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復讐の狂想曲  作者: 路傍の小石
第1章
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第3話  ロベリア王国

 ここからは、あの歓待(かんたい)の席でされた内容を、僕の方で軽く噛み砕いて説明しよう。


 ……まず、あの王女様曰く、やはりここは僕らの元居た世界ではないらしい。


 《アトランダ大陸》南方に位置する大国、《ロベリア王国》。

 そしてその王国の中でも、更に西南端に位置するのが、僕らの現在地でもあるこの《ルーペンスの町》との事だった。


 聞いた事のない地名に、聞いた事のない国の名前。


 ここが、これまで僕らの居た世界とは別の世界である等という話からして、既に胡散(うさん)臭い事この上なかったが、目の前で実際に、《魔法》などという得体の知れない力を見せ付けられようものなら、流石にそれを信じない訳にもいかなかった。


 謎の呪文と共に、突如(とつじょ)虚空より生み出された炎が、それを唱えた王女様の(てのひら)の上で、自由自在に(ちゅう)を舞う様は、流石にマジックやトリックの類を疑える範囲を優に超えていた。


 この世界には、僕達の知らない未知の力が存在している。


 例え、テレビやスマホといった文明の利器が存在しなくとも、代わりに魔法由来のよく分からない様々な技術が発展している事を思えば、元の世界と比べても一概に全てが劣っているとは言えなかった。


 一緒に召喚された僕の元同級生たちの中には、何故かこんな訳の分からない状態で別の世界に呼び出された事を、喜んでいる変わり者も居たが、僕にはちょっと理解出来そうにない感覚だった。


 いきなり見知らぬ世界に来て怯えている奴の方が、まだ気持ちを理解出来る。


 ()にも(かく)にも、僕達の世界とこの世界の一番の違いはといえば、やはり例の《魔法》に纏わる事だろう。


 僕達の世界には存在しなかったエネルギー、通称《魔力》。

 それが源になって、あの《魔法》とかいう不思議現象を引き起こしているらしい。


 未知のエネルギーという事で、魔力は僕達にとっても有害な物かと思いきや、意外にもそれ自体に人体への影響は殆ど無いらしい。


 色は透明で、無味無臭。目には見えずとも、この世界なら何処でも当たり前の様に存在している。感覚的には、空気中の酸素や窒素に近い扱いなのだろうか?


 ただしその反面で、エネルギー体としてはかなり不安定な性質も(あわ)せ持っているらしく、特定の条件が重なると、その存在抜きでは考えられない様な、超自然的現象を引き起こす事があるらしい。


 そうして引き起こされた特殊な事象全般の事を、この世界では他の普通の自然現象と区別して、特別に《魔法》、ないしは《魔術》などと呼んでいるそうだった。


 そして、ここからがある意味本題なのだが、この世界には《魔力》という未知のエネルギーが存在する事で、僕達の世界とは根本的に生態系の違いが生じている。


 この世界を生きる多くの者達にとって、魔力とは只そこに存在するだけの無害な代物に過ぎない。

 しかし中には、そんなエネルギーを積極的に己の体内へと取り入れた事で、独自の進化を遂げた種が存在する。《魔物》と呼ばれる生物たちがそれだった。


 魔物の体内には、魔力を扱う専用の器官が発達しており、それによって身体の中の代謝を活性化させたり、極度に身体能力を強化したりといった芸当が可能だった。


 そんな魔物たちの中でも、特に人間達から恐れられているのが、《魔族》と呼ばれる取り分け高い知能を(ゆう)した者達だった。


 彼らは人間と同じ様に、言葉や道具を扱えるレベルの高い知能を有しているだけではなく、他の生物達とは一線を(かく)すレベルで魔力の扱いにも秀でており、彼らは自らの意思で、まるで自分の手足の様に超常現象である魔法を行使する事が可能だった。


 同じ高い知能を有する者同士、古来より人間と魔族の間では争いが絶えなかった。


 互いの生息圏を巡って、有史以来長い戦いの歴史が続いており、大陸に数多(あまた)の人間の国々が乱立する時代になっても、その争いの歴史は決して(つい)える事がなかった。


 そうして血で血を洗う長い戦いの歴史の果てに、両者はついに決定的な衝突へと至る。


 当時の人間と魔族は、お互いが生物として求める本質的な土壌の違いから、ある程度の()み分けが()されていたと言っても良い。魔族は、生物としてのその力を存分に活かす為に、より魔力資源が潤沢(じゅんたく)な土地へと。反対に人間は、土地の魔力資源が少なく、けれども比較的危険な生物も少ないより安全な土地へと、長い歴史の中で互いにその生息圏を移しつつあった。


 しかし、その現状を良しとしなかったのが、魔族たちの頭目(とうもく)的存在である《魔王》と呼ばれる者だった。


 《魔王》は、その時代を生きる魔族たちの中でも最も強い魔法の力を持った者に与えられる称号であり、力こそを絶対の正義と考える彼ら魔族たちにとって、ともすればその存在は人間達の王以上の影響力を持っていた。


