第二話:医療の限界
朝一番に肛門科を訪ねたが、医師も看護師もこの「肥大」の原因について明快な答えをくれない。診察台に横たわり、横向きに寝そべり、尻の穴を露わにされた姿勢で医師が視認と触診を行った。しかし、医師の表情には不可解な動揺が見え隠れする。
「うーん、これは……痔核ではなさそうですね。周囲の腫脹がどうも内側から押し出されている感じです。組織そのものが変質しているとしか……。念のため大きな病院で検査を受けていただいたほうがいいかもしれません」
すぐに血液検査とMRI検査を行ってもらうことになった。結果は一週間後に分かるという。辻垣内は不安を拭えぬまま、日に日に「その部分」がさらなる膨張を見せるのを感じていた。
検査結果の日、担当の医師は開口一番、首を傾げながら唇をかみしめた。「悪性腫瘍、あるいは何らかの感染症の可能性を考えたが、いずれも陰性だ。どこにも当てはまらない。まるで筋繊維や細胞の構造が肥大方向へ変異しているようだが、細胞診でも異常は見当たらない」とのことである。つまり、医学的には原因不明。「とにかく経過観察してみましょう」と言われても、それではただ時間だけが過ぎていく。実際には、その時間こそが最大の恐怖を呼び込むこととなった。
肥大はさらに進む。尻を拭くたびに、それが明確に大きくなっているのがわかるのだ。ときには少量の血液らしき粘液が滲み出すこともあるが、大きな痛みは相変わらずない。だが、その粘液は触れるとどこか生臭く、ぬるりと指に絡みつく。普通の血液や体液とは微妙に違う。茶褐色や黒ずんだ血とも異なる、まるで体内の深部から滲み出しているかのような、薄い赤紫色を帯びたどろりとした液体だった。鼻を寄せると、腐った肉と鉄のような、どこか金属的な匂いが立ち上がる。しかもそれは、日に日に量が増え、下着のシミも広がっていった。
そんなある日のこと。トイレで用を足そうと便座に座った瞬間、思わず声を上げた。肛門が便座にあたって痛みというか「押し返される」ような圧力を感じたのだ。確認すると、肛門がもう便座の内側からはみ出しかけているほどに膨張している。ふち全体が丸く盛り上がり、どこか紫色が濃くなってきている。垂れ下がるように膨れた粘膜組織が、呼吸にあわせてかすかに脈打つ感覚さえある。まるで独立した生命体のように、ゆっくり動いているようなのだ。