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Ⅱ-14  黒髪

いつも読んでくださりありがとうございます^^



抜けるような青い空だった4日目。


その日の夜に事は起こった。



とりあえずの悲嘆も、苦悩も日々の忙しさの前に忘れてしまえたその日。


優しい人たちに囲まれ、現実から眼を逸らしていたころに。







天幕の中で眠るのにも慣れた。


雨風もなく、床は毛皮で暖かい。


殿下が一緒の空間にいるが、間に衝立がありほとんど気にならない。

女として、かけらも危機感を抱かないと言うのはどうなのかと言う側面もあるが、恋愛に心ときめかす余裕などあるはずもない。

あるのは年下の彼の背負うものの大きさへの同情と少しばかりの憐憫れんびん、そして人の上に立つものへの尊敬だった。


今日の日中も患者の世話に走り回り、疲れは泥のように身体に溜まっている。

だが、劇的にとはいえないが、徐々に治っていく怪我人たちの姿に心は軽くなっていて。

今は夢も見ない眠りの中。

しっかりと与えられた掛け布を抱え、時折寝返りを打つ。

その姿を毎晩見ているものがいるなどかけらも思いもせず・・・。







「・・・・・この女には危機感や、羞恥心と言ったものがないのか?毎晩、毎晩、本当に良く眠る。いっそ感心するほどだ」


夜もふけたころ、天幕の布が揺れ、金と銀の男が足を踏み入れる。


殿下とラウールだ。

殿下は毎夜、女が寝静まったころに天幕の外へ出て行き、ラウールの寝場所へ転がり込んでいた。

それは騎士としての矜持であり、男として未婚の(たぶんそうであろうと思う・・・)女への礼儀として。


女の前では初めからの態度を貫いているが、それは余計な気を使わせないためで、初めの晩、脅えながら眠った女の頬に濡れた跡を見つけて以来、あるかないかの罪悪感が刺激されている。


戦場では女は戦利品だ。

侵略され、蹂躙じゅうりんされた村や町の哀れな女たちの結末を何度も見て来ている。

今更、何も感じないはずだった。


自分の手はそんなに大きくない。

多くのものはつかめない。

下手な同情で欲張れば、手の中の大事なものを失ってしまうから。

前に進むために、真実大事なもの意外は諦めて、目を逸らしてきたはずだ。

そして、何も感じないようになっていたはずだった。

少なくても今までは・・・。


二人は布にくるまり、すやすやと眠る女を覗き込む。

ここに着たばかりのころのただ痛々しさだけが目立っていた顔ではなく、どこか満足そうに眠るその顔を。



「疲れているのですよ。目の前のことに精一杯で、ほかを考える余裕などないのでしょう」



ラウールの言うとおり、頭上で会話がなされているにもかかわらず、目覚める気配はない。

この男所帯の殺伐とした隊の中、独りぼっち、誰も知るもののいない女。

まるでこんなものは初めて見た、触ったとでも言うように、一つ一つを不思議そうに扱い、ものめずらしそうにしている姿を、いたるところで見かけた。


もう成人しているだろうに、物を知らず、かといって何も分からないわけではない。

現に、教えられたことは今のところすぐに出来るようになっているようであるし、



「怪我人への対処は評判がいいと聞いた」



怪我人の処置ではラウールですら唸らせる。

この、国で最上の医師の一人であろうラウールを。


「はい。彼女には7人の世話をしてもらっています。任せている者は比較的重体ではないものの、良く気がつき、彼らの評判は上々です。女の人だからでしょうね。私には香草を布に焚きこめるなど思いもよらなかった。手当ての仕方も理にかなっていて的確。他の医療従事兵たちに教えて欲しいくらいですよ」


「そうか」


「徐々に周囲のものの警戒心も解いていっているようです。見返りもなく怪我人のために尽くし、走り回る姿や、嫌な顔もせず毎度律儀に挨拶やお礼を言う女性を嫌い続けられるものはいないでしょう。それがたとえあの姿かたちでも・・・」



視線の先の艶やかな黒い髪。

背中の中ほどまでをゆったりとしたウェーブが覆っている。

睫毛や、眉も同じ色彩で。

肌は刈り入れ時期の麦の稲穂のようでいて、上質の衣のような手触りだ。

一度だけその肌に触れたとき、その気持ちよさに驚きを覚えた。

滑らかな手触りはその下に柔らかな弾力を伝えてきて・・・正直離すのが惜しかったほどだ。


顔に、少しのそばかすが浮いている。

閉じられた瞳の色は黒か茶色か、未だ光の中で覗く機会はなく、判別できない。


美しさや、可愛らしさなら宮殿の女たちのほうが明らかに勝っている。

それに、戦場に突然現れ、正体の見えない言動は警戒するべきものだ。

だが、不思議にこちらの手になじむ肌。

こびない態度。

どこか不安定な風情に、眼が、心が引かれるのも確かだった。


「これから、彼女をどうするつもりですか。今は信頼できるも者だけですが、戻ればそうはいきません。連れて行っても傍には・・・」


「分かっている」


傍におくのは余計な隙を作るようなものだろう。

国の多くのものにとって忌むべき色を身につけていては。

足をすくわれる可能性・・・・まだ足場を充分に固め終わっていない立場としては避けたい、避けるべきことだ。


「情が移りましたか」


「かもな・・・」


「珍しいこともあるのですね。とっくに枯れ果てたかと思っていましたよ」


「失礼だな・・。お前よりは若い俺に」


伸ばした指に絡みつく黒髪。


「これは、染めさせましょう。あなたが珍しくも心引かれた女性を失くす訳にはいかないですしね」


目の前の苦難の道ばかりが用意されている彼に、少しでも安らぎを与えられる者ならば。

彼女にとっては迷惑かもしれないがここは譲ってもらう。

心が動くと言うことが少なくなった殿下のために。


「まあ、このまま何事もなく国に帰れるとも思わないが」




眠りの中にいる彼女の与り知らぬところで状況は進んでいく。


国に入るまであと約1日。


足音が天幕に近づいていた。










Ⅱ章は帰国するまでとなります。


と言うか、まだ殿下の名前が・・・・。

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