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復讐の狂想曲  作者: 路傍の小石
第1章
24/29

第21話  王国の勇者

 最初の時よりも強い魔力を込めて土の弾丸を生成し、僕は弾速と精度を上げて、それをマサヨシに向けて放った。


「ぶっ!」


 右側後方。木々の死角から放たれた一撃は、今度は部下の兵士達にも防がれる事なく、無防備なマサヨシの顔側面へと直撃する。


 顔の半分が土に汚され、彼はそれを(ぬぐ)いながら額に青筋を浮かべ、半ギレになって魔法が飛んできた方向を(にら)み付けていた。


「てんめぇ……、やりやがったな」


 顔に直撃しても泥で汚すだけで、殺傷力のないその攻撃は、明らかな挑発の意図を持ったソレだった。


 そんな挑発に分かり易くヒートアップして、見事に視野の狭くなっている彼に対して、僕は挨拶(あいさつ)代わりにもう一発を、彼が今現在(にら)んでいるのとは全くの別方向から()ち込んでやる。


「……っ。……おい」


 顔の両側から泥をぶつけられ、苦い土の味をたっぷりと口の中で味わったマサヨシは、その場で額に青筋を浮かべたままで、自分の周囲を守っていた部下の兵士達のことを睨み付ける。


「……っ!」


 マサヨシに殴られた兵士の身体が、地面を転がる。


 そんな部下の彼の事を可哀想に思った僕は、今度はマサヨシにも見えている筈の正面の方角から、更に追加で二発の弾を、顔に撃ち込んでやるのだった。


 これくらいなら自分でも避けられるだろ?と、まるで影から嘲笑(あざわら)うかの様に。


「……こぉんのクソ野郎がぁ!」


 怒りで肩を震わせていたマサヨシが、ついに感情を爆発させて叫び散らす。


「もういい! テメェらも、さっさとあの男を(さが)してきやがれ! いいか、絶対に殺すんじゃねぇぞ!? 俺がこの手で、直々(じきじき)にぶっ殺してやる!!」


 度重(たびかさ)なるこちらの挑発に、激昂(げきこう)したマサヨシは、グズっている自分の部下達の背中を蹴り飛ばし、感情のままに彼らを周囲の森へと追い立てていった。


 自分で攻撃を避けられる腕も無い(くせ)に、盾を捨てるとは愚かな。


 元の世界で同じ中学校に通っていた頃から、こういう所は何一つ変わっていなかった。


 こちらとしては各個撃破がし易くなって、実に有り難い展開だった。


「い、いたぞぉ!」


 やがて森に散っていた兵士の一人が、僕を発見して情けない声を張り上げる。


『シーネラス・ディート――』


 すると部下の(しら)せを聞いたマサヨシが、直ぐに反応して魔法の詠唱を開始した。


 どうやら部下の彼諸共(もろとも)、僕を焼き払うつもりらしい。


「……ま、あいつの性格ならそう来るよな」


「ひっ!?」


 視界の通り(やす)い森の開けた場所の中央で、堂々と魔法の詠唱を続けるマサヨシの姿を視界に捉えながら、僕は大声で自らの居場所を教えてくれたその兵士の元へと接近し、走る勢いと速度を乗せながら、彼の腹部に魔力を込めた掌底(しょうてい)を叩き込む。


 彼は浮き上がった身体ごと、背中を木に強く打ち付けて意識を失った。


 この分なら、暫くは目も覚めないだろう。


「――っと、忘れない内に」


 マサヨシの詠唱が佳境(かきょう)を迎えている事に気付いて、僕も急いでそちらの方に妨害の魔法を放つ。


 彼は魔力の()り方も(あら)っぽいし、それを魔法に込める速度も遅いので、聞こえてくる詠唱から、発動のタイミングを読むのは用意だった。


「ぼがっ!?」


 口の中に直接土を放り込まれたマサヨシは、奇声を上げて魔法の詠唱を中断させる。


 彼を守っていた部隊の兵士は、もう(みんな)森に散って行ってしまって彼の周囲には居ないので、こちらは遠距離から(いく)らでも攻撃し放題だった。


 あんな判断力でよく、部隊の隊長が務まるものである。


「うげっ! ぺっ! きたねぇ!」


 飲み込んでしまった土を必死で吐き出そうとしているマサヨシの姿を、僕は遠くから冷ややかな目で眺めていた。


 その後も、こちらは適当にマサヨシの妨害を続けながら、森に散っていった王国の兵士達を順に処理していった。


 剣を持った人間を相手にするのは、僕だって怖いが、相手は及び腰で狙いも定まっていない王国の若い兵士達ばかりなので、初めから覚悟を持ってこの戦場に(のぞ)んでいるだけ、気持ちの分、僕の方が有利だった。