 そんな当時の魔王に煽動(せんどう)され、ついに百年前に魔族と人間は、全面戦争へと突入した。


 小国同士の争いや、種族間の領土争いとは比較にならない程の、それはまさしく《アトランダ大陸全土》の支配権を掛けた、有史以来最大最悪規模の絶滅戦争だった。


 進軍する魔王軍の力は圧倒的で、魔族の領土に隣接するというのその土地柄、日々それら脅威への備えを怠っていなかった人間達の国々であっても瞬く間に蹂躙(じゅうりん)されていった。


 魔王軍の進路上にあった町は、その悉くが焦土(しょうど)と化していき、戦争が始まってから僅か二年足らずで、人間側の国々の約半数が壊滅した。個々の力で劣る人間側の軍勢は、どこまでも劣勢を強いられ、大陸を生きる人々の間には恐怖と絶望が蔓延(まんえん)していた。


 そうして破竹(はちく)の勢いで進軍を続ける魔王の軍勢に対して、《アトランダ大陸》全土の支配も、最早魔王の手に落ちたかと思われた頃――、立ち上がった一つの国があった。


 それこそが、かつての超大国《ロベリア帝国》であった。


 大陸の南方に位置し、当時、人間の国でも最大勢力を誇ったかつての《ロベリア帝国》は、魔王軍の侵攻を受けてからもバラバラだった人間達の国々をまとめ上げ、残された人々の間で連合軍を結成したのだ。


 史上(るい)を見ないこの大規模な連合軍の結成によって、魔王軍は明確にその侵攻の勢いを落とした。


 戦争が始まってからは(ただ)一方的に押し込まれるだけだった戦線も、残された大陸の人々が総力を挙げて事に当たったことで、その戦線を徐々に魔族領がある大陸の北側へと押し返していった。


 元々、短期間で侵攻を続ける魔王軍の戦線は間延(まの)びしていた事。

 そして戦争が始まってから魔族たちが占領した土地は、皆が元は人間側の土地であり地の利があった事。

 更には長期戦になると、戦場となっている人間側の土地では失った魔力を回復する手段に乏しく、時間が経つに連れて彼ら魔族たちが本来の力を発揮出来なくなっていった事など。


 それら全ての要素が人間側に味方し、最終的には敵の首魁(しゅかい)である魔王の首をも討ち取った事で、人間側がこの大戦にも勝利を収めたのだった。


 やがて大陸中に散り散りになった魔王軍の残党を掃討した後に、残された穏健(おんけん)派の魔族たちとの間で講和条約が結ばれた。


 大戦が始まる以前の国境線を、お互いの不可侵地帯として定め、今後、両者の恒久的な不干渉を約束した事で、この有史以来最悪の戦争と呼ばれた《レムナント大戦》の歴史にも、ついに終止符が打たれたのだった。


 これにて大戦は終結。あとは平和になった世界で、荒廃した人間達の国々も緩やかな復興を迎えると――、この時は誰もが思っていた。



 しかし、結論として戦争は終わらなかった。


 魔族の脅威が無くなった人間達の国々の間で、今度は別の争いが起こったのだ。


 八年にも渡る魔族との戦争の中、人間側の中心となって戦った超大国ロベリア

 かつては大陸で栄華を誇ったこの帝国も、大戦で力を使い果たした今となっては見る影もなかった。


 終戦後まもなく帝国は分裂し、新しく覇権を狙う周辺国の勢力が入り乱れて、《アトランダ大陸》の南方は、長い戦乱の時代へと突入した。


 国が分裂と吸収を繰り返し、幾つもの小国が生まれては消えていく。

 歴史に名も残らぬ国の影で、多くの血が無駄に流されては消えていった。


 戦争に参加していた全ての国々が力を使い果たし、ようやくこの長い不毛な争いの歴史にも終わりが見えた頃には、魔族との戦争の終結から更に五十年もの歳月が流れていた。


 この二つの戦争において、常に矢面(やおもて)に立たされていた《ロベリア》が、その後どうなったのかは想像するに難くない。


 新しく《新生ロベリア王国》を名乗り、辛うじてかつての名は残ったが、王国はその領土を全盛期の五分の一近くにまで落とし込んでいた。


 戦乱の時代が終わり、数十年の月日を経た今となっても、紛争の火種はまだそこかしこに残っている。


 鉱山資源などを絡めた土地の領土問題。かつては魔法大国でもあった、帝国時代の残された遺産や、その正当な所有権を巡っての争い。表立っての武力闘争こそ起きなくなった今の時代となっても、国同士での水面下の争いは、今も絶える事なく続いていた。


 しかも情勢が安定し、国同士がまた力を付けてきた今となっては、またいつ何がきっかけで大きな戦争に発展してもおかしくない程の、非常に緊迫した情勢が続いていた。


 ――そして、そんな混沌とした状況の中、衰退を続ける《ロベリア王国》の救世主となるべく召喚されたのが、僕ら異世界の《勇者》という訳だった、


 なんでも僕ら《勇者》には、この世界の一般的な人と比べて優れた魔法の才が眠っているらしく、その力はまさに鍛えれば一騎当千。

 普通の人間ならば、習得に数年を要する様な難しい魔法を僅か数日で習得し、更には発動に数十人単位の動員を必要とする様な大規模な魔法でさえも、その《勇者》個人が秘めている魔力量によっては、たった一人で行使出来る可能性すらあるのだそうだ。


