第四十六話:クレーター周縁への“還流”
専門家が生き残っていた頃、何度か行われた調査によって、クレーターの地下には相当の空洞が存在する可能性が示唆されていた。雨が降るたびにそこへ大量の水と瓦礫が流れ込み、粘液状の汚染層を通過しながら“何か”が化学変化を起こしている。その“何か”とは、従来の生物学の範疇では説明できないほど強靱な再生力を伴う細胞組織だ。
そして近頃、クレーターの縁に立ち込める霧や蒸気が増えているという噂がある。遠巻きに監視している軍のドローン映像から、かすかに黒いモヤが地表を撫でるように漂い、やがて森や廃墟のほうへ低く流れ出しているのが確認されたという。そのモヤには、ごく微細な液滴が含まれ、触れるものにこびりついて腐蝕を起こす。
しかも、これが新たな問題を引き起こしていた。まるで「クレーターの内部から外へ向かう還流」が起きているかのように、ドロドロした液体や微粒子が別のルートを通って上陸しつつある――そう推測する専門家もいる。簡単にいえば、地下で行き場を失った汚泥やガスが地上の少し離れた地点から噴き出し始めている、というのだ。
ゴーストタウンの各所に「地面が変色し、奇妙な斑点を形成している」例が増えている。アスファルトを突き破る形で、黒い水が染み上がり、周囲に薄紫や赤茶色のリング状の模様が広がる。そこではコケやカビのようなものが異常繁茂し、ときには巨大なキノコのような塊まで生じるという報告がある。
調査を試みる侵入者たちの一部が、そのキノコに触れた瞬間に腕の皮膚が灼けたような痛みを訴え、水ぶくれやただれが止まらなくなったという証言もある。あたかもそのキノコが腐食性の液体を含んでいるようだ。しかも、切り取った断面からは黒紫の汁が滴り落ち、鉄のようなにおいを放ちながら床を溶かす例もあったとか。
どうやら、クレーターに端を発する未知の汚染と、有機物の成長サイクルが融合し、新たな“菌類的”な生命形態が生まれ始めているのかもしれない。従来の自然界の常識とは比較にならないほど急速に成長し、周囲の素材さえ取り込みながら繁殖している――その様は、ただの植物や菌の範疇には収まらない、どこか生々しい脈動さえ感じさせる。




