Ⅱ-8 17歳
その日、区切りのいいところまでなんて思いつつ、馬車の中と外を往復していた。
少しでもよくなってもらいたくて。
できる限りのことをしたくて。
フォルさんから腕を止められ、気づくと、
外はいつの間に真っ暗で。
《あ・・・・》
月はとっくに上の方にあった。
馬車から降りて上を見上げる。
《不思議・・・。月は変わらない・・・》
ずっと身体を動かしていたからだろう。心地の良い疲労が溜まっていた。
馬車の中にはあの戦場で会ったセディオンもいて。
改めて御礼を言われた。
彼は今回が初陣だったそうで、落ち着いて見ると思いのほか若そうな外見に驚き。
年齢を聞き、また驚いた。
・・・・17歳。
それがこの世界で早いのかどうかもわからない。
けれど、日本で生まれ育った私に、
17歳であの惨たらしい戦場を経験するのはあまりにもつらく聞こえた。
比べてもしょうがない、とは思っているけれど。
17歳。私は何をしていただろう?学校へ行き、くだらない話に盛り上がり、箸が転げても笑っていた。・・・大人の猶予期間。
「きつかったね・・・」と言った。
それに対し、彼は‘確かに怖かったけれど、きつくなかったとはいえないけれど・・・国のために戦えることは僕の誇りです。”と言った。
迷いのない青い瞳で、まっすぐ私の眼を見て。
それに生きています。あなたが助けてくださったから、僕は家族に会うことができる。
だからありがとうございます・・・・・・・と。
大人なんだ。と思った。自分の道をしっかり見据えている人の眼だ、と。
「私もそうあれるかな・・・」
向こうでは日々に慣れ、そこまでの目標や、大した信念も持たずに生きてきた。
それが間違っていたとは思わないけれど。
この少年に向き合うには足りない気がした。
まだ右も左も分からず、自分の足元さえしっかりしていない。
不安に叫びたくなる心を、無理やりおさえつけ、やっとのことで一日を乗り切っただけだ。
だけど、この瞳に恥じない自分でいたいと、信頼にこたえられる自分になりたいと思った。
やれることは少ない。
とりあえず今はできるだけのものを。
その後一通り処置が終わり、
夜通し付き添いがいりそうな患者もいないため、
一人一人に声をかけ、馬車を後にした。
とりあえず、ラウールへ今日の報告をと考え歩いていると、前方から当の本人が来る。
しかもなにやら急いでいるようで。
「どうしたのですか?なにか・・・?」
「エミ!まだここにいたんですか!?」
・・・・・そんなことを言われても。
少し焦った様子に、何かあったのか・・・もしくは自分が何かしてしまっただろうかと不安になる。 良く見ると、後ろからはディーンも来ていた。
「夕方、殿下の下された言葉を覚えているか?」
「・・・・?ラウールを手伝え・・・と」
他に何か言っていただろうか。
よくよく思い出しても、何も浮かばない。その前に言われた皆に下げ渡す云々が強烈過ぎて、他が印象に残っていなかったが。もしかしてそのことだろうか。
覚えてないのがありありと分かったのだろう。ディーンはいつかのように嘆息する。
「エミ。ディーンが言いたいのは、‘今日から夜はあなたを殿下の天幕へ連れて行くように”と言う言葉なんですよ・・・。まさか本気だったとは。ディーンの顔では殿下から催促でもあったようですね。」
「殿下はもう天幕に入られた。身支度が済んだら連れて来いとのことだ」
・・・・ちょっと待って。今何か変なことを聞いたような。殿下の天幕へ?とんでもない。近寄りたくない。昼間のことが思い出され、鳥肌まで立ってきた。正直怖い。
「あの・・・天幕へと言うのは、どういうことでしょう?私へ問いただすことでもあるんでしょうか?疑いはまだ強いのですか?」
尋問も、拷問もできる限り避けたい。
「いや・・・」
「・・・・・・・・・」
そこでどうしてお互い眼を逸らすんですか?言いがたいことのように言葉を濁す2人にいやおうなく不安が募る。
‘行きたくない”なんていえないのだろうか・・・。
この世界には歴然とした身分制度がある。それは昼間のやり取りを見ていて感じた。
日本で思い出されるのは上司と部下くらい。他は分からないが、少なくてもここのようにすべてを差し置いても絶対の存在ではなかった。拒否という選択肢があった。
「詳しいことは殿下が説明されるだろう。お前は今晩は殿下の天幕で過ごすことになる」
一晩かけて話を聞くと言うことか・・・。
信じてもらえるだろうか。異なる世界を。自分の境遇を。
そのまま、ディーンに連れられ、水場へ行き身体を清めた。昼は暖かかったが夜になると水で身体を洗うのは寒い。それでも、血や汚れなどですえた臭いがするよりはましだと思い、髪も洗った。
有難い事に石鹸がある。身を清め、新しい着物に袖を通すと気分も変わるようだった。
殿下の天幕は周囲の中でも一番の大きさ・・・ではなかったが一番立派なつくりをしていた。
一緒に入るものだと思い傍らを見上げるが、首を振って否定される。
「あの・・・?」
「この中に入れるのは、殿下に呼ばれた者か、危急の件がある際だけだ。今回殿下はお前だけを呼ばれた。俺は入れない」
一人で殿下の尋問を受けろと言わんばかりの様子に、肩が下がったのはしょうがないだろう。それでも、入りがたくて、立ち止まっていると中から声がかかった。
「早く入れ」
こちらが、見えているのだろうか・・・・?
無常な一言と手に背を押され、遂に入り口にたどり着く。
いったい何を聞かれるのだろう。
自分でも分からないものが答えられるだろうか。
この世界に独り。味方もいなければ、相談できる者もいない。
どうしたらいいなんて誰も言ってくれないのだ。
暗くなる心とは反対に、灯りのともされた天幕の中へ一歩を踏み入れた。