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復讐の狂想曲  作者: 路傍の小石
第1章
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第2話  王女と勇者

 無駄に長いだけの中学の卒業式を無事に終え、僕が人生の新たな一歩を踏み出すべく、最後に中学の校門を潜ろうとしたまさにその時――、事件は起こった。


 足下に浮かび上がる、不思議な紋様(もんよう)の光。


 見た事もない文字の様な図形が、突如として地面から浮かび上がり、その晴天に浮かぶ不思議な青白い紋様の光に、僕が自分の目の錯覚を疑った次の瞬間には、足下から沸き上がった強烈な光の奔流(ほんりゅう)が、僕の全身を飲み込んでいった。


 身体全体を包む、ふわりとした浮遊感。

 増していく光の眩しさに、ほんの一瞬目を閉じた瞬間、僕らの世界は変わっていた。


 ………空気が冷たい。


 最初に感じたのはそれだった。


 三月中旬とはいえ卒業式のあの日は、比較的天候に恵まれ温かい気温だった。

 陽光が照りつける青々とした快晴の空の下、希望に胸を(おど)らせ羽ばたいていく元同級生達の背中を、僕はさぞ鬱陶しく思っていたのを覚えている。


 冷たい外の空気に、尚も僕が鼻をヒクつかせていると、今度は更なる違和感に気付いた。


 さっきまでと……、景色が違う?


 今まさに中学の校門を潜ろうとしていたタイミングだった筈なのに、目の前には赤茶(あかちゃ)く錆び付いて見慣れた中学の校門も、アスファルトで舗装された割に、畑の土で茶色く染まった田舎町の道路も、そこにある筈の景色が何処にも見当たらなかった。


 代わりに眼下に広がるは、美しい緑の庭園。


 田舎では見た事もない綺麗な植物たちが、太陽の下で存分に羽根を伸ばし、美しい白や桃色の花を咲かせながら、貴賓(きひん)を感じさせる(たたず)まいで庭園の緑を彩っている。


 鼻の奥へと突き抜ける冷たい澄んだ空の匂いに混じって、(ほの)かな温かみを帯びた新緑の匂いが、鼻孔の奥を刺激する。


「うっ……?」


 眩しさに目を()らし、ふと空を見上げると、陽光を反射する白い城壁が目に入った。


 抜き抜けの廊下と、それを支えて並び立つ無数の白い柱達。

 何かに導かれる様にして視線を上げたその先には、吸い込まれる様な深い空の青よりも尚(あざ)やかな城の青い屋根が、すらりと天へ伸びていた。


 まるで絵画の中の世界にでも迷い込んでしまったと錯覚させる、その美しい光景の数々に、僕は(しば)し言葉を忘れて呆然と佇んでいた。


 ――ここは、一体どこだ?


 明らかに、僕の記憶にあった最後の場所とは異なる。


 ここが、元居たあの田舎町の中学ではないのは確実として、これまで僕が十余年(じゅうよねん)無為(むい)に過ごしてきた記憶の中にも、こんな綺麗な景色の場所は無かった筈だ。


