第七話:死後の顕現
病院側はこの前代未聞の事態に極度の混乱をきたし、外部への公表も躊躇する。だが、このまま安置しておくこともできない。普通であれば火葬なり埋葬なりの手続きを踏むはずが、この異常なケースでは遺族への説明もままならない。実際のところ辻垣内の身内は遠方に住む高齢の母だけで、連絡を受けても病院へ駆けつける体力がないという。そのため手続きが滞り、遺体は病院の管理下に留まっている。
医師たちは「念のため研究機関に連絡を取るべきだ」と考え、専門家の意見を仰ごうと試みるが、そんな余裕もないほど事態は急転直下である。というのも、死体に付随して腐敗臭とはまた異なる強烈な悪臭が院内を漂い始め、周囲の医療スタッフが体調不良を訴え始めたのだ。吐き気やめまい、頭痛を伴う者が続出する。検査しても明確な毒性があるわけではないらしいが、どうにも精神的にも生理的にも耐えがたい臭いに違いなかった。
そして、遺体を安置していた冷蔵庫付きの保管室に変化が起きた。冷やされた状態にもかかわらず、遺体下半身の肥大した肉塊はさらに一回り大きくなり、周囲の金属製トレーを圧迫し始めていたのだ。周囲の皮膚や筋肉組織も溶解しかけているのか、腐敗液がぶくぶくと泡立ちを見せるようになり、そこに混じる血液や膿の混ざった液体が滴り落ち、排液口を詰まらせている。周囲の医師が防護マスクをしてもなお耐えがたいほどの強烈な臭いが漂い、部屋に足を踏み入れただけで目を開けていられないほど目が痛むという報告まで上がった。
驚くべきは、冷蔵施設の中で、死体の肛門部分だけが腐敗を超える勢いで増殖を続けていることだ。死後硬直が進み、通常であれば死体は硬くなっていく。ところが下半身の膨れあがった部分は柔らかく弾力があり、一方で皮膚が破れているため黒赤い筋繊維がむき出しになっている。そこがあたかも呼吸するようにわずかに膨張と収縮を繰り返しているかのように見える。いったい、どんなメカニズムでこんなことが起きるのか。