 途中で一人、戦意を失くして逃げて行く兵士の背中が見えた。


 理不尽に殴られた上に、いざとなればリーダーの魔法で、自分もまとめて焼き払われるかも知れないとなれば、命令を捨てて逃げ出したくなるのも無理のない事だった。


『シーム・カーダ・ムードゥ――』


「……しつこいな」


「――ゲベッ!?」


 いい加減、聞き飽きてきた同じ魔法の詠唱に、僕は今度は終わり(ぎわ)のタイミングを完璧に読んで、マサヨシの口に妨害の魔法を撃ち込んでやった。


 自分には使えない魔法でも、こうも同じ詠唱を何度も繰り返されていれば、嫌でもその内容を覚えてしまう。


 (いく)ら邪魔をしてやっても、また馬鹿の一つ覚えみたいに同じその魔法ばかり使おうとしてくるし、まさかアイツ、他の魔法は使えないなんて事はないだろうな?


「……あ゛?」


 森に散っていた兵士を全て片付けた僕は、今度こそ堂々とマサヨシの前に姿を表す。


 すると既に、こちらの魔法を浴びて全身が泥だらけだったマサヨシは、怒りで顔を(ゆが)ませながら、それでも気持ちの面では優位を取ったつもりなのか、謎の挑発を仕掛けてきた。


「へっ! どうした! もう逃げねぇのかよ、この臆病(おくびょう)もんが!」


 ……此奴(こいつ)には、僕がずっと逃げ回っている様に見えたのだろうか?


 こちらは常に、この中央の空間から付かず離れずで立ち回って、タイミングを見て適宜(てきぎ)、そちらの魔法の妨害まで行っていたというのに、一体何をどうしたらそんな風に考えられるんだ?


「ちっ……、ホントに使えねぇなアイツら。こんな分かり易い場所に居んのに、何やってやがる」


「……悪いが、お前のお仲間なら、全員始末させて貰った」


「あ゛?」


 最初に彼が、自分の手で焼き殺した部下が四人。

 残っている四人の内、一人は戦意喪失につき逃亡

 そして後の三人は、全員こちらで意識を(うば)ってから拘束済みだった。


 他に増援の気配も無い今、これで僕とマサヨシの完全な一対一だった。


「…………」

「…………」


 人の気配が無くなった森の周囲を、マサヨシがさぞ忌々(いまいま)しそうに睨み付ける。


 彼が引き連れていた部隊は全滅し、残っているのは自分一人だけ。


 それで流石に、状況を不利と判断したのか、彼は自分の(くちびる)を噛み切れそうな程に強く噛みしめた後、初めてこちらに背を向けて、僕の前から逃げ出したのだった。


 傲慢(ごうまん)で暴力的で、プライドだけは無駄(むだ)に高い、彼らしからぬ行動だった。


「……賢明だな」


 逃げるという彼のその判断は正しいが、残念ながらそれを(くだ)すには少々遅すぎた。


 せめてあの部下たち四人が残っている状態でそれを行えば、僕一人では足止めされて、逃げる彼を追い掛ける事は出来なかったかも知れないのに、事ここに至っては全てが手遅れである。


 軽々(かるがる)と部下を使い捨てにするからこうなるのだ。


「はぁ……、はぁ……、くそっ! 何なんだよ!」


 森を走って逃げるマサヨシの後を、余裕を持って追い掛ける僕は、その進路を先に少しだけ予測して先回りしては、彼の足下に魔法で、小さな土の障壁(しょうへき)を作り出した。


「とぉっ!?」


 突然出来上がった土の段差に、足を取られたマサヨシは、走る勢いのままに盛大に地面へと突っ込む。

 既に全身が泥だらけだったその身体を、更に追加で汚していった。


「無駄な抵抗は止せ」


 倒れたマサヨシの近くまで歩み寄り、僕はその頭上から声を掛ける。


「テメ――」


 怒りの感情を(あら)わにマサヨシが起き上がろうとするよりも早く、僕は彼の頬を(かす)めるような軌道で、頭上から鋭い石の弾丸を放った。


「………っ!」


 自分の頬を流れる血の跡に気付いて、彼の態度が変わる。


 さっきまでの生半可な攻撃と違い、今度のは明確な殺傷力を持った攻撃だった。


「無駄な抵抗は止せと言った筈だ。先程の戦闘で既に、お前は魔力を使い果たしている。対して、こちらにはまだ十分に余力が残っている以上、今更どう足掻(あが)いた所で、お前に勝ち目は無いと知れ」