 目の前に広がる現実離れした光景に、僕は唯々(ただただ)戸惑っていた。


「きゃあああぁぁ!?」


 耳を(つんざ)く、女性の悲鳴。

 決して演技では有り得ないその切羽(せっぱ)詰まった声に、僕はハッとして我に返った。


 身体に重くのし掛かる重力の感覚を前に、ようやく目の前の景色にも、徐々に現実味が帯び始める。


 声の主を探して落ち着いて辺りを見回してみれば、何もこの庭園の様な場所に立っているのは僕一人だけではなかった。


 ざっと目に付くだけでも、およそ二十人以上もの人間が、見覚えのある中学の制服に身を包み、僕と同じ様に呆然とこの空間に立ち尽くしている。


 そして彼らが一様(いちよう)に視線を向ける先に、先程の女性の、悲鳴の理由があった。


「嘘だろ? 血……? 死んでないよな、それ?」


 緑が美しい庭園の中、真っ赤な血の池を作り倒れ()す一人の男性の姿。

 黒いローブにその身を包み、血の池の中央で(うつぶ)せとなって動かない。


 その出血量からして、遠目(とおめ)にも彼が生きているとは思えなかった。


「おい! こっちにも誰か倒れてるぞ!」


「マジかよ!? おい、冗談だろっ!?」


 興奮した彼らが口にする様に、この庭園にはさっきの男性も含めて合計六人もの人間が、同じ様に血を流して倒れている。


「ねぇ、なんなの……? なんなの、これ? 冗談でしょっ!? (たち)の悪い冗談やめてよ! ねぇっ!?」


 突然見知らぬ場所に移動したかと思えば、目の前には血を流して倒れる六人もの男達。

 まだ若干(じゃっかん)十四、五歳にしか過ぎない彼女達が、パニックに(おちい)るのも無理はなかった。


 僕とて冷静でいられたのは、こうして先にパニックに陥り、分かりやすく取り乱している元同級生達の姿を目にしていたからに他ならない。

 もし、この場に居るのが僕一人だけだったなら、もっと醜態(しゅうたい)(さら)していてもおかしくはなかった。


 けれど、そうして冷静になって状況を分析していたお陰か、一つ気付いた事がある。


 血を流して倒れる黒いローブの男達には、ある共通して奇妙な点があったのだ。


 どういう訳か、倒れている彼らはその全員が、腹に金色の杖の様な物を抱えていた。


 しかもそれは、各々が手に持っているというよりも、角度的には腹に突き刺さっている様にも見て取れた。

 肝心の傷口部分は、覆い被さっているその黒いローブの所為で、直接見る事は出来なかったが、見方によってはその倒れている六人全員が同じ方法で亡くなったとも見て取れる、かなり異様な光景だった。


「皆様、どうか気をお鎮め下さいませ」


 群衆が、恐怖と騒乱に包まれる中、場に一人の女性の声が響いた。


 空の様に澄んだ透明感のある声なのに、それでいて(りん)として張りがある。

 耳障りな元同級生達の悲鳴を前にしても、その声は不思議と風に乗って耳の奥まで届いた。


 異様な空気が支配するこの庭園の外から現れた女性の存在に、僕達の視線は自然と引き寄せられる。


「《勇者》の皆様方。まずは我らが《ロベリア王国》の召喚に応え、この地へ降臨して下さったこと、誠に感謝致します」


 透き通った銀の髪と、柔和で(はかな)げな笑みを湛えた、美しい白いドレスの女性。

 肌は雪の様に白く、瞳はサファイアの様に青く奥深い。


 何とも浮き世離れした美貌(びぼう)の女性だ。

 またしてもここが現実なのか、理解が遠くなってくる。


 あれだけパニックに陥り、見事に我を失っていた連中でさえ、登場した女性のその余りの美しさに、言葉を忘れて彼女に見惚(みほ)れてしまっているようだった。


「並びに、この様な場で皆様をお迎えしなくてはならなかったこと。その非礼をお詫びさせて下さい」


 この様な場――、その言葉が指す所の意味に気付いた数人の視線が、そっと倒れている男達の方へと向けられる。


 この状況においても尚、彼らは依然として全員が沈黙を貫いており、動く気配すら皆無だった。

 間違いなく全員生きてはいないだろう。


「本来であれば、この《ルーペンス城》が誇る美しい緑の庭園で、《勇者》の皆様方をお迎えするつもりだったのですが……、此度(こたび)はこの様な結果になってしまい、皆様には何とお詫び申し上げればよいか」


 ドレスの女性の瞳が、(うれ)いを帯びて悲しげに揺れる。


 その瞳から実際には涙こそ流れずとも、悲しげにその双眸(そうぼう)(くも)らせる彼女の(たたず)まいは、それこそ見惚れてしまう程に綺麗で、ただ何も分からず無様に怯えているだけの群衆の不安など、その美貌の前に(つゆ)と消えてしまうかのようだった。


