閑話 厭わしく愛しい日々
まだ異世界に来る前の、日常の一こまを載せさせてもらいました。
楽しんでいただけたら幸いです。
1.自然の春。乙女の春?
今日も空は抜けるように青く、春特有の心地よい風に、何もなくても口が綻んでくる。
新緑の季節。
起きだしたばかりの新芽は薄い緑に染まり、触ると吸い付くようで。
咲き乱れる花々は、眼にも鮮やかに世界を彩る。
こんな生きてることが幸せに感じる日は、お弁当でも持って、公園に散歩に行きたい。
近くにある植物園に花を見に行くのも楽しいだろう。
ドライブもいいかもしれない。道の駅や先々見つけたお店でのランチもいい。
でも、
干して日の光をたっぷりと浴びた布団に包まれて、お気に入りの小説や、ネットをしながらごろごろ過ごすのも捨てがたい。
きっと心地よい眠りの中、極上の夢が見られるだろう。
そう、
ここが実家でなければ・・・・。
「エミっ。いつまで寝てるの!?早く起きてご飯食べちゃって」
「はあい。今行く~」
寝ぼけ眼に、寝癖だらけの髪、化粧一つしていない顔、よれたスウェットの上下と普段の余所行きの姿しか知らない人には到底見せられない格好で階段を下りていく。
たまの三連休、親孝行でも・・・なんて実際はご飯作るの面倒くさいなあなんて考えつつ実家へ顔を出したものだから、寝坊も許されない。
それでも、起きたらご飯が待っている。それもトーストに野菜ジュースなんて簡単メニューじゃない、純和風の朝ごはん。
少しの不便さえ我慢すれば、彼女は今ご満悦と言えた。
この家では、
上の姉は一昨年嫁に行き、今待望の初孫を妊娠中で。
しかも娘婿は少しおとなしすぎるのと、県外であることを覗けば申し分ない。
父親は定年後、パチンコに勤しむことが難点であるが、老後に困らないだけの年金はもらえそうだし、下手な駄洒落は無視すればいい。もっぱら二階の自室で大人しくしている。
母はパートで日々の暮らしには困らないし、休日には趣味の温泉や家庭菜園にいそしむ。
となれば、一家の、特に母親の心配事は下の娘の行く末だけであった。
休日に、気の抜けた格好でもそもそとご飯を食べる26、いやもうすぐ27歳になろうかと言う女。
浮いた話も聞かず、このごろ世間一般に言われるオタクかも・・・など心配になるほどの読書好き。
親にとってどんな子供でも我が子は可愛い。
いや少々の親ばかフィルターはあるかもしれないが、実際我が子ながら綺麗なほうではないかと思っている。性格も少し変わっているが動物好きの優しい子だ。
ただちょっと天邪鬼なだけで・・・。
しかし、このままでは心配だ。
親元に足しげく通うのはいいが、予定はないのだろうか。
付き合っている異性は?結婚の予定は?
親に話すのは恥ずかしいのだろうか、仲の良い姉になら話しているのではと思い尋ねたが、聞いたことはないと言う。
それなら、知っている人を紹介してあげて・・・と頼むがなかなか難しいらしい。
どうしたらいいものか・・・・・
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最近、母親から妙な視線を感じる。
ちょっと前までは『あなたいい人は居ないの?』と顔をあわせるたびにいっていたが、この頃それがない。
遂に諦めてくれたのかな、なんて思っていたけど、姉から聞く限りどうもそうではないらしい。
朝は人をたたき起こす勢いだったのが、昼過ぎから妙に機嫌が良く、鼻歌なんて歌っている。(オンチなのに・・・)
いつもなら『せっかくの休日なんだから出かけたら?』とか『予定はないの』などやたらと外出を推奨するのに、今日はそれもない。
かといってだらだらするのを許すかと言えば、夕方には『休日とはいえどきちんとした格好をしなさい』
なんて・・・・不気味だ。
日が長くなってきたとはいえ、季節はまだ春。夕方にもなれば暗くなり、肌寒くなる。
そろそろ風呂の準備でもしようかな、と思っていたときに家のチャイムがなった。
「光本さーん。坂田ですけど」
どうやら向かいのおばさんのようだ。
向かいのお家は我が家の三倍は大きな家で、ついこの間は外壁工事をしていた。
詳しい家族構成など知らない。
定年退職した夫婦と年取った柴犬のタローが散歩しているのをたまに見かけて挨拶する程度だ。
今の地域社会が希薄になった現代ではこんなものだろう。
増して自分はもう家を出た身だ。
関係ないと判断し、風呂場へ向かう背に声がかかる。
「エミ。ちょっとこっちに来て。早く」
猫なで声に鳥肌が・・・。嫌な予感バリバリである。
坂田のおばさんは玄関の向こうに居るのか姿は見えない。
しかし、居るのは分かる。
嫌だ。
行きたくない。
「早くしなさい。話があるのよ」
動かない娘に向かって一段低くなった声。
悲しいかな、逆らえません。
廊下が長くて時間がかかる・・・なんてわけもなく、玄関に付いた私を母はぐいっと前に出し、こうのたまった。
「始めましてかな、隆君。家のエミです」
!!!!?
