第一話:異形の芽吹き
ある朝、辻垣内はいつものように目覚まし時計にたたき起こされ、寝ぼけ眼でベッドからむくりと起きた。やや尻に違和感がある。排泄を終え、トイレで尻を拭こうとしたとき、それははっきりとした形で感じられた。どうにも穴のあたりが腫れぼったい。強烈な痛みでも痒みでもないが、何ともいえず肉が張っているような感覚。肛門の内外がむず痒く、熱をもってじんわりと疼くようだ。
「痔かな……」
本人はそう考えてもおかしくはない。年齢的にも運動不足で、デスクワークや立ち仕事の多い人にとって痔は珍しくない。実際、彼も工場での立ち作業が多い。そんなに驚くべき症状ではないだろうと軽く考え、とりあえず薬局で痔の軟膏を買って塗ってみる。しかし、不調の根は深いところから蝕み始めていたのだ。
数日後、塗り薬を使ってもさっぱり改善しないどころか、かえって違和感は強まっていた。尻の穴が自分の意識に存在を主張するほど、じわりじわりと肥大し始めている。肉が盛り上がるかのように、外側が軽く膨らんだ形になり、便座に腰を下ろすと微妙に位置がずれるほどにふくらんでいるのがわかる。下着に擦れる感覚もいつもと違う。まるで穴が大きくなり始めたかのようなのだ。
しかし、痛みらしい痛みはほとんどない。だが、ただ尻の穴が熱を持ってじわりと脈動しながら、大きくなっている――そうしか表現できない異常が確かに進行している。これは単なる痔ではないと彼も勘づいてはいたが、病院に行くのは恥ずかしい。そうこうしているうちに症状がどんどん進む。
ある夜、シャワーを浴びようと全裸になって鏡を覗き込んだとき、その肥大がはっきりと視覚的な形をとって認識されることになる。臀部を片手で開いて鏡に向けてみると、明らかに肛門の円周が広がっているのだ。通常、肛門の開口部は視覚的にはほとんど確認しにくいものである。だが、そのとき彼が目にしたのは、赤紫の粘膜がうっすらと覗く、何か大きな瘤のような存在だった。縁のあたりは軽く盛り上がり、肌のしわが妙に伸びきり、うっすらと血管が浮き出ている。奇妙な弾力がありそうな、いや、触れればぐにゃりと内側が蠢くに違いない――そんな不吉な予感が全身を包む。
だが痛みは依然として僅か。むしろ、どこか怪しく疼くような、嫌悪と興味が入り混じるような感触があった。異常なまでの生々しさ、まるで自分の身体が裏返りかけているのではないかという、不快な感覚。そしてそれが、ゆっくりながらも確実に大きくなっているという現実。辻垣内は初めて本格的に恐怖を覚え、翌日、しぶしぶ近所の肛門科を受診する決断をした。