に還ったら、殿下の罰則の手伝いでもしてくれ」
「はいっ」
優しいだけじゃない、ただ許す訳じゃない。
けれど見捨てられても、詰られても文句は言えなかったであろう自分を受け入れてくれた。
フォルも、そして気づかせてくれた殿下も。
これからはもっと頑張ろう、決して足手まといにはなるまい。
「エミはちっさいから馬から落ちないか心配です。疲れたら言って下さいね」
降り出した雨にしっとりと濡れた頭へ外套のフードが被される。
振り返るとセディオンが馬を2頭連れていて、そのときはじめて自分たち以外の存在が消えていることに気づいた。
「他のみんなはもう馬に乗ってます。後は僕たちだけです。
フォル、荷物はもう括り付けました。行きましょう」
「ああ、助かる。エミ、俺に掴まって決して落ちるなよ」
フォルの手助けを借りて馬上に上がる。すぐに後ろへ乗った彼の言葉に頷きフードを深く被った。
夜の静寂に包まれていた森に蹄と馬のいななきが響き渡る。
まだ地面は泥濘にはなっていない。
雲に覆われ月の位置が確認できないため、時間を予測することは難しい。
しかし敵はこうしている間にも確実にこちらに近づいてきているはずだ。
雨のひどくならないうちに距離を稼ぐため、一行の脚は自然と早くなり、馬に慣れていないものにはきつい道のりとなっていく。
残された広場には持ち主のいなくなった木箱が一台、ただ雨にうたれていた。