「ク……、ソ、がぁっ!?」


 敗北を悟ったマサヨシが、夜の森に怨嗟(えんさ)咆哮(ほうこう)を振りまく。


 これで完全な詰みだった。


 ――魔法は、最後までそれを発動させずとも、最終的にその魔法に対して必要な魔力の消費量に応じて、準備の段階から魔力を消耗(しょうもう)する。


 これは、僕が魔法を習い始めて一日目に痛感した出来事だった。


 この世界に来て、まだ魔法を習い始めたばかりの頃は、失敗ばかりで殆ど魔法の成功などしなかったのに、練習が終わった後の疲労感だけは、毎回(すさ)まじいものがあった。


 魔力は主に、人や生物などの意思を媒介(ばいかい)とする性質があるので、それが急激に身体の中から失われたとれば、それは疲労感となって身体にも現れる。


 実際、魔法を使うというのは、身体を動かす以上に体力を消耗する行為なのだ。


 普段から多くの魔力を(たくわ)えている人ほど、そういった魔力の欠如は感じやすい。

 例え異世界から召喚された僕達《勇者》であっても、その原則は変わらなかった。


 しかもマサヨシの場合は、荒っぽい魔力の込め方で、毎回多くの魔力を無駄にしながら魔法を使っているので、あんなペースで無駄に魔力を消費し続けていれば、如何(いか)にこの世界の普通の人間より魔力量の潤沢(じゅんたく)な《勇者》といえど、近い内に底を付いてしまう事は明白だった。


 僕が一見すると意味の無い、殺傷力の無い挑発の攻撃を続けたのも、そこが狙いだった。


 こうやって尋問する時に、相手に暴れられるだけの余力が残っていると面倒なので、戦闘の過程で出来るだけ相手の力を削いでおこうと思ったのだ。


 おまけに此奴(こいつ)みたいな頭に血が上りやすいタイプを相手にするなら、それも尚更だ。


「王国が召喚した異世界の《勇者》とやらも、存外(ぞんがい)大した事はないのだな?」


 近くの木に、背を寄り掛けながら、僕は這いつくばったままのマサヨシと問答を続ける。


「黙れ! この三流魔術師風情(ふぜい)がっ! 大体あの役立たず共が足を引っ張らなければ、この俺がテメェみたいな三流相手に、負ける筈がねぇんだっ!」


「……俺が三流なのは認めるがな。だが、そんな相手に集団で負けるお前達は、更にそれ以下という事にならないか? そんな事も分からないのか?」


「んだとぉ!?」


 ……と、いけないいけない。これ以上の挑発は意味が無いんだった。

 元の世界での恨みを晴らすのも程々(ほどほど)に、さっさと用件に移らないと。


 今の所、周囲に気配は無いが、本当に増援が現れても面倒な事になる。


 僕はこちらの素性(すじょう)を知っているマサヨシにも正体を隠す為に、少し気取った口調で彼に質問を続けた。


「要求は一つだ。大人しくこちらの質問に答えるなら、お前も命だけは見逃してやる」


「…………」


「……沈黙は、肯定と見做(みな)すぞ?」


 沈黙を続ける彼の側に、新しく二、三発魔法で石の弾を撃ち込んでみるが、彼は怒りで身体を震わせたままで下を向き、最後まで言葉を返して来なかった。


 その沈黙を肯定と見做して、僕は彼に質問を続ける。


「お前は確かさっき部下たちに、マサヨシとか名前を呼ばれていたな? その素性は、《ロベリア王国》が召喚した異世界の《勇者》だと察しているが、ならば何故、王国などに味方する? あの連中が、お前たち《勇者》に何をさせようとしているのか、まさか知らぬ訳ではあるまい?」


「…………」


 尚も沈黙を続けるマサヨシに、僕はもう一度、魔法で石の弾を放った。


 今度は最初の頬とは反対側の箇所に、赤い血の(しずく)が流れていった。


「けっ、んなこと知るかよ! 俺は、自分のやりたい様にやるだけだ! その為に、ただアイツらと一緒の方が、都合が良かったっつーそれだけの話だろうが! 文句あんのかよ!?」