図られた!!
「エミちゃん家の隆よ。エミちゃんとは5つ違いね。光本さん(この場合は母のこと)に聞いたけど、ちょうどお互いに今好い人が居ないっていうから」
だからなんだ。
「あんた晩御飯まだでしょう。ちょうどいいから隆君と食べに行ってきなさい」
何がちょうどいいだ。
冗談じゃない。
人の気持ちも知らず、目の前ではおばさん二人が、気持ちの悪い笑いを浮かべ、さあどうぞと言わんばかりに道を明ける。
一歩も踏み出さない私に、母は天岩戸も開けられるんじゃなかろうかと思う力で背を押し、おばさんは機関銃のごとき勢いで息子の紹介をしてくる。
私は無言だ。
顔は愛想笑いを浮かべていようが、内心は口汚い罵り言葉でいっぱいだ。
目の前の青年は動かない。
視線も定まらず、5つ上とは思えない不審な態度でもじもじしている。
というか、紹介されるつもりならジャージの上下なんか着てくるなよ。
背は182cm、大手警備会社に勤めているらしい。
長身痩躯、親から言わせれば、優しく良い子で、趣味はDVD鑑賞だそうだ。
高校から寮に入り、柔道をしていたとの事、その割りに筋肉は付いていなそうだけど。
つーか、自分の自己紹介くらい自分でしゃべれよ!!
おばさんに『あなた車出したら』なんていわれて息子が踵を返す。
黒の四輪駆動車。つい最近買い与えた新車だそうだ。
・・・三十過ぎて、親に車を買ってもらうなよ。
と、相手の車では主導権が握れない。
「おば様。私車出しますよ。ちょうど、通りに停めているんです」
したくもない愛想笑いに、内心の憤りを隠したせいで、少し高い声。
おほほなんて、今まで言ったこともない台詞を言いつつ、慌てて車を取りに行く。
家の前に着けた車の助手席に、無言の私と、お願いしますなんて、聞こえるかこらっと怒鳴りたくなるような小声で言い乗り込んでくる馬鹿息子。(もう心の中で決定)
どうぞ。と言いつつ窓を開け放ち、急発進する背中に、
「上手くいくと良いわねえ。そしたら来年は結婚式かしら」
なんて寒気の来る台詞が聞こえる。
・・・・マジで勘弁してください。
相手は予想どおり、自己主張のない、口を開けば社会不適合者かと思えるほど会社の愚痴をこぼし。
特に趣味もなく、服も親が選ぶという。
そんなこんなで食事中ずっとイライラさせてくれた青年にときめきなど覚えるはずもなく。
食後は堪忍袋の尾が切れ、社会人として一時間みっちり説教してあげましたとも。
帰宅後、そわそわとこちらを伺う母にきっちり拒否をし、ストレス解消に長風呂して、もう近くにいたくもないとばかりにさっさと、自分の家に帰宅。
しかし、翌早朝。
「向かいの息子さん、あんたさえ良ければ話を進めて欲しいって。どおする?」
とまったく懲りてない母からの電話。
・・・最悪の目覚めです。
あいつは(もう尊称も何もない)マゾか?年下の女から一時間説教されて、どうして話が進むのか。
頭かち割って見たい。
いや、もう近寄りたくない。
「どうも何も、きっちり断って。言いにくいなら私が直接言うよ!」
電話越しにも私の剣幕が伝わるのか、母は慌てて『母さんが言うから』と電話を切った。
当たり前だ。
しかし、向かいの家との関係は微妙なものになるだろう。
母のため、自分のためにもしばらく実家に顔は出すまい。
母が持ってきた思いもよらない春は、娘にとっては台風並みの迷惑さを存分に振りかざし。
親の心子知らず。子の心親知らず。
私の春はまだ遠い様です。