第九話:果てなき拡大の行方
日は経ち、現場を知る医療スタッフや研究者の間では、“穴”がさらに変化しているのではないかという噂が飛び交った。もう死後何週間も経過しているというのに、腐敗はもちろん進行しているが、それを上回る速度で肛門周辺の組織が広がっているらしい。安置所の機能ではもう対応できず、負荷をかけないよう特別な部屋に移さざるを得ない。それでも拡張は止まらず、液体は常に滴り落ち、排水も追いつかないほど。床にはビニールシートを敷き詰め、何重にも防水を施してようやく汚染を食い止めている。
死体の形はもはや「人間」ではなく、巨大な肉塊の中央に深い穴が空いた“異形の塊”と形容すべきものだった。頭や腕の部分はかろうじて形を残してはいるものの、その下から胸部、腹部、そして下半身まではすでに繋がった塊として融解し、穴を中心にして肥大化している。いわば「お尻の穴が人間を飲み込んだ」姿とでも言うべきだろうか。
こんな現象をどう扱えばいいのか、誰にも判断がつかない。焼却処分を試みたいが、一般的な火葬場や医療廃棄物用の焼却炉では、果たしてこの異常組織を完全に焼却しきれるのかも分からない。それ以前に、この塊をどこかへ移動させるだけでも大変なリスクを伴う。衝撃や圧力でさらに拡張が促進される恐れがあるうえ、搬送中に周囲を汚染する可能性も高い。扱いを誤れば、病院中を破滅に導く毒源となるやもしれないのだ。
その間にも、あの大穴はじわじわと拡がりを見せている。辺縁部の肉組織はボロボロに壊死した部分と新生したように見える部分が混在し、あたかも生と死が同居しているかのように複雑な層を成していた。廃液は血や膿、腐敗液、そしておそらく体内にあったリンパ液などが混ざり合ったものだが、独自の粘性を帯びていて、触れた物を染みこませ、さらに変色させる。そこに触れた医師や看護師の手袋が溶けかかるといった報告まであり、その危険度がうかがえる。
その後、病院の判断で、「特殊焼却による処分を急ぎたい」という方向性が定まった。外部にも協力要請をし、可能な限り厳重な防護態勢と密封容器を用いて、火葬施設や処分場へ搬送する案が提起された。細心の注意を払って実行されるべき一大プロジェクトである。しかし、それはあまりに遅すぎる一手となっていた。