「いや……、だが参考まで聞いておこう。お前のやりたい事とは何だ?」


 此奴(こいつ)のやりたい事とやらに一切の興味も無かったが、王国側がどうやって僕達《勇者》を丸め込もうとしたのかは興味がある。

 今後、他の《勇者》たちを相手にする必要に迫られた時の、何か参考になるかも知れなかった。


「殺しだ!」


「……っ!?」


 しかし、返ってきた彼の答えに、僕は言葉を失った。

 女でも酒でも、金でもない。まして殺人が望みなんて、幾ら何でも予想外だったのだ。


「アイツらの国に邪魔な人間なら、幾ら人を殺しても構わねぇと言われた! だから連中に協力したんだ! 元の世界の連中は、どいつもこいつも腰抜けだ! 酒も盗みも、薬だってやる癖に! 殺しだけはビビって、誰も手を出そうとしやがらねぇ! つまんねぇ連中ばっかなんだよ! 他の《勇者》連中だってそうだ! こっちの世界では、元の世界の法律も関係ねぇ! てめぇのやりたい事やって、金も酒も、食い物も貰えるってのに! ああだこうだと下らねぇ言い訳ばっかしやがって! ウザってぇったりゃ、ありゃしねんだよ! 俺が自由に生きて何が悪いっ!?」


 ……こいつ、どこまでも自分本位な。


 どういう環境で育ったら、ここまで性根(しょうね)の腐った人間になり切れるんだ?


 こいつに条件次第では生かしてやるなどと言ってしまった事を、僕は早くも後悔していた。


「どうした!? 質問は終わりか!?」


「……いや、次の質問だ」


 胸の内に湧いた感情の荒波(あらなみ)を押し込めて、僕は目的を果たすべく質問を続けた。


「王国が召喚したお前以外の《勇者》は、今、何処(どこ)でどうしている?」


「はぁ? なんで俺が、んな事――」


「口答えを認めた覚えはない」


「……ちっ」


 幾分(いくぶん)か、殺気を込めて飛ばした石の弾に、男はさぞ(わずら)わしそうにしながらも話を続ける。


「さあね! んな事にゃ興味も無かったんだ! 王国に協力を迫られたあの時点で、いつまでもグズってたあのキチン野郎共が今どうしてるかなんて、この俺が一々知るかよ!」


「本当だな? 嘘だったら只では済まさないぞ?」


「しつけぇなぁ。本当だっつってんだ――、……いや、待て。そういや前にアイツら、何か言ってたな。城の地下牢がどうとか」


「地下牢だと? ルーペンス城のか?」


「じゃねぇの? 俺も他に城なんて知らねぇし」


「ふむ……」


 アイツら、というのは恐らく彼の部下達の事だろう。

 なまじ、マサヨシ本人が信用出来ないだけに、その部下達が勝手に得てきた情報の方が、まだ信憑性(しんぴょうせい)は高いか。


 人を監禁しておくにしても、あの場所なら打って付けだ。


「お前の他に、王国に協力的だった《勇者》は居ないのか?」


「だからさっきも言ったろ? 知らねぇんだ。何で何度も同じ事聞いてくんだよ? 馬鹿なのか? 俺は他のグズ共と違って、自分から王国に協力を言い出したんだ。他の連中がその後どうしたかなんて、一々興味もねぇし知らねぇんだよ。どうしても知りてぇっていうなら、俺の部下のグズ共を当たるんだな」


「…………」


「なぁ、もういいだろ? これ以上はメンドクセェぜ」


「……そうだな。では次が、最後の質問だ。これに答えたら、お前を自由にしてやる」


「はぁ……、まだあんのかよ?」


 色々と言いたい気持ちを飲み込み、僕はマサヨシに最後の質問を投げ掛けた。


「お前は、これまで自分のしてきた事を、後悔した事はあるか?」


 この質問は、あくまで僕の個人的な質問だ。


 何か情報を引き出す為の、明確な答えを期待してのものではない。


「けっ、ここに来て説教かよ! 下らねぇ!」


「いいから黙って答えろ!」


「ちっ……、ねぇな! なんで俺が、んな事しなきゃならねぇんだよ!? こっちは王国の役立たず共に代わって、国の敵を殺してやってるんだぜ? 感謝こそされ、人に恨まれる様な事をした覚えは一切ねぇな! これで満足かよ!?」