「…………」

「…………」


 両者の間で、暫し沈黙が流れる。


 あの白いドレスの女性の登場で、一時はパニックに陥っていた連中も、少しは冷静さを取り戻した様子だったが、未だ初めて死体を見たショックからは完全には立ち直れず、どう動いたものか各自対応に迷っていた。


「つまり、そこで亡くなられている方々は、あなた方が手に掛けたものではないと?」


 そんな中、最初に口を開いたのは、僕らの中に居た一人の初老の男性だった。


 ……言い忘れていたが、この場には僕の中学の元同級生以外にも、数名の大人達が混ざっている。


 朧気(おぼろげ)な記憶だが、恐らくは僕が卒業式を終えて中学の校門を潜ろうとしたあの時、(みんな)近くに居た大人達だった筈だ。

 どこか見覚えのある中学の教師から、卒業式で誰かを迎えに来ていた生徒の保護者と(おぼ)しき者達まで、そのメンツには性別年齢を問わず実にまとまりが無い。


勿論(もちろん)です――、と申し上げたい所なのですが、残念ながら、それも完全には否定出来ません」


「と、仰いますと?」


「この度我々が行った、《勇者召喚》の魔法。つまり、皆様方《勇者》をこちらの世界へと呼び出す為の儀式は、私達の世界と皆様方の元居た世界を(つな)ぐ過程で、それを行う術者に多大な負荷を強いてしまうようなのです。……無論、我々とてそれは先刻承知の上。少しでも儀式を行う術者の負担を減らせるよう、事前に万全の準備を整えてから事に臨みました。……しかし、結果はご覧の通りです。儀式の完遂まであと僅かという所で、術者達の精神が限界に達し、ついには発狂して自らその命を絶ってしまったのです! ……幸いにも、と言うべきか、召喚に必要な魔法の術自体は既に完成していた為、こうして皆様方を無事にこの世界へと迎え入れる事は出来ましたが、代わりに我々も、尊い命を幾つも失ってしまいました。全てはこちらの不手際が招いた結果とはいえ、この様な結末を迎えてしまったこと、我々も深く後悔しております」


 状況について一通りの説明を終えた後、白いドレスの女性は哀悼(あいとう)の意を表して、倒れている黒いローブの男達へ向かって深く頭を下げた。


 そんな彼女の後ろには、いつしか全身を鎧で覆った銀甲冑の騎士達が陣取っており、主君である彼女に倣って、同じ様に倒れている男達へ向かって哀悼の意を捧げていた。


「ふむ……」


 質問をした初老の男性も、その女性の答えに完全には納得していない様子だったが、いつの間にか武器を手に、こちらを威嚇する様に陣取っている鎧の男達の登場を前に、ひとまず渋々といった感じで引き下がるしかないのだった。


 一方で、初めての死体を前に、混乱の渦中にあった僕の元同級生たちの間では、あちらの代表であると思われる女性の口から、直接自らが殺人の犯人ではないと語られた事で、少なからず安堵(あんど)の気持ちが広がっているようだった。


 ……状況を考えれば、ここでハイそうですかと連中の話を鵜呑(うの)みにするのは、正直危険極まりない行為だと思うのだが、その銀髪の女性のお姫様然とした美貌に惑わされ、すっかり籠絡(ろうらく)されてしまった彼らの残念な頭では、そこまで理解が及ばないらしい。


「――なぁ」


 何にせよ、ようやくまともな話し合いが出来そうな、落ち着いた空気が両者の間で広がっていく中、不意に城の庭園に、間の抜けた男の声が響いた。


「アンタら、さっき俺達のこと“勇者”がどうとかって言ってたけど……、それってゲームとかに出てくるアレのこと? ひょっとして俺ら、この世界の神様になんか、選ばれたりなんかしちゃったりしたわけ?」


