第十四話:医療の名残と諦念
「こんなことが現実にあるはずがない」――それが大方の率直な感想だった。しかし、現実に起きている。
まるで自然災害のように不可避かつ、そもそも人知が及ぶ範疇ではない。そう認めざるを得ない段階に来ているのかもしれない。医師たちは、彼らの「病を治す」という職能を著しく揺さぶられる思いだった。誇りを持って学問に打ち込み、臨床現場で患者に向き合ってきたはずが、いざ未知の惨劇を前にすると、なす術がない。
むしろ、病院こそがこの拡大する穴によって喰いつくされつつある。言うなれば、病院全体がひとつの“宿主”になりかけているかのようだった。
残されたわずかなスタッフの中には、研究心を奮い立たせ、どこかの学会や研究機関へサンプルを送るべく動く者もいた。わずかながら切除に成功した肉の破片や吸引した液を厳重に密閉し、顕微鏡や各種装置で観察しようとする。
しかし、驚くべきことに、その肉片は切り離され容器に入れられた後も、一定の柔軟性と脈動に似た動きを示す。そして数日後には、表面に微細な裂け目が生じ、そこから黒ずんだ液が再びにじみ始めるのだ。いくら密閉容器に入れ、外気を遮断しても、何かを内側から溶かすように、容器の壁に黒い染みをつくりはじめる例も報告された。
「これでは研究どころか、危険物を院外に持ち出すだけでも大問題だ」――そう判断されて、結局サンプルの本格的な外部移送はキャンセルされる。まさに八方塞がりの状況がそこにあった。
以前からこの病院で働いていたベテラン看護師の一人は、ため息交じりにこう呟いた。
「こんなことになるなら、あのおじさんが生きているうちに何とかできなかったのかしらね……」
後悔とも絶望ともつかぬ声に、同僚の誰もが返す言葉を持たなかった。