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第八話:無限なる“穴”の拡張

 もはや「肛門の肥大」と呼ぶにはあまりにもかけ離れた姿を、辻垣内の遺体は晒していた。腰から下に広がる黒紫色の肉塊は、完全に体幹部分を飲み込む勢いで拡張を続け、尻の穴というよりは巨大な空洞の(ふち)が開いているように見える。まるで“穴”そのものが自らの意思で広がり、身体を蝕むのではなく、身体が穴に飲まれている――そんな錯覚さえ生じるほどの異様な光景である。


 このような異常事態に直面した病院は、さすがに事態を公にしないわけにはいかず、外部の研究機関や行政にも連絡を取り始める。しかし、瞬時に解決できるわけもない。法医学者や病理学の専門家が駆けつけ、その肉塊を観察するたびに顔面を蒼白にして絶句する。感染症なのか新種の病原体なのか、あるいは何らかの未知の細胞変異か。見解は割れるが、どれ一つ確証がある説明には至らなかった。


 そして、やがては大掛かりな解剖や分析を試みる必要が出てくる。だが、それすら容易ではない。なぜなら、そこにメスを入れようとすると大量の腐敗液と血液が噴出し、その臭いと衛生リスクがあまりに大きいからだ。防護服に身を包んだ解剖チームがいざ検体の切除を試みても、見る間に液が溢れ出し、酸鼻を極めるほどの汚染が部屋を支配する。しかも不思議なことに、切除したと思った肉の欠片が、ほんの数時間後にはまたどこからか湧き出すかのように穴の淵を肉厚にしている。いくら切っても、まるで根が尽きない。穴の縁はむしろ刺激を受けるとさらなる拡張を見せるのだ。


 こうして、死体がすでに機能停止しているにもかかわらず、下半身を中心とした組織は肥大を続けるという悪夢めいた現実が浮き彫りになる。時が経つほどに、その穴はさらに容積を増し、下半身を外側だけでなく内部からも溶解し、骨までも巻き込んで広がっていく。骨盤の骨が一部むき出しになり、しかも骨すらも黒ずんだ液に侵され、脆く砕け散るように崩壊している。死体の身体という器が破壊され、代わりに穴があたかも“新たな器”として君臨しようとしているかのように。


 やがて、遺体の上半身と下半身の境目さえ曖昧になり、胴体は胸部あたりで辛うじて繋がっているだけ。腹腔からは内臓が半ば溶けながらもずるりと垂れ下がり、その表面はどす黒い液に塗れ、見ているだけで吐き気を催すほどの悪臭を放っていた。その中心、つまりお尻の穴だった部分はもはや“大穴”と化し、空間を飲み込み続ける渦のようにぐるぐると外周を蠢かしている。


 医学者たちは、もしかするとこの穴には何らかの未知なる増殖のメカニズムが存在し、完全に取り除かない限り拡張が止まらないのではないか、という仮説を立てる。だが、仮に完全切除を試みたとしても、すでに身体の大部分を支配しているそれをどうやって切り離すのか。その範囲はどこまで広がっているのか。明確な答えは誰にもわからない。

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