Ⅱ-12 心に秘するもの1
すみません遅くなりました。
手をつないでいるわけじゃない。
ただ、掴まれているだけ。
互いにどうしたらいいのか、相手の出方を伺っている。
態度の軟化を喜べばいいのか、新たなる何かの予兆なのか。
《せめてこの手を離してくれたらきちんと座れるのに》
────片手を人質に取られた気分だ。
実際問題、半端な中腰のまま動けずにいて、そろそろ腰が痛くなってくる。
掴んだ当の本人はと言うと、さっきから顔を伏せ、ぴくりともしない。
あまりにも動かないから、もしかして眠っているのかも何て思ったが、すぐにそれはないと否定する。
さっきも眠ったかと思って近寄ったらこうなった。
しばらく様子を見よう、いつも待ちきれない短慮で癇癪を起こしたときほど後で後悔することが多い。
《それにしても綺麗な髪。外人さんなんてあんまり見たことないけど、それでもこんなに綺麗な金髪って始めてみる。良く手入れがされてるのかな?荒れてない。それとも若さ?》
行動範囲の限られたなか、実質見えるのは目の前の人だけ。
自然と観察するように、値踏みをする目線を向けてしまうのは許して欲しい。綺麗なものを眺めるのは、自分に被害が来ない状況ではしょうがない。人間の性だ。
掴んだ手と掴まれた手。
黄色人種の自分の肌と、白人の特徴を持った白い肌。
丸みを帯びた女の手と、骨ばった無骨な男の手。
何処までも違うその二つは、決して交わることがないように感じる。
立場さえもまったく違い、若いけれど人を従え導く者と、年上だが何も持たない者。
「お前は、異なる世界からきたといっていたな」
顔を伏せたままこちらに声がかかる。
やっぱり眠ってはいなかった。
「はい」
「信じるわけではない。信用もしていない。」
そう繰り返さなくても、怪しいことは良く分かっている。
寂しいし、心もとないけれど、仕方のないこと。
「ただ、私はひどく状況に厭いている。現状にな。ちょうどいい暇つぶしだ。話をしろ」
「話・・・ですか」
「そうだ。聞いて欲しいのだろう?」
「なにを・・・何から話したらいいですか」
聞いて欲しいことはたくさんあった。逆に聞きたいことも数え切れないほど。
けれどいざ話せと言われると、何から話していいのか、言いたいこと、聞きたいことがありすぎて逆にどれから言えばいいのか迷ってしまう。
「そうだな・・・おまえはどうやって戦場に現れたのか。どこから、何の目的があってか」
そんなものこちらが知りたい。ここは何処なのか。どうして自分はこんなところにいるのか。
顔を上げ、こちらを見る殿下の眼は昼間とは違い、今は暗い湖の色だ。
底の見えないほど深く、怖くて近寄りたくないのに、なぜか引き寄せられる。
いつのまにか手は離れ、殿下は寝台に腰掛けている。
「座っても・・・?」
「ああ。許す」
少し離れたところに移り、座り込む。
夜、肌に触れる空気はひんやりとしていたが、床には毛の長い絨毯のようなものが敷かれており寒くはない。
「信じてもらえないかもしれませんが、たぶん私はここではないところから来たんだと思います。どうやってあの場にいたのかなんてわかりません。気がついたらあそこにいました」
眼を開けたら、あの救いようのない世界にいた。
「ここではないところ?他国ということか?それとも違う大陸か?」
そうだったらどれだけいいだろう、これが私が暮らしていた世界であったら。
それだったら、日本大使館を探して、日本に帰ればいい。
日本、アメリカ、中国なんでもいい、誰かが知っているはずだ。