「………そうか」


 殆ど元の調子を取り戻してそう叫ぶマサヨシに、僕は大した感慨もなく呟いた。


 ……こいつに改心なんて、期待するだけ無駄だったか。


 別に僕だって、最初からそんな可能性があると思っていた訳じゃない。

 そもそも人の痛みが分かる様な人間じゃないのだ、コイツは。


 それでも僕がこんな馬鹿な質問をしてまったのは、それこそ僕自身の中に―――、


 ………いや、これ以上は考えるだけ無駄か。


「お前にもう用は無い。あとは何処へなりと、好きに消えるいい」


 僕は彼に対しての一切の興味を失くし、身体を預けていた木からそっと背を離した。


 あの時、胸の中にあった思いの意味すらも、今となっては最早どうでもいい事だった。


「……ああ、そうさせて貰うぜぇ」


 森の雑草を掻き分けて進む僕の背後で、何かの気配がユラリと(うごめ)いた。


 瞬間、鈍色(にびいろ)剣線(けんせん)が空を駆け、刃に貫かれた身体が宙へと浮かび上がる。


「―――っ」


 崩れ落ちる男の身体。


 肉を抉って放たれた鋭利な刃が、その男の身体を貫いていた。


「…………」


 身体の(いた)る所から血を流し、無数の石の刃に貫かれて動かなくなったそのマサヨシの姿を見ても、僕の胸には不思議と何の感情も湧いてこなかった。


 騙し討ちされた事にも、元の世界で散々と暴力を振われた事を思い返してみても、胸の内にあるのは、ただ静かな哀れみの感情のみだった。


 静けさだけが場を包む中、少しずつ血と共に命が流れ出していく彼の最期に、僕は何の感慨も言葉も無く、ただ無言でその場を後にしたのだった。



   ※※※



 ――森で待ち伏せをしていた場所の近く。


 木の根元に気絶した兵士の一人を拘束していた場所まで戻ってくると、そこにはいつの間にか戻って来ていたルイスの姿があった。


「……戻って来てたのか」


「そっちこそ、意外と早かったのね」


 先に合流場所へと向かっていた筈の彼女が、何をしにわざわざ戻って来たのかと思い、拘束していた兵士の方を見てみると、何故か彼は頭から全身がずぶ濡れだった。


「水責めでもしたの?」


「だって、素直に言う事聞いてくれないんだもの」


 こちらのその質問に対しても、彼女はあっけらかんとした調子でそれを言う。


 ……こういう所、躊躇(ためら)いがないから怖いんだよなぁ、こいつ。


「一応、息はあるみたいだな」


「殺した方が良かった?」


「いや、必要な情報は手に入ったんだろ? だったら、こっちの正体も見られてない訳だし、無理に命まで取る必要はないだろ」


「それもそうね」


 危険を冒してまで待ち伏せをした目的は、これで果たした。

 敵の情報も手に入った事だし、必要以上の殺戮(さつりく)は無用である。


 後は直ぐにでも、この場から撤退あるのみだった。


「……何してるの?」


「……一応、何となくね」


 通り掛かった惨劇の現場で、僕は焼死体となって亡くなった王国の若い兵士達にも、気休め代わりに手を合せて、静かに黙祷(もくとう)の意を捧げた。


 我ながら、自分でも偽善だなとは思うが。


「はぁ……」


 そんな僕の姿を見て、最初は面倒臭そうに溜め息を吐いていたルイスも、やがては隣にまでやって来ると、目を(つむ)って同じ様に哀悼(あいとう)の意を捧げていた。


 ――惨劇の現場を後にし、僕達は再び夜の森を歩き始めた。


 歩きながらお互いに集めた情報を交換し、今後の方針と対策を練った。


「なるほどね……、空から」


「そ。なんか釈然としないのよねぇ……」


 ルイスがあの兵士から得た情報に拠ると、王国側は特殊に飼い慣らした鳥の力を使って、夜の森を進む僕達の動向を追い掛けていたらしかった。


 こちらが《ミテラの指輪》の力を借りて、鳥になって空から王女の襲撃を成功させたかと思えば、あちらも鳥の力を使って、夜の森で空から僕達を追跡していたという訳だった。


 これも一種の、策士策に溺れるというやつか。


 まさか自分達までもが、上空から観察されていたとは、流石に盲点(もうてん)だった。


 すぐにルイスが、発見した標的を魔法で打ち落とし、その後は地上だけでなく空の様子にも警戒して森を進んだので、それ以上は僕達に、王国から追跡の手が向けられる事はなかった。


 徹夜で森を歩き続け、まずは《ロベリア王国》からの脱出を目指し、僕達は必要最低限の小休憩だけを挟みながら、翌日まで森を歩き続けた。


 ――隣国 《フォルシア》の国境までは、あと少し。


 帰りの荷物も足取りも軽く、僕達は一路、懐かしき《イウムの町》を目指したのだった。


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