第二十話:新たなる異変の予兆
転機が訪れたのは、ある雨の夜のことである。長時間にわたって豪雨が降りしきり、近隣の下水道やマンホールが限界を超えるほどの水量を抱えた。結果、病院の地下室の周囲でも浸水被害が起こり、敷地内の低い場所には大きな水たまりができた。廃墟の窓からも雨水が大量に流れ込み、階段や通路を伝って地下へと流れ落ちていく。
そんな最中、突如として建物の一部がごう音とともに崩落した。具体的には、かつて隔離エリアの真下に位置する地下室の天井部分が水圧に耐え切れず破裂し、大量の瓦礫と泥水が一挙に崩れ落ちたのだ。
その瓦礫の隙間から、どす黒い液体――見慣れない粘液が溢れだし、一帯の地下空間を一気に汚染し始める。あの“穴の肉塊”が上階から流出してきたのか、あるいはすでに地下にまで浸透していたものが水圧で弾け飛んだのか。とにかく、廃墟の地下に溜まった雨水と黒い液が混じり合い、奇妙な泡立ちを伴いながら床を覆っていく。
この混合液が実に厄介だった。水で希釈されることで粘度が多少薄まっているものの、相変わらず腐敗臭や鉄錆のような刺激臭を放ち、さらにそこに土砂や雑多な有機物が混じって一種の泥沼を形成する。内部では細かい肉片が浮遊し、時折ぶくりぶくりと泡が弾け、穴からの成分が溶け込んだ液体が地下壁面や配管をじわじわと溶かしていく。
地下に残されていた構造物や備品は次々に腐食し、耐久力を失って崩れ始め、病院の土台そのものを脆弱にしていることは明らかだった。
やがてこの液が地下の排水溝からさらに外へと流出し始めた可能性が高い。実際、翌朝には病院近くの道路が妙に湿った赤黒い水たまりで汚れており、通行人が不審に思って役所へ通報する事態となった。人目を引くような匂いは薄かったが、よく見ると泥の中に血のような色の筋が広がり、足にまとわりつくとねっとりとした感触があるという。
住民のあいだでは「これは一体何なのだ」と騒ぎになり、ついに自治体は本格的な調査に乗り出さざるを得なくなった。新聞やローカルテレビ局でも、小さくではあるが「旧○○病院周辺の汚染」として取り上げられ、専門家による初動調査が行われる運びとなる。




