Ⅱ-12 心に秘するもの2
会話が中心となっています
目の前の彼は知らないだろう。
わずかな願いと、それを諦めるためにこれから話す言葉を。
「私が住んでいたのは、日本と言う国です。
そこで私は看護師として働いていました」
まだ何日も経っていないのに、ひどく時間が過ぎたように感じる故郷。
入り口からのわずかな灯りに照らされ、暗い天幕の中には沈黙がおちる。
殿下が何も言わないのを確認して、言葉を続けた。
「殿下は私の国をご存知でしょうか?
私の国は、世界に知られる国のひとつです。戦争放棄をし、表面上は平和な国。一年には四季と言う四つの季節があり、自然は季節により様々な顔を見せてくれます。」
そう、あんな絶望の景色とは縁を切った国。
過去を反省し、平和と言う財産を未来に残そうとしていた。
「駄目なところ、嫌な部分もありますが、私は日本が大好きです。日本に生まれてよかったと思っています。そんな国で私は父、母、姉の四人家族に生まれ育ちました。カナルディオン国など聞いたこともないところで。先ほども言いましたけど、私は気がついたらあそこにいたんです。」
あの日、眠る前のことが蘇る。
何の変哲もない平凡な日々。命の危険など考えもしなかった。
明日も変わらない日常が続くのだと、思っていた。
「・・・こちらこそ、ニホンなどという国の名は聞いたことがない」
「ではアメリカは?中国、イギリス、ロシア、インド、エジプトは?」
「えじ?・・・・どれもないな」
分かっていたけれど、聞きたくなかった言葉に足元が崩れ去るような気持ちになる。
日本を知らない人なら、もしかして世界で知らない日ともいるのかも知れない。
しかし、各大陸での主要国をひとつも知らないものなどいないだろう。仮にも殿下と呼ばれ、人に傅かれるほどの立場のものであれば。
《状況は絶望的なのね・・・》
読み途中であった小説のように、誰かが召喚したのだと思えるほど自分の価値を過信していないし、異世界であるのならば、お決まりのように魔術師がいて都合よく国に返せる方法があると思えるほど楽天家でもない。
そんな便利なものがいれば怪我人など簡単に治療できるはずだ。
泣きたいほど切ないのに、顔には出ず、
こちらの気持ちなど知らぬように会話は進む。
「お前の国に、戦争はないのか?」
「60年以上前にはあったみたいです。世界中を巻き込んだ戦争が。ですが日本は・・私の国はそれに大敗しました。・・・多くの取り返しのつかない犠牲者をだして。そのときに戦争放棄をして、その後戦争は行っていません。ですが、世界のどこかではまだ悲惨な戦争はあると聞きます」
「過去を反省し、未来のためにあゆむ・・・か。良い国なのだな」
そう、良い国だ。だからこそ帰りたい。
「殿下の国はどんな国なのですか?」
「カナルディオンか。たいした大国ではない。ないが知らぬ者はいないだろうな。子供でも知っている。愚かな国としてな」
「愚かな国・・・?」
「そうだ。そう呼ぶにふさわしい行いをした国だ。だがそれをお前に説明するには長くかかりそうだ。
またの機会にする。お前はここが見知らぬところだと言った、では頼れるものも居らぬのであろう。聞いたかも知れぬが我が国まではまだかかる。毎晩お前が私の相手をするというのなら、道すがらに話してやろう、私もお前の国に興味がわいてきたのでな」
確かに年下であるはずの人はひどく大人びて見える。
「今日はもう遅い。眠れ。疲れているはずだ」
こちらの体調まで気遣ってくれるのだろうか。
けれど・・・
「ひとつだけ。」
「何だ」
これだけ教えて欲しい。
かけらでもいいから、これからここで生きていくための支えが欲しい。
「殿下の祖国に、異界渡りの話がありますか」
支えがあれば、頑張れるから。
たとえ往生際が悪いといわれようが、もう諦めた方が楽じゃないかといわれようが。
一筋の可能性に縋れるから。
「さあな。他愛のない御伽話としてならあるかもしれない。が私は知らぬ。国にもどればあるいは・・・」
中途半端なところですみません。