第十七話:暴かれる惨状
医師たちの少人数チームは、再度隔離エリアへ足を踏み入れる決意をした。拡張し続ける穴の“中心部”を見なければ、今後の方針すら立てられないからだ。もっとも、すでにマニュアルや常識が通用しない世界である。防護服の厚みを増やし、呼吸用の酸素ボンベまで携行し、廊下には滑り止めのマットを敷き詰めるという厳戒態勢での突入となった。
だが、エリアの入り口でさえ、かつての光景とは様変わりしていた。扉を開けた瞬間、むわっとした熱気と共に、鼻を焼くような刺激臭が襲う。扉付近の床はねっとりとした漆黒の液で半ば埋まり、足を踏み入れればずるりと沈み込む。まるで固まらないアスファルトの上を歩いているかのようだ。
部屋の中は電気が落ちて薄暗く、ヘッドランプが捉える光景には、粘液や肉片がこびりついて糸を引くような光沢が反射する。かつてベッドや医療機器があった場所は形を失い、一部の金属製フレームが曲がりくねって奇妙なオブジェのように突き出しているだけ。あちこちに泡立った液溜まりがあり、そこからは腐敗ガスがぷくりぷくりと噴き上がっている。
そして、問題の“穴”は……部屋の中心部分、かつて遺体を安置していたスペースを覆い尽くすように、巨大な塊と化していた。
「あれは、もう……」
一行は息を呑み、言葉を失う。
かつては「人型の下半身と肛門付近が異様に膨れ上がっている」程度の姿を想像できたかもしれない。だが、今やそれがひとつの円形の塊というか、まるで巨大なドーム状の肉膜へと変貌しているのだ。高さは大人の肩よりも上、横幅も数メートルに達し、一部は天井に触れるほど盛り上がっている。真ん中あたりには穴のような窪みがあり、そこからどろりとした液が流れ出し、床へ滴っている。その流出量が膨大で、部屋全体がぬめった濁流で満ちているのだ。
外壁は濃い黒紫、裂け目からは赤や黄土色の液が漏れ、そこに触れる空気が腐敗臭と混ざり合って気泡を生む。何より不気味なのは、これが「静止している」わけではないことだ。ゆっくりと、しかし確実に、脈を打つように膨張収縮を繰り返している――目を凝らせば分かる、小さな鼓動のようなうねりが連続しているのだ。
中心部まで近づこうとすると、床が深く沈み込み、ひとりが思わずバランスを崩してよろめいた。慌てて仲間が腕を支えるが、その拍子に彼の防護服のすそが液に浸り、わずかながら破れを生じた。途端にその部位から焦げ付くような痛みが走り、彼は叫び声を上げる。看護師たちが急いで彼を引き上げようとするが、粘度が高い液が防護服の破れ目から肌を侵しはじめ、ひどい腫れと水ぶくれを瞬く間に作り出していく。
恐怖に駆られたチームは、踏みとどまる余裕もなく一目散に退却を余儀なくされた。中心部にはさらに危険が潜んでいる――そう確信するには十分な体験だった。