「……ゲーム、というのが具体的に何を指しているのかは存じませんが、“物語の中に出て来る英雄 ”という意味でしたら、(おおむ)ねその認識で間違っていないかと思われます。皆様はこの度、我々《ロベリア王国》が行った《勇者召喚》の儀に応え、この国の救世主となるべく、こうしてこの地に姿を現して下さったのですから」


「すっげぇ! マジかよっ!?」


 不躾(ぶしつけ)なその男の態度にも、ドレスの女性は、終始余裕の笑みを崩さなかった。


 自分の質問が肯定され、無邪気な子供の様にはしゃぐその男の態度を前にしても、彼女はまるで幼子をあやす母親の様に、終始穏やかな笑みを浮かべていた。


 ――だから今この瞬間にも、その男の命が危機に(さら)されていた事を、気付いた人間は少数派だった。


 眼前に佇むこの白いドレスの女性は、その男が無礼な態度で自分へ質問を投げ掛けるや(いな)や、下で組んでいた自分の手を片方さっと後ろに回す事で、その後ろで武器を手に今にも動きだそうとしていた騎士達の動きを、人知れず密かに制したのだ。


 この女性の対応次第で、あの男は殺されていた。


 ここに居る人間の大半は、それに気付かなかった。


 前々から脳天気な連中だとは思っていたが、己の生死すらも怪しいこの状況にあって、こうも危機意識が低いとは、呆れを通り越して最早嫌悪感すら覚える。


「この様な場で皆様を長話に付き合わせる訳にも参りませんから、一度場所を変え、歓待(かんたい)の席を設けさせて頂けないでしょうか? この世界の事、我々の事、それから皆様方《勇者》についての事など、知りたい事は山程あると存じます。歓待の席では、お食事もご用意致しますので、皆様にはまずは我が祖国の料理を堪能して頂きながら、適宜(てきぎ)それらの質問にもお答えする機会を設けさせて頂こうとか考えているのですが……、如何(いかが)でしょうか?」


 乱れてしまった場を仕切り直すべく、あちらの代表である白いドレスの女性が、そう提案を口にする。


 一方こちらは、連中に“勇者”などと(おだ)てられてこそはいるものの、所詮はあの時、偶然同じ場所に居合わせただけの、烏合(うごう)の集団に過ぎない。

 よって当然、そこに代表者など存在する筈もなく、僕らは(そろ)って顔を見合わせた。


 最終的に、何となく僕らの中で最初に質問してしまった事の兼ね合いもあって、例の初老の男性教師が、こちらの代表として返答に応じる運びとなった。


「分かりました。ひとまず、そちらの提案をお受け致しましょう」


 連中がこちらを呼ぶ、“勇者”などという怪しげな呼称に、断片的に聞いた情報からして、ここが今まで僕達の暮らしていた世界とは別の世界であるという可能性。それらを考慮に入れれば、その結論に至るのは必然だった。


 事情の分からない僕達にとって、ここは敵地に等しい。

 こちらには(ろく)に抵抗出来るだけの力も無い以上、どちらにしろ大人しく連中の要求に従う他ないのだった。


「それでは、こちらへどうぞ。歓待の席へご案内致します」


 あちらの代表である白いドレスの女性による先導の下、僕達は城の庭園を後にした。


 そうして城内へと入る前、晴れてこちらの代表となった例の初老の男性教師が、僕としても()ねてより気になっていた質問を、最後にその女性へと投げ掛けたのだった。


「その、失礼ですが、貴方様のお名前を伺っても?」


「これは……、重ね重ねとんだご無礼を。――申し遅れました私、ロベリア王国が第一王女、ロベリア・カディーナ・フランドルと申します。以後、お見知りおきを」


 ――と、ここまでが一昨日召喚された城の庭園でのあらすじ。


 風に乗ってふわりと舞う白いドレスの記憶を最後に、僕達はルーペンス城の庭園を後にしたのだった。


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