Ⅱ-15 王都へ 3
小走りに歩み寄った先には、追いかけていた目的の人物のほかにも、14・5人ほどの騎士たちが集まっていた。
帯剣し、旅装束に身を包んだ騎士たちの視線は集まったその中心に向かっている。
160cmそこそこのエミに比べれば、皆一様に背が高く、その先は見えない。
隙間からでも・・・と身体をひょこひょこ動かす様はどこか滑稽だ。
松明を囲んだ向こうにでも行けばいいのだろうが、向こう側は中心。つまり注目の的。
目立つ気もない、しかし中が気になる身としてはやることはひとつ。
つん、つん
「・・・・」
つん、つん・・・・・ぐいっ
「何だっ。・・・・エミ?!」
袖を引くこと数回。
まっすぐに立つ他の騎士たちに比べて、片方の足を庇うその姿は集団にいてもすぐに分かる。
だが暗闇では、あの輝くばかりの青い瞳は見えない。
「セディオンごめんなさい。中が見えなくて、何を言ってるのか教えてくれる?」
「っ・・・」
ぐいっ
袖を掴んでいたはずが、しゃがみこまされる。
思いのほか素早い動きに、怪我も随分良くなったのか、鎮痛薬が良く効くのか。
たぶん後者だろうなと考える。
骨折はいくらなんでも4日では治癒しないから。
いまだ包帯の巻かれた箇所に視線が集中する。
そのことを咎めるように、
「どうして此処にいるんですか?怪我人の方じゃなかったんですか」
質問したのに、答えよりも先に質問で返された。
しかも何故だなんて、そんなの決まっている。
「怪我人の方って、あなたも怪我人でしょう?セディオンがこちらに向かうからそうなのかなと思って付いてきたのだけど・・・・」
違うのだろうか。
「馬車は?もう一台あったでしょう」
背後を振り向き、そこに在るべき物を探すが、あるのは暗闇と、馬のいない木箱だけだ。
馬車などいない。
「もう一台?」
いるはずもない。
もう去ったのだから。
同じく視線の先に目的のものがないのをセディオンも確認する。
彼は首を振り、無事なほうの手で顔を覆う。
そしてうなだれた顔の隙間からは、深い溜息が聞こえた。
「・・・・・」
怪我人・・もう一台の馬車・・・
フォルの言葉。
「・・っ」
やってしまった。
間違えた。
付いていかなければいけない隊を間違えたのだ。
馬車は2台あった。
自分の世話する怪我人の乗った馬車と、ラウールが世話する重傷者の乗る馬車の2台が。
怪我人に付いていけと言われて、普段自分のかかわる人たちだと思い込んでいた。
「どうしよう。い、今ならまだ追いつけるよね」
馬の付いていない木箱が寂しく映るほうへ腰をあげる。
その方向はもう人の気配もなく、木々の向こうは闇が見えるばかり。
街灯が当たり前にあり、真の暗闇など体験することがない社会で暮らしてきたものにとっては、不安と恐怖心をあおられる景色だ。
怖い、が向かわなければならない。
馬車に容易に追いつけるとは思っていないが、道さえ分かればそのうち追いつけるはず。
「じゃあ、わたし行くから。セディオンも気を付けてね」
早く行かなければ。
何も出来ないいのなら、せめて指示くらいは確実にこなせるように。
自分のミスに急くように、逃げるようにその場をあとにしようとした。
「待って。待ってください」
先ほどは自分が引いた袖を今度は逆に引き止められる。
「なに・・・私急がないと」
「急いでも追いつけません。相手は馬です。それに女性が一人で森の中を行くなんて、何があっても文句は言えない。せめて、馬を借りられないか僕が聞きますから」
それまでは・・・と続くであろう言葉に、しかし頷くわけには行かない。
自分のせいなのに、誰かに迷惑をかけたくない。
確かに暗闇は怖いし、不安もある。
《けれどきっと大丈夫。
歩いてもだめなら、走ってでも・・・・》
根拠のないただの強がりだが、迷惑をかけることに比べたら、正しい考えのように思えた。
寄る辺のない身で、何も知らない世界で、自分が迷惑をかけることで呆れられ、見捨てられることのほうが怖かった。
「そこまでしてもらえない。それにセディオンは片手でしょう。私を乗せて馬を走らすなんて無理。大丈夫、私なんかを襲う人はいない。すぐに追いつけるはず・・・」
だから放して・・・と続くはずだった台詞は、突然かけられた言葉によって消える。
互いと、自分のこれからに集中し、周囲が見えなくなっていた二人にとっては突然で。
しかし、いつの間にか終わっていた通達に静まり返っていた騎士たちにとっては当然に。
ここにいるはずのない明らかに男性とは違う高い声に
気づかないほど愚かなものなど、居るはずもないのだから。
背の高い騎士たちの間から、夜なのにもかかわらず松明に照らされる眩いほどの輝きを持った人に。
「お前が何故ここにいる」
そう言われるのは必然であった。
小箱は馬車本体を表します。