第24話 それぞれの道
「じゃあ、今まで世話になったわね」
――翌日の早朝。
僕とルイスの二人は、町の入り口で最後の別れを済ませていた。
「ああ……。こっちこそ、色々と世話になった」
ぶっきらぼうな口調で僕も別れの言葉を返し、彼女に感謝の意を伝える。
元々僕達の関係は、王女暗殺計画が成るまでの期限付きだった。
けれどそれが、こうして無事に達成されてしまった今、これ以上僕と彼女が、行動を共にする理由は無かった。
「何だかんだ言って、私も結構楽しかったわ。色々と、予想外の事も多かったけれど……」
「それはこっちの台詞だよ。最初は人のこと、いきなり《勇者》呼ばわりして襲ってくるし、かなりヤバイ奴だと思ったよ。……おまけに、いざ暗殺計画が実現するって直前にもなって、急に暗殺から生け捕りに作戦を切り替えたりもするし、それに一々付き合わされるこっちの身にもなってくれって話だよ」
「ふふっ、その節はどうも。本当に色々と、貴方には世話になったわ。貴方が居てくれなかったら私、一人じゃここまで来られなかったと思うから……。だから、その……、ありがとう」
「ああ。僕の方こそ……、今までありがとう。……本当に」
名残惜しくても、それ以上はお互いに交わせる言葉も思い付かなくて、これまで彼女と一緒に過ごしてきたこの一ヶ月間、散々軽口を言い合っていたのが嘘の様に、その先は僕の口から言葉が出て来なかった。
「それじゃ……、もう行くわね」
「……ああ」
自分だけその場から歩き出せないままに、僕は町の入り口で、小さくなっていく彼女の背中を、いつまでも一人で見送っていた。
「………………」
――本当に、これで良かったのだろうか?
この別れは、決して今生の別れではない。
お互いに求めるものが違うからこその、ただ当然の別れでしかなかった。
互いがそれぞれの道を歩んでいけば、またいつか偶然、その先で道が混じり合う日も来るかも知れない。
人の人生なんて、恐らく皆そんなものだ。
一期一会の出会いと別れを繰り返して、最後まで自分と同じ道を歩いてくれる人とは、一生掛かっても出会えないかも知れない。
皆が自然と、それを受け入れて生きている。
……けれど、僕自身の気持ちはどうなのだろうか?
このままここで彼女と別れてしまう事を、本当に心から望んでいるのだろうか?
確かに僕は、この世界で彼女と出会って、自分一人でも生きていけるだけの力を手に入れた。
元の世界から続く柵だって何一つ残ってない今、僕は自分の意思で、この世界の何処へだって行く事が出来た。
けれど、その上で――、僕は自分が彼女とは別々の道を歩む事を、本当に心から望んでいるのだろうか?
僕は自分自身の価値を、よく分かっている。
僕には知恵も勇気も、力も無ければ、魔術師としての腕だって彼女には遠く及ばない。
そんな僕が近くに居たって、彼女にとっては迷惑なだけかも知れなかった。
ルイスは、本当に凄い奴だと思う。
連絡を絶ったお兄さんの影を追って、たった一人で大陸を横断してここまでやって来たのだから。
もし自分が彼女の立場だったとして、恐らく僕には同じ事は出来ない。
そんな凄い彼女の側で、僕には隣に立つ資格があるのだろうか?
「…………なぁ!」
「……っ!」
ウジウジと迷った末に、僕はそれでも声を上げた。
僕はまだ、自分の本当の気持ちを彼女に口に出来ていない。
そう思ったら、自然とその背中に声を掛けずにはいられなかった。
「このあと、どこへ向かうつもりなんだ?」
「そうね……、まだハッキリとした目的地がある訳じゃないんだけど……、とりあえずは、この国の首都、《フォーレン》を目指そうかと思ってる。真っ直ぐ国へ帰るより、せっかくだから、もう少しこの機会に、自分の目で世界を見ておこうかと思って」
「そっか! えっと……、その……」
そこから先、急に言葉が出て来なくなって、僕はまたしても一人で言い淀む。
せっかく歩みを止めてくれた彼女の背中に、次は何と声を掛けたらいいのか思い付かなくて、僕は足りない頭で必死になって次の言葉を考え続けた。
「……なら、さ? もう暫く、そっちに付いて行っても良いかな? ……僕はほら! この世界の事とか、まだよく分かんないし……、この後どこへ行けば良いのかも、自分でもよく分からないから……。だから! その……、君と一緒の方が、色々と都合が良いかと思って……。けど! もし迷惑なら、その、えっと………」
必死になって悩み抜いた末に、結局僕の口から零れたのは、只こんな不格好なだけの、みっともなくて無様な言い訳を並べた言葉の数々だった。
情けないやら恥ずかしいやらで、僕はもう顔を上げる事も出来なかった。
「…………ふぅ」
「――っ!」
長い沈黙の末に聞こえてきた彼女の溜息に、僕は一人肩を竦ませた。
こんな情けない物言いでは、やはり彼女にも呆れられてしまったのだろうか?
男の癖に言い訳がましくて女々しいし、もう用も済んだから要らないと、捨てられても仕方がないのかも知れなかった。
「……しょうがないわね」
「……え?」
その声に、僕はハッとして顔を上げる。
「仕方がないから貴方のこと、もう少しだけ私が面倒見てあげる。……一緒に行きましょ?」
「……あっ、ああ!」
暫くして、言葉の意味を理解した僕は、躓きながらも彼女の元まで走り寄った。
この時の僕は、自分がどれだけ情けない顔をしていたのかも分からなかった。
捨てられた子犬のように遠くから走って来た僕を見て、一人、草原の向こう側を見つめるルイスが、背中越しにほんの少しだけ微笑んだ気がした。
「……寂しんぼめ」
「うっせ! ホントはそっちも、ちょっと待ってた癖に!」
――この選択を、僕は後悔しない。
例えこの道を進んだ先で、どんな未来が待っていたのだとしても、この道を進むことを選んだのは、紛れもない僕自身の選択だったのだから。
―――道は続いていく。
進む草原の先へと、どこまでも真っ直ぐに。
地平線の向こうから昇る朝の日差しを浴びながら、一面の新緑が覆う草原の中を、僕達は二人で、どこまでも歩き続けたのだった。
この道を進んだ先に待つ、自分達の明るい未来を、ただ信じて―――、
あとがき:
ここまで目を通して頂いた方、本当にありがとうございました。
これにて序章のストーリーは、ひとまず完結という事になります。
こうして自分の書いた作品を投稿する事自体が初めてな故に、拙い文章や誤字脱字なども多くあったと思いますが、最後まで読んで頂けてとても感謝です。
ここまで読んでみて作品を面白いと思った方や、もし話の続きを読んでみたいな等と思って下さった方がいれば、励みになりますので、ついでに広告下の『☆☆☆☆☆』マークの所をクリックして、作品を評価していって下さるとありがたいです。ご協力よろしくお願いします<(_ _)>