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Ⅱー9 日本人の性




 「失礼します」



 この世界の礼儀もしらず、とりあえず日本式の礼をとり、その中へと踏み入れた。


 品良くまとめられた室内よりも、圧倒的に眼を引くひと。


 何の感情も浮かんでいないような瞳が怖くて、視線が上げらない。

 何を聞かれるのか。どういえば信じてもらえるのか。

 一番偉いという事は、自分を如何どうにでもできる決定権を持っていると言うことで。

 言い換えれば、気分を損ねたり、不信感を抱かれれば、自分の人生の終わりに直結する。

 


 「少しは見られるようになったか・・・」



 小声でつぶやくようにした声は遠くて届かない。



 「ラウールからお前の働きは聞いた」


 

 緊張のため力が入り、握り締めた手が震える。

 なんて報告を受けたのか。

 それを聞いてどんな判断を下すのか。



 「完全に疑いが晴れたわけではないし、信用するわけでもない。」



 抑揚のない声音に、広いはずの天幕が息苦しく感じ、



 「ないが・・・・この道中での身柄は保証しよう」



 殿下の言葉が理解できると、安堵あんどに膝が崩れた。



 「ありがとうございます!・・・良かった・・!!」



 完全に信用が得られるなどはなから思っていない。

 それでも、ここにいられる。安全が保証されたと思うと、涙さえ浮かんでくるようで。

 異なる世界に独り、今までに見た景色はあまりに惨く、いずれ自分もそうなるのではと心の底で疑っていた。もちろん今だって、どこかでまだ不安はある。

 だが、先ほどまでの深刻な危機感を抱かなくてもいいと思うと張りつめた神経が緩んだ。


 緩んだから、気づけなかった。殿下の視線に。その意味に。


 ふと視界に影が落ち、顔を上げようとする。

 その正体が殿下だと知ったと同時に身体が浮いた。


 「!?」


 抱えられている?

 どうして?

 

 「あの・・・? 降ろしてください」



 「・・・・」



 こちらの言葉に反応することなく歩を進める。

 社会人になってからこんな風に抱えられた記憶などなく、降りようとすると落ちそうで動けない。

 広いと言っても、所詮天幕の中。目的の場所はすぐ近く。

 ほうりだすかの様に降ろされた。


 柔らかな感触。


 とっさに起き上がろうとするが、その手を縫い止められる。

 近づいてくる身体にわけが分からないまま危険と恐怖を感じ、身じろいだ。



 「・・離してください。」



 「・・・・・」



 分かっているのかいないのか。

 縫いとめる力だけが強くなり、こちらの不安は増していく。


 

 不意に、

 足に冷たい感触が。

 

 

 「?!」



 それが何か理解すると共に手は奥へ奥へと進んで。

 何をされているのか分からないほど子供じゃなく、未経験でもなかった。

 この場合、自分の立場上どうしたら良いのか。とりあえず足を動かし、それ以上手が進入しないようにするが、ワンピースのような着物では障害となるはずもない。むしろ布地が足へまとわりつき自由が妨げられる。



 「やめてっ!!やめてくださいっ。離して!」



 先ほどの言葉はなんだったのか。

 人を安心させるような話をして、油断させておきながら。

 手はどんどん進み、捲り上げられた布はもう意味を成さないほどで、身体のほとんどがさらされている。

 首筋にやわらかい感触。わき腹と足のきわどい場所に手を感じ・・・・・・堪忍袋の緒が切れた。



 「ふざけるなあっっっ!!」



 「っっ?!」



 確かな感触。改心の一撃。

 いまどき、痴漢・変態への対処法なんて聞き飽きるくらい聞いている。実践は初めてで、決まるか不安だったけど、こういうときに手加減は命取り。全力を込めた。

 ワンピースの裾を戻し、かすかに震える手でこぶしを握る。


 見回した先に、想像どうりの姿。

 

 眉間にしわ、額に汗。身を折り膝を着け、手はお腹へ。



 《・・・・お腹?》



 どうやら目的とは若干ずれがあったらしい。

 相手から何か反応があってもいいように構えるが、いつまでたっても動きがない。

 若干、両肩が震えているような気もする。



 「・・・・・・・」



 「・・・・・・・・」


 

 「・・・・・・大丈夫ですか?」



 何をされたか忘れたわけではないが、あまりにも反応がなく、もしかしたらやりすぎたのかも・・・と心配になってきた。

 そろりと寝台から足を下ろし、相手に近づく。

 


 「もしもし・・・?」



 「・・・・・・・」



 声をかけ、反応がないのを確認すると、一歩、また一歩と近づき、ついに肩に手をかける。


 

 「大丈夫?」



 これが、仇となった。





 そして状況はまた戻る。



 ひっくり返った視界に、苦しげによった眉間が見える。

 逃れたはずの身体の下。要所要所を押さえられ、今度こそ逃げ場がない。



 《まただまされた・・・・》



 お人よし過ぎるのだろうか。

 それとも平和ボケした日本人だから?

 ・・・まさか学習能力が低いのか。


 後悔先に立たず。

 


 互いにそれ以上動かず、視線が交差する。



 「・・・・大丈夫?」



 悲しいかな看護師のさが。少しでも苦しそうなところが見えれば心配になる。増して原因は自分だ。



 「ぷっ」



 「ぷ?」



 「ふはははははあはっははははっはははっ!!」



 重みは退き、殿下は横に倒れ、腹を抱えて笑っている。

 


 「あの・・・・?」



 頭でも打ったのだろうか?

 



 「殿下っ!!」



 声と共に天幕の中に二人の姿。

 


 「「大丈夫ですか!?」」



 ひとつはディーンさんから殿下へ。もうひとつはラウールさんから私へ。

 ラウールさんは私のよれた衣服と、乱れた寝台を見て痛ましそうに。

 ディーンさんは、腹を抱えて、笑いやまない殿下を不審そうに。

 それぞれがそれぞれを見て、動かない。



 「ラウール。ディーン。白だ」



 「へ?」



 「この女は白だ。間者でも、刺客でも、まして領主たちが送り込んだ情婦でもない。警戒は解く。」



 《何のことデスカ?》


 

 「悪いが試させてもらった。どうやらお前の居た世界とやらはよほど平和らしい。警戒心がなさ過ぎる。寝台に連れ込んでも媚もしなければ、誘いもしない。自分へ危害を加え逃れた相手の心配さえする。この世界ではありえない。こんなに甘くては生きていけない」



 「では、信じるのですね」


 

 「とりあえずはな。異なる世界とやらについては追々聞きだしていくことにする」



 話を聞く限り当事者であろう自分を、置き去りにしたまま状況は進んでいく。

 


 「連れ出しても?」



 「いや・・・女はここに。聞きたいこともある。待遇は変えない。ひるはラウール、お前付きとし、夜は私の身の回りの世話をさせる。分からないことはその場で聞け。いいな?」



 「・・・・」



 「おい。お前に言っている」


 

 殿下の目線は私に向いている。今言ったのはこっちへ?



 「分かったか?」

 


 「はい」



 とりあえず返事を。



 「と言うことだ。下がれ」



 まだ言いたいことがあるような、後ろ髪惹かれるような顔をしつつもそれ以上殿下が何も言わないのを感じ、二人は天幕から出て行った。




 天幕の中ふたり。



 まだ状況は見えていない。








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