 ……なんとも、非常に胡散臭い話ではあるが。


「…………」


 異世界で過ごす、一日目の夜。


 僕は、ルーペンス城の寝室で用意されたベッドの上に寝転がりながら、あの銀髪の王女様からされたこの話の真偽(しんぎ)について、頭の中で何度も考えを巡らせていた。


 時刻ももう大分遅いので、一緒に召喚された他の勇者達の大半は、既に眠りに就いてしまっている。


 今は同じ状況に身を置く彼らの中にも、自分が王国を救う《勇者》として召喚された事を喜んでいる奴も居れば、ここが異世界だという現実に、唯々(ただただ)怯えていた奴も居る。


 どちらにしろ、(みんな)疲れていたのだろう。


 この時間になっても起きている連中はといえば、僕と同じく、王国からされたこの話の真偽について何か思う所があるのか、何事か話し合っている大人達くらいのものだった。


「先生は、どうお考えで?」


「……私は、やはり完全には信じられません。《魔法》とかいうあの力が、よしんば本物であったとしても、それ以外の話は全て、あくまで彼らの主観に基づいた話でしかありませんから。まして国同士の争い事となれば、それも尚更。ただ一方的にされただけの話を、そのまま鵜呑(うの)みにするのは少々危険ではないかと」


「連中が、嘘を言っていると?」


「そこまでは分かりません。……ですが、彼らの戦争に手を貸すというあの話だけは、断じて受け入れる訳にはいきません。例えここが、これまで我々の生きてきた世界とは別のルールが支配する世界なのだとしても、それが殺人である事に変わりはないのですから。子供達を巻き込んで一緒に人殺しをしようだなどと、そんなこと絶対に言える訳がありません」


「そう、ですよね。そこは私も、全面的に同意です。やはりここは、彼らをどうにか説得して、早く元の世界に帰してくれるようお願いするしかないのでしょうか?」


「…………」


 同じ説明を受けた僕達の中にも、こうして王国の話を疑う声はちゃんと最初からあって、特に数が少ない教師や保護者といった大人達の中で、その傾向が顕著(けんちょ)だった。


 夜になって城の寝室へと通され、王国から向けられる監視の目が緩んだタイミングを見計らって、こうして今も密かに話し合いを続けている。


 僕とて彼らの話し合いにこそ参加していないが、王国の話を疑う者の一人だった。


 ……だって当然だろう?


 魔法や魔物云々(うんぬん)の話は、仕方がないので諦めて受け入れるとしても、特に政治情勢などにまつわる部分は、彼らの言う通り幾らでも王国側の好きな様に脚色(きゃくしょく)出来る。


 仮に連中が、本当に百パーセント真実の話をしていたのだとしても、元はただ別の世界で平和に暮らしていただけの人間を、無理矢理この世界へ呼び出して自分達の代わりに戦って貰おうなどと考える時点で論外だった。


 連中の不幸話を加味したとしても、信用など出来る訳がない。


 何より僕は、あの銀髪の王女様の事がどうにも信用ならなかった。


 あの如何(いか)にも人が良さそうな、彼女の優しさと慈愛(じあい)に満ちた笑顔を見る度に、思い出したくもない元の世界での両親の顔が、脳裏にチラついて仕方がない。


 証拠だってある。


 考えてもみろ。あの銀髪の王女様は、城の中庭で死んでいた黒いローブの男達の事を、全員発狂して自ら命を絶った結果だと語ったが、そんなこと本当にあり得ると思うか?


 精神がイカれて、目の前の現実すら(ろく)に認識出来なくなった様な人間が、六人とも偶然、同じ方法で自ら命を絶っただって?


  ……有り得ないだろう! そんな事は!


 状況から(かんが)みて、あの黒いローブの男達の死は、最初から予定されていたものと見るべきだ。


 僕達をこの世界に呼び出した、あの《勇者召喚》とかいう怪しげな儀式自体が、最初から彼らの“死”を前提として成り立つ物だと考えた方が、まだ筋は通る。


 とどのつまり、あの銀髪の王女様は僕らに嘘を()いている。


 彼女が口にした話の一体どこからどこまでが真実かはまだ判断し()ねるが、このまま彼女ら王国に誘導されるがままに動くのは、僕としては非常に危険だと感じていた。


 部屋で話し合っている大人達は、ちゃんとこの可能性に気付いているのだろうか?


「………はぁ」


 ……まあいい。僕らは別に、元々仲間でも何でもないのだから。


 所詮は偶然、あの時同じ場所に居合わせただけの、只それだけの関係でしかない。

 変な仲間意識を持つつもりは、毛頭なかった。


 僕は僕で、いざという時に備えるだけだ。 


「なんだ、起きていたのか」


「……ちょっとトイレに」


 呑気に話し合いを続ける大人達や、最早何の警戒もせず、すっかり眠りに落ちてしまった間抜けな勇者様たちの間を()いながら、僕は一人、その準備を